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〈4〉フィロメーラ

 放課後、アーディはヴィルが片づけをしながら白い紙片を落としたので拾ってあげた。


「落としたぞ」


 それは何やら手紙のようだった。

 ヴィルはそれを受け取り、照れたように笑う。


「ありがとう。昨日、勉強しながら姉様からの手紙を読んでて、そのまま教科書に挟んじゃったみたい」


 ヴィルには兄と姉がいると聞いた。詳しくは知らないけれど、ヴィルも貴族だから、兄はなんらかの役職に就いているのだろう。


「この前のお休みに家に帰って話したんだけど、まだ言い足りなかったみたい」


 仲のいい姉妹のようだ。ヴィルの気質を思えばうなずける。


「そういえば、アーディは帰らなかったよね。エーベル君がいるから?」

「それは関係ない。僕は中途半端には帰らないことにしてるだけだ」

「う~ん、でもお兄様が寂しがりそう」


 この場合、ヴィルが言うお兄様は偽者の方だろう。

 無駄に長い手紙を送りつけてくる母方の従兄、カイ=バーゼルト。

 学園に入り込むために小細工をしたので、アーディはカイの弟という設定なのだ。


「手紙がうっとうしいくらい来るから、いいんだ」

「返事してないでしょう?」

「したことない」


 だと思ったとばかりにヴィルは笑う。


「姉様の手紙は、数日前に宮廷舞踏会があって、そこで王太子殿下と踊ったんですって。もちろん一曲だけだったみたいだけど、嬉しくって手紙を出したくなったって」


 ――その王太子殿下がアーディの実兄であるとは言えない。

 ギクリとしてしまったのを隠したいがために、アーディは、ふぅん、と少々素っ気ない返答をしてしまうのだった。


「家族に会えないのは寂しいけど、今、ここでしかできない経験もたくさんあるんだよね。これから二年生なんだし。今年もよろしく、アーディ」

「うん」


 気の利いたことは言えないけれど、世話を焼いているつもりでアーディはいつもヴィルに癒されているような気がした。



     ☆



 入学式を終えた新学期――。


 一年生があまりにも堂々と二年生の教室を覗いていた。

 アーディはおかしな子だと思い、目を向け、二度見した。


 そこにいたのは、小柄なおかっぱ栗毛の女子だった。可愛らしい顔立ちだが、生意気そう――というか、事実生意気なのを知っている。


 フィロメーラ=レニエ。

 公爵家の令嬢だ。

 そして、アーディの父方の従妹である。


 アーディの頭から血の気が引いた。

 どうして学院の制服を着てこんなところにいるのやら。あれでは生徒にしか見えない。生徒、なのだろう。

 あれは明らかにアーディがここにいると知っている。喋ったのは兄か母かのどちらかだろう。


 フィロメーラは、指先をちょいちょいと曲げてアーディに向けて手招きする。

 無視すると怒り狂って本名を連呼されかねない。


 アーディは教室の中を素早く見回し、そしてフィロメーラが待ち構えている後ろではなく、前の扉からこっそり抜け出した。

 こういう時、目立たない平凡顔というのは得である。


 そそくさと廊下を行くと、フィロメーラがついてきた気配があった。ただ、フィロメーラは小さいので、遅い。このまま撒いてやろうかとチラッと思ったが、また教室に来られるので無意味だ。

 校舎裏まで来て立ち止まると、フィロメーラは偉そうにふんぞり返った。


「もう、アーディ兄様! フィロの手を煩わせないでくださいませ!」

「僕は何も頼んでいない」


 フィロはプライドが高く、面倒くさい人種である。

 ドレスの裾を踏んで転んだだけで人生の終わりみたいな泣き方をする。

 そんな時、むしろアーディの方がフィロを宥めるのに苦労させられたものだった。


 フィロは不満そうにムッとする。


「フィロはジーク兄様からお手紙を預かってきたのです」

「…………」


 そんな面倒くさい方法を取らなくても、普通に郵送してくれたらいいのに。

 兄が楽しんでいる様子が目に浮かぶ。思わずため息をついた。

 それからフィロメーラに言う。


「どうして学院に来たんだ? 学校って何をするところだか知ってるか?」

「フィロをなんだとお思いですかっ? フィロはこれでも首席合格ですのよ」

「ふぅん」

「まあ! アーディ兄様は毎回首席をお取りでないのでしょう? 壁に成績表が張り出されておりましたわ」

「うん、僕は二番がいいんだ」

「負け惜しみですの?」

「そういうことにしておく」


 淡々と返すアーディに、フィロメーラの方が苛立っていた。


「どうしていつもそう覇気がないのですか! お立場をおわかりでないのはアーディ兄様の方ですわ!」


 兄からのものと思しき手紙を手に喚くフィロメーラに、アーディは面倒くさくなっていた。

 学力を試したくて学院に来たのなら、別にアーディに関わる必要はないだろうに。


「とりあえず、その――」


 手紙をくれと言おうとした時、突風が吹いた。

 その突風は作為的なもので、上から落下してきたエーベルが衝撃を和らげるために吹かせたものである。


「アーディ、見っつけたー!」


 降ってきたエーベルは、アーディの首にしがみついた。重たい。


「なっ、ななな」


 フィロメーラは状況を把握できないまま、その場にへたり込んだ。

 そして、その時、フィロメーラの手に手紙はなかったのだ。 


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