〈2〉二度目の入学式
そうして、アーディたちクラス・フェオの面々は一年間使っていた教室を新入生に譲り渡す。
といっても、そんなに離れるわけではない。
二年生になってもアーディたちのクラスは『クラス・フェオ』という呼称のままだ。隣のクラスも然りである。
そのまま、なんの変りもなく繰り上がり、二年生になる。担任も同じだ。教室が変わる、それだけが唯一の変化かもしれない。
「二年生になっても僕が担任だ。これからもよろしく頼むよ」
童顔のディルク=エッカート先生は、一年経ったくらいではやっぱり童顔のままだった。
優しい理解のある先生なので、引き続き担任でアーディも嬉しく思う。
そうして、新二年生になったアーディたちも入学式に参加するのだった。
入学式当日。
一年生はとても初々しく感じた。
一年前の自分たちも二年生から見たらこんなものだったのかと複雑な心境だ。
アーディだって背も伸びた。ただし、皆が同じようにある程度は伸びるので、一人だけ長身になることはなかったが。
エーベルも伸びている。成長して美少年ぶりが翳るかと思えば、今のところはまだ無駄にキラキラしている。本当に無駄だ。無駄というか、害悪だ。
学園長が(多分)ありがたい話をしているというのに、新一年生のどれくらいの生徒が真面目に聞いていただろう。二年生の列に並ぶエーベルの方にほとんどの一年生が首を向けているという奇妙な光景ができてしまった。
稀にちゃんと前を向いている感心な生徒がいた。
アーディの位置から確認できるのは、ミルクティー色の柔らかそうな髪をした細身の男子生徒だ。横顔を見ると、彼自身も整った上品な顔立ちをしていた。
マトモな一年生が入ってきてくれてよかったなとアーディはちょっと嬉しかった。
よく考えたら、アーディは『先輩』になったのだ。彼らは後輩なのである。
非常に残念なことに、エーベルも先輩になり、彼らはエーベルの後輩でもあるのだが。
ちなみにエーベルは、こんなにも穴が空くほど見られているというのに、まったく気に留めないというか、動じない。ある意味凄かった。涼しい顔をして前を向いている。そうしていると、確かに彫刻のようなのだが。
――その数分後。教室にて。
「うにゃぁああ! ほんっとに入学式ってタイクツなんだな! びっくりして目を開けたまま気を失っちゃったヨ?」
「エーベル様にとって退屈ほどの拷問はありませんにゃん」
「お前が言うところの『退屈』は僕の平和だって、今気づいた」
アーディが思わず言うと、エーベルはにゃししと笑った。
「アーディは二年生になってもアーディだなァ」
「お前もな」
なんてことを話していると、ヴィルが戻ってきた。目を大きく開き、何かを伝えたそうだ。
「どうしたんだ、ヴィル?」
すると、ヴィルは大きくうなずいて頬を紅潮させながら言った。
「あのね、案内した一年生の中にティファート君って子がいたの」
「ほぅ?」
「レノ先輩の弟さんじゃないかな? 顔も似ていたし」
それを聞き、アーディはふと、入学式にまっすぐ前を向いていたあの少年の横顔を思い出した。
レノーレ=ティファート。
エーベルの幼馴染である一級上の少女。
レノーレの弟だとしたら、エーベルのことも知っているのではないのか。
「レノのおとーと?」
目を瞬かせ、エーベルはつぶやいた。
「うん、ナンカいたな」
ナンカ、とのことである。興味がないにもほどがある。
「でも、レノしゃんは毎日食堂で顔を合わせるのに、なんにも言ってなかったですにゃん」
確かにそうだ。レノーレは普段と変わりなく――いや、嫌っていた生徒会長のケンプファーが卒業してウキウキしていた。噂によると卒業式の後にしつこくされて完膚なきまでにお断りをしたとも聞くが。ちなみにこの噂の出どころはピペルである。
「ちなみにボクは弟しゃんには会ったことないですにゃん」
ピペルが知らないのならエーベルも知らないのだろうか。
これが妹だったら、絶対にピペルはこんな感じではなかった。食いつくようにまとわりついただろう。いつもろくな目に遭わないピペルの唯一の癒しは女子なのだから。
もしかすると、会っているのに男なんて記憶の片隅にも引っかからなかっただけかもしれない。
「お前は?」
一応訊ねてみると、エーベルは顔を真横にするくらい首を傾げた。
記憶にないらしい。こいつはこういうやつだった、とアーディは嘆息した。