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〈1〉晴れて二年生

 ここはイグナーツ王国の誇る最大の学園アンスール。

 国の要人は必ずここを卒業しているという、全寮制の名門校である。


 この学園には現在、アーディ=バーゼルトという、優秀だが地味な少年がいた。

 そして、エーベルハルト=シュレーゲルという目立って仕方がない天才美少年がいた。

 正反対の二人は友人である。かなり一方的ではあったとしても。


 一年生だった二人は、ついに二年生になった。といっても、一年生の進級試験は学力検査程度のもので落第することはない。一年生は晴れて全員二年生になったのである。

 旧二年生は進級時に若干欠けたかもしれないが、学園を去った数名はこの物語においてまったく重要性を持たないので、ここで言及するのはやめておこう。


 一年生が二年生に進級したということは、新たな新入生が入学してきたことを示す。

 アーディは、自分がこの学園で一年耐え抜いたという事実を感慨深く噛み締めていたのだが――。



「あのサ、ボク、入学式に間に合わなかったから知らないんだ。入学式ってナニするんだ?」


 教室の一角でエーベルハルト――エーベルが首を傾げている。

 ひとつにまとめた艶やかな金髪が一緒に揺れた。宝石のように澄んだ青い瞳がアーディに向けられているけれど、アーディはそれに見惚れることはない。見惚れたことは一度もない。


「ああ、寝坊したんだったな」


 入学式がすっかり終わった後、塀を乗り越えて降ってきたのだった。そして、下にいたアーディを踏んづけた。

 それが二人の出会いである。あれはどう考えても最悪だった。


「そう。ピペルが起こしてくれなかったからナ」


 威張って言う。威張るなと突っ込む気力もない。


「ボ、ボクは起こしましたにゃん。エーベル様が起きなかっただけですにゃん」


 エーベルの使い魔、黒猫っぽい魔族のピペルが過去の冤罪を晴らそうとする。しかし、それは無理というもの。


「起きるまで起こして初めて起こしたと言って許される。よって、あんなのは起こしたうちに入らないのダ!」

「……起こされなくても、自分の入学式くらい起きろよ」


 とても正論を言ったつもりだが、相手が受け取らなかった。


「起こされずに起きる方法があるノカ?」

「目覚まし時計って知ってるか?」

「知ってる! 毎日ネジ巻いて使ってるゾ!」

「…………」


 多分、この場合、毎日ネジを巻いているのも、目覚ましを使って起きているのもピペルであろうと推測される。だからもう、アーディは諦めた。


「そんなことより、入学式だったな。入学式に学園長の話を聞いたんだったかな」

「いつもの朝礼と変わんないじゃないカ」

「まあな。学園長の話が新入生に向けたメッセージってだけで」

「ふぅん。つまんな」


 エーベルは一体何を想像していたのだろう。それはお前の頭の中だけに留めておけと思った。

 こんなやり取りをしていた時、ヴィルがトテトテと小走りで近づいてきた。


 ヴィルフリーデ=グリュンタール。

 銀髪で小柄な女生徒だ。大人しい性格ではあるが、これでもクラス長をしている。


「あのね、私、入学式で新入生を案内する手伝いをすることになったの。私たちの時はレノ先輩がしてくれたよね」


 そういえばそうだったような、よく覚えていない。

 あれから一年が経った。長かったような、短かったような――いや、決して短くない。

 まだまだ先は長いのだ。あと三年残っている。

 一年過ぎたくらいで安心はできなかった。


「進級してもヴィルはクラス長を続けるのか?」


 なんとなく訊ねてみたら、ヴィルは苦笑した。そんなちょっとした仕草が少し大人びたような気もする。


「交代してくれる人がいたら代わるよ。アーディ、立候補する?」

「絶対ない」


 即答したら、今度は軽やかに声を立てて笑った。


「言うと思った」


 そんなふうに笑っていられるのなら、ヴィルにとってクラス長の立場が重すぎるということはないらしい。そのことにほっとする。

 ヴィルは嫌でも引き受けるタイプだから。


「隣もそのままフィデリオ君みたいだし。学年リーダーも継続するって言ってた」


 フィデリオは穏やかな優等生ではあるが、何かにつけてアーディをライバル視してくるところがあって、アーディは苦手である。

 そのフィデリオはエーベルのことが苦手なので、エーベルをけしかけてやりたいような気分にはなった。


「学年リーダーは、エーベルがやるって言わない限りは安泰だろうな」

「うにゃん? アーディがドーシテモって頼むならやってもいいゾ?」


 あり得ない角度から振り向き、エーベルは笑っている。


「いや、言ってない。お前がやったらピペルが過労死する」

「まさにそれですにゃん。阻止してほしいですにゃん」


 エーベルの足元で丸くなっていたピペルがぼやいた。見た目こそ猫だが、実は猫ではなくて魔族である。それも中身は結構なジジイだ。カワイコぶった口調をエーベルに強要されている気の毒な使い魔である。

 エーベルは横暴なので、後始末は大体ピペルの仕事になるのが目に見えていた。


「まあ、二年生になるんだし、もっと楽しいことがあるとイイんだけどナ?」


 なんて言って笑っている。エーベルが笑うと不吉だった。

 

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