〈12〉結果
そうして――。
試験の上位三十名だけ廊下に張り出された。エーベルは面白くもない不動の一位。
一年間、満点を貫いたわけだから、誰も文句を言えたものではないが。
そして、アーディが二位。これには文句が出た。
「……あーあ、また負けたね」
いつの間にか、横にフィデリオがいた。
隣のクラス・ウルのクラス長。使い魔の鳥を連れている。
学年で使い魔の使役を許可されているのはエーベルと学年リーダーのフィデリオの二人だけだ。あの鳥が役に立ったところは見たことがない。ピペルは、散らかったエーベルの部屋でのみ活躍している。
フィデリオは三位だった。ここ最近はいつもこの順位である。
アーディが黙っていると、フィデリオは笑顔で続けた。
「シュレーゲル君はともかく、君のことは越えられない壁じゃないと思ってるよ」
一番最初のテストは目立ちたくなくてわざと数問間違えておいた。その後、どう書こうとエーベルがいる限り目立つ一番になることはないなと安心し、わざと不正解を書くことをしなくなった。
アーディとフィデリオとの点差は15点だ。前は21点だったから、近づいている。頑張ったのは事実だろう。
フィデリオは、フッと目を細めた。
「君にはどうしても勝ちたいんだ」
「……エーベルに勝つよりは実現しやすいと思う」
思ったことをそのまま口にしたら、フィデリオの顔から笑みが消えた。
「私はね、シュレーゲル君より君に勝ちたい」
「…………」
目をつけられた。こんなに目立たないようにしているのに。
ちょっとショックを受けたアーディだったが、フィデリオは言いたいことだけ言うと、さっさと教室へ帰った。
「ねえ、アーディ!」
廊下でヴィルに声をかけられた。ヴィルは、十三位。大きく成績を下げたというほどでもなく、踏ん張ったと言える。
しかし、ヴィルは自分のことよりも嬉しそうにアーディに報告するのだった。
「あのね、五人とも順位が七十代だったんだよ!」
あんなにやったのに十位くらいしか上がらなかったのかと言いたいが、周りも力を入れて勉強している中でのことだから、これでも健闘した方なのだろう。
「そうか。落第しないで済んだな」
「うん! 皆、泣いて喜んでるよ。アーディも勉強につき合ってくれたから、アーディのおかげでもあるね」
アーディよりもヴィルだろうに。誰かのために親身になる姿勢は、ヴィルにとって呼吸をするほどに自然なことのようだ。
そんなヴィルを見ていると、アーディも妙に優しい気分になるから不思議だ。
しかし――。
「アーディ、アーディ! テスト終わったんだからサ、遊ぼー!」
後ろからエーベルに追突され、アーディのふわふわとした気分がどこかへ飛び出していった。
「お前はいくつだ!」
イラっとしてエーベルの首根っこをつまんでやると、周囲から羨望の眼差しが飛んできた。
面倒くさいので、エーベルを引きずって教室へ戻ると、取り巻き連中が輪になって踊っていた。お前らもいくつだ。
取り巻き連中はアーディとエーベルに気づくと、輪になって踊るのをやめて向き直った。いつものようにエーベル相手にデレデレするのかと思えば、今回はちゃんとアーディにも目を向けた。
そして――。
「バ、バーゼルト! ボクたちがやればできる子だって証明してやったぞ!」
「そーだ、そーだ、僕たち頑張ったんだからな!」
偉そうにふんぞり返っている。
「そうか。三年生の進級はもっと難しいらしいけどな」
ボソ、とつぶやいたが、五人はそんな一年も先のことは考えられないらしかった。浮かれている。
「一ヶ月でどうにかなったんだから、一年後なんて楽勝さ!」
なんて言って出っ歯がふんぞり返ったかと思うと、メガネがその脇腹に肘鉄を入れた。仲間割れか。
しかし、五人はまた輪になってボソボソと話し合ったかと思うと、一番ヤバかった太いのが五人を代表して、選手宣誓のように手を掲げながら言った。
「まあ、今回は助かった。ヴィルと……お前のおかげだって認めてやらなくもない。あ、ありがと、な」
アーディが無言で目を瞬いたせいか、太いのは顔をトマト色に染め上げた。
「せ、せっかく素直に礼を言ったのに、なんか言えよ!」
照れ隠しか、太いのがぎゃあぎゃあ騒いだ。それが可笑しかったこともあり、アーディの仏頂面がほんの少し緩んで微笑と呼べる程度には笑っていた。ただ――。
取り巻き連中が急に白目を剥いて卒倒したのは、アーディのせいではない。アーディの肩にもたれかかり、青い目をフッと細めて微笑んだエーベルのせいである。これほど正面からエーベルに微笑みかけられた経験がないため、彼らは気を失ったらしい。
なんとなく納得いかない。
「何を笑ってるんだ?」
アーディが問いかけると、エーベルはにゃししと品のない声を立てた。
「なんでって、アーディが笑ってるからだナ」
つられ笑いなのか、いつも仲の悪い連中とアーディの関係が改善されつつあるのを嬉しく思ってなのかは知らないが、迷惑な微笑みである。
☆
「――学園長、やっと進級試験が終わって一安心ですね」
学園長室でディルクは祖父である学園長に声をかけた。学園長は鷹揚にうなずく。
「皆、頑張ったようだね」
「ええ。一年生は通例通り落第ナシですが、毎回あの脅しをやりますよね」
一年生はすべて落第させずに通すのだが、それを言ってしまうと真剣に試験勉強をしないから、学園長は毎回ああいうことを言う。
現二年生以上は学園長の発言が単なる脅しであることを知っているのだが、それを一年生に教える生徒はほぼいなかった。
教えられたとしても、もし今年から本気で落第するように変わっていないとは限らないのだ。一年生があんなの嘘だと言われて安堵できるものではない。
結局、皆が学園長の思惑通り真剣に試験に望むのだ。
「それにしても――」
と、学園長は言葉を切って窓から空を見上げた。春色の優しい空だ。
「シュレーゲル君にはいつも驚かされる」
ディルクは祖父の背中を見遣りながらうなずいた。
「ええ。今回も文句のつけようのない満点でしたよ」
「もちろんそれもだが、殿下が仰っていただろう? 彼がこの学園を『変だ』と言っていたと」
「……深い意味があるのか、ないのか、ちょっとよくわかりませんが。本気で気づいたなら驚きます」
「そうだね。確信まではなくとも、多分彼は真相に肉薄しているのではないかな」
「陛下にご報告なさいますか?」
「念のためにな。ご介入なさることはないと思うが」
あの大らかな国王は、話を聞くだけ聞いて、そして言うのだろう。
息子に任せる、と。
第二王子の嫌そうな顔が目に浮かぶディルクだった。
【 10章End *To be continued* 】
ストーム10章にお付き合い頂き、ありがとうございました!