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〈12〉プリンス・オブ・イグナーツ

 アーディたちが入学して最初の試験。前夜はドタバタするハメになってろくに勉強もできなかったけれど、普段からまじめに授業を受けている上、もともと幼少期から個人授業を受けて来たアーディには問題なかった。

 ただ、必要以上に目立ちたくないという思いもあり、回答はふたつだけ空欄を作った。



「うにゃぁあああ、つっかれた。黙って椅子に座ってなきゃいけないなんて拷問だぁあ」


 と、テストが終了した机の上でエーベルが突っ伏して喚いていた。試験そのものよりもじっとしていることの方が苦痛らしい。みんなそれぞれにクラスメイトと答え合わせをして自己採点の結果に一喜一憂している。アーディが席を立とうとすると、ヴィルが問題用紙を手に駆け寄って来た。


「バーゼルト君、ちょっといい?」


 ヴィルに名前を呼ばれたのは初めてのことかも知れない。ただ、その呼ばれ方はピンと来ないので止めてほしかった。


「アーディでいい。僕もヴィルって呼んでるし」


 真顔でそう言うと、ヴィルははにかんだように笑った。


「うん、じゃあそうするね。アーディ、ここの問二って、なんて答えた?」


 ほっそりした指が問題用紙の魔法陣を指す。


「再生」


 それを聞くと、ヴィルはほっとしたようだった。


「よかった、私もそう書いたの」


 そんな姿を眺めて、アーディは少しだけ笑った。自分でもそれは珍しいことだと思う。


「昨日は勉強どころじゃなかったのにがんばったな」


 ヴィルも珍しいアーディの表情に戸惑ったようだ。


「あ、うん、でも普段からアーディが教えてくれてたし。アーディのおかげ」


 そう言われるほどのことをした覚えはない。アーディはヴィル自身ががんばったからだと思う。

 ほんわかと柔らかな雰囲気をぶち壊すのは、いつもエーベルだった。


「アーディ、アーディ、試験なんてつまんないな! ものの五分もあれば終わっちゃうんだよ、こんなの! 残った時間はずっと椅子に座ってるだけなんてホントつまんないぃぃ」


 そんなことを言いながらじゃれついて来るエーベルを軽くあしらいつつ、アーディは寮の部屋に戻った。

 テストも終わったことだし、今日くらいはのんびり過ごそうと思う。



 ただ、部屋の机の上には一通の手紙があった。二つ折りにしてあるそれを開いてアーディは渋々部屋を出るのだった。


 差出人は学園長。

 学園長室に来られたし、と。



 学園長室は教員棟の最上階にある。教員棟は校舎と寮の中間に位置する。アーディは教員棟の廊下を歩き、端にある最上階に上がるためのパネルに乗る。道中、誰にも会わなかった。


 パネルの浮かび上がる光の紋は浮遊を意味する。上昇を続けるパネルの通る道はすべて硝子になってて、まるで空の中を飛んでるみたいな気分だった。ぶわん、と一度パネルが小さく揺れた。パネルを下りると、そこはまっすぐに続く紺青の道だった。アーディは絨毯を踏み締め、そのマホガニーの扉の前に立った。コツンコツン、とノックをする。


「学園長先生、アーディ=バーゼルトです。入ります」


 淡々とした口調で言うと、中に踏み入った。そこには大きな机のそばに立っている学園長がいた。入学式以来だ。落ち着いた物腰で、穏やかに微笑む。


「ああ、ようこそいらっしゃいました。……何故お呼びしたのか、おわかりですね?」

「……昨日の夜の騒ぎのせいですか?」


 エーベルはどうせあいつらは覚えてないから放っておけばいいと言った。けれど、学園内での騒動はすべてこの学園長には筒抜けになっているようだ。あれだけ騒いだら当然かも知れないが。


「ええ、それもございます。それで、エーベルハルト=シュレーゲル……彼をこの学園に入学する許可を与えたのは何故か、不思議に思われていらっしゃるのではないかと思いまして。ご説明させて頂こうかと」


 にこり、と学園長はアーディに笑いかけるけれど、それは食えない笑顔だった。それはすべて承知の上で危険人物になり得るエーベルを受け入れたのだと知れる笑顔だ。アーディは仏頂面で続きを待つ。


「もうご存知のようですが、彼は魔術師ツヴィーベルの子孫だと言います。けれど、それと同時にただの子供でもあります」

「は?」

「ただの子供です。いろんな可能性を秘め、将来に希望を持つ子供の一人です。先祖が誰であろうと、彼の可能性を奪ってはいけません。彼はね、私に会いに来て直接言ったのです。学園で学びたい、友達を作ってみたい、と」

「……」


 ツヴィーベルの子孫であることは、エーベルのせいではない。彼自身の咎ではない生まれでふるい分けることをこの学園長はよしとしなかった。そういうことなのだ。

 だからこそ、学園長はアーディのことも受け入れたのだろう。


「家に翻弄されている貴方様ならば、もしかすると彼の気持ちが理解できるのではないでしょうか?」

「あんな変人のことが理解できるわけがありません」


 思わずそう言うと、学園長はクスクスと笑った。


「おや、彼は私に言いましたよ。さっそく友達ができたと」

「……」

「彼を危険視する声がないわけではないのですが、王様は好きにしろと仰って下さいましたので」

「……」

「では、あなたにとってもこの学園生活が素晴らしいものとなりますように願っておりますよ。アーデルベルト=ゼーレ=イグナーツ殿下」


 ――お前は協調性がない、社交性がない、そんなことを言う父王。学園生活でもしてみれば? と冗談半分で言う同腹の兄王子。この子に集団生活は向いてませんよ、とあっけらかんと言った母。


 アーディは売り言葉に買い言葉で学園に通うことを決めた。それくらいできる、と。

 母方の縁戚、バーゼルト家のつてを使って学園にやって来た。


 家族を見返してやるつもりで来たのだから、簡単には帰りたくない。

 学園生活はまだ始まったばかり。無事卒業できるのかどうかは――アーディにもよくわからない。

 何せ、卒業までエーベルにまとわりつかれることになるのだから。


     【 1章End *To be continued* 】


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