〈10〉アーディ先生
放課後。
「――ヴィルは忙しい。進級試験の実技に関しては僕が教えることになった。わかっていると思うが、僕はヴィルほど甘くない。大体、なんでお前らに時間を割いて教えなくちゃいけないんだと思ってる」
アーディは取り巻き連中の顔を見ていたら、つい本音が零れ始めたので口を閉じた。
彼らもまた不満げだった。
「えぇっ! なんでお前が!」
不満げに、でっかいのが喚いた。他四人も、そうだそうだ! とうるさいのでひと睨みしておいた。
「ヴィルに頼まれたから、渋々だ。本当は僕だって忙しい」
取り巻き連中はブゥブゥブヒブヒ言ったが、アーディは一切取り合わなかった。
「お前ら、自分がこれまで真面目に勉強してこなかった自覚はあるんだろ? それで、そこにヴィルをつき合わせて、ヴィルの成績を下げて嬉しいか? それでもヴィルに教えてほしいなんて言う気なら好きにしたらいい」
アーディは手厳しいことを言い放った。
また反発するだろうかと思った取り巻き連中は、それでも誰一人として反論しなかったのだ。
「ヴィルは……」
「うん、ヴィルは悪くない」
「十分僕らのために手を貸してくれた」
しょんぼりと、珍しく弱気な顔をした。これまで甘えていたけれど、ヴィルの成績が下がるとアーディにはっきりと言われたことで見て見ぬ振りができなくなったらしい。
こいつらは馬鹿だしどうしようもないなと思っていたけれど、根っからクズでもないらしい。ヴィルに感謝する気持ちは持ち合わせているようだ。
「じゃあ、勉強を教えてくれたヴィルのために、間違っても最下位なんて取るなよ。ほら、実技の練習だ」
少々見直したのも束の間、返事の代わりに舌打ちをする辺りが可愛げのない生徒たちである。
アーディは部屋から自分のグラスを持ってきていた。ちなみにこのグラスはなんの変哲もないように見えるが、毒素に反応するとか言って持たされたやつだ。
どう反応するのかは知らないから宝の持ち腐れかもしれない。大体、学園で毒殺されるという心配はしていない。
アーディが床にグラスを叩きつけて割ると、取り巻き連中はビクッと肩を跳ね上げていた。別にイラッとして割ったわけではない。
欠片を集め、出っ歯を指さした。
「まずお前からだ」
こいつらの名前は知らない。そこを突っ込まれないようにしたい。
出っ歯がこの五人の中では一番マシな成績なのだ。大差がないとも言うが。
「これくらいできる!」
「じゃあさっさとやれ」
アーディはヴィルほどに甘くないと断っておいたはずだ。
出っ歯は、うぅ、と唸りながらも緊張の面持ちで術式を組む。グラスは、一応もとの形に修復された。
しかし、ヴィルの時と同じように脆い。力を入れて確かめたら、ペリ、と音を立てて割れた。やはりこの程度だ。
とりあえず、全員見てから対策を練ることにした。
「次」
でっかいのが押されて前に出た。
もとの形に――すらならなかった。ひびが目立つ。
「次」
メガネ。勿体ぶった仕草で術をかけた。
これが意外なことに一番ちゃんとくっついていた。
「次」
ちっさいのが嫌々だが術を始める。
これもひび割れが直っていない。
「次」
真打登場というのか――。
太いのが恐る恐る術を展開する。
結果は悲惨だった。グラスの形になっていない。平たくて、皿みたいだ。ババロアでも載せたら丁度いい。
やる気があるのかと睨みたいところだが、睨まなくても太いのが涙目になっていた。アーディは思わずため息をついた。
「泣くな。やる気さえあればそのうちできる」
なんで慰めているのだろうと思うが、男だろうとなんだろうと涙に弱いのかもしれない。
うぐ、うぐ、と変な声を出しながら涙を堪える太いの。類友たちが肩を抱いた。
「だ、大丈夫だって! な、頑張ろ! 頑張って二年生になって、いつかエーベルハルト様に踏まれような!」
嫌な励まし方だが、まあいい。
「どうしてこうなったかっていうと、術を組む際のソーンが弱かったからだな。下の方を組んだだけでソーンの効果が持続しなくて上まで組み上げられなかったから皿みたいに平たいんだ。グラスの形状を意識しながら、下から上に向けてソーンを調節すること」
それを言ってから、メガネ以外の三人に指先を向ける。
「お前たちの場合は接続が弱い。ケルに問題がある。これは何度か繰り返せばコツをつかめる。それぞれの魔力に沿った力加減が要るから、それを探るのが一番だ。僕が手本を見せてやる」
もっと反発するかと思えば、案外素直に話を聞いている。静かだ。
メガネは及第点だから何も言わなくてもいいと思った。
実技は大丈夫だと思ったのか、自習している。メガネはノートをパラパラとめくりながら口を開く。
「……問3・ヤクシェの術式が最も有効に働く時は?」
「夏至」
アーディが答えると、メガネはそれをノートに書き込み、閉じてからうなずいた。
消え入りそうな声で、ありがとうと言ったような気がした。