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ストーム ~学園の謎~  作者: 五十鈴 りく
✤10章✤

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〈7〉天使と悪魔

 そして、そんな日々が一週間ほど続いた。

 アーディは自分の勉強は普段からちゃんとしているし、理解できていない不安要素はない。取り巻き連中にかかずらっていたところで成績が落ちる心配はしていない。


 しかし、ヴィルは自分のことをそっちのけにしてやつらにつき合っている気がした。

 放課後、また机を寄せ合っての勉強会だ。


「ヴィル先生、ここがわかりません!」


 ちっさいのが調子に乗ってヴィルにノートを突き出す。


「ここ? ええと、この配列は正しいかどうか……まず、この冒頭を――」


 懇切丁寧に教えている。もしかするとヴィルは教師に向いているのかもしれないとアーディはなんとなく思った。


 けれどこの場合、ヴィルの()()()()の脳みそがいけないような気がして仕方がない。いや、問題児は学園にはつきものだから、それを思うとアーディから見てバカだなというだけで、いけないと言ってはそれこそいけないのか。

 それでも、見ていてイライラする。


「わかった?」

「わかりません!」


 嬉しそうに、清々しく言うな。

 あんなに優しく丁寧に教えているのにわからないとか、申し訳ないと思わないのか。

 試しにエーベルに教えてもらってみろ。誰も理解できないから。


 アーディが自分の席に座りながら教科書を開いていると、エーベルがノートを手に、嬉しそうに寄ってきた。


「アーディ、アーディ、聞いて!」

「うん?」

「ほら、これ! デューラー法則の短縮版だ! ほらほら、ここをこーして、こーして、ここを捻って、クルっと回って、うにゃっとなって、ホイッ! な?」

「…………」


 その法則は、物質縮小魔術の権威である今は亡きデューラーが三十年の歳月をかけて取り組んだ集大成で、それを確立するために何百、何千という実験を繰り返したという自伝を読んだ覚えがある。


 そんな一年生でやらない高等な術式の法則を、それこそ頭が悪そうに説明してくるエーベルだが、その法則が合っているのか無理があるのか、アーディにもよくわからない。けれど、多分エーベルのことだからそれで合っているのだろうなと思う。

 飛び級した方がエーベルにとっては無駄なく卒業できるのは確かだ。


「なあ、エーベル」

「うにゃん?」

「お前、僕らと同じ内容の授業を受けてて楽しいか? お前に取ったら物足りないんじゃないのか?」


 エーベルとあの取り巻き衆が同じ授業を受けているなんて、考えてみればおかしい。

 しかし、これを問いかけた時、エーベルはきょとんとした。首が九十度くらいに傾けられる。


「ナンデ?」


 なんでと言われても。

 それでも、そういうからにはエーベルに不満はないらしい。


「楽しいケド? アーディは楽しくないのかにゃ?」


 ピペルが言うように、エーベルは学園に勉強だけを求めているわけではないのか。

 教室で授業を受けて、それはそれで楽しいらしい。


「いや、僕も別に不満なわけじゃない」


 アーディが答えると、エーベルはほわんと気の抜けた笑みを見せた。


「よかったぁ」

「……何が?」


 エーベルが嬉しそうに言うから、今度はアーディは首をかしげるが、思えばエーベルはいつも一貫しているのだ。


「アーディが学校ツマンナイと悲しいし! だって、アーディがいないとボクがツマンナイんだ!」


 ――とのことである。

 いつもストレートなことを言ってくるエーベルに、アーディの方が照れる。こいつはいつも、どうしてこう恥ずかしいことを言ってくるんだろうなと。

 しかし、この時もアーディに五人分の視線が突き刺さった。


「おのれ、バーゼルトめ……」

「我々の勉強の邪魔をするために居残っているのかっ」

「万年二番手のくせに!」


 一番が抜けるような人物かどうか考えてから言ってほしい。その前に、お前ら八十番手だろうが、と心で突っ込んだ。


「そうだそうだ! ヤツがいるとエーベルハルト様のご尊顔を長く拝めるので我慢していたが、そもそもバーゼルトはなんで居残ってるんだっ?」

「気が散って仕方がない! 我々の成績が上がらないのはヤツの呪いだ!」


 断じてそんな呪いはない。都合よく責任転嫁するな。

 呆れた目をしただけのアーディに、エーベルがキラキラと顔を輝かせてきた。


「アーディ! そんな面白い呪い使えるのかっ?」

「…………」


 ちょっと殴りたくなった。


「殴ってもいいんですにゃん」


 足元から悪魔がささやいた。誘惑に負けそうになったが、堪えた。

 すると、今度は天使の声が聞こえた。


「もう! アーディは皆を心配してくれてるの! この間だって答えを教えてくれたでしょ! そんなふうに言うなら、私ももう知らないよ?」


 今の五人は、すっかりヴィルに頭が上がらない。

 珍しく目元をつり上げたヴィルに、すいません、すいません、と謝っている。そんな光景を見て、アーディはクスリと笑った。

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