〈4〉落第危機
学園長の、『一年生で落第するのは最下位の一人』発言は、アーディやエーベルにとってはなんの打撃でもなかった。
しかし、クラス長のヴィルは違った。そのことに心を痛めていた。
「もし最下位になってしまったら、その子はどうするのかな?」
休み時間にそんなことをつぶやいていた。
「もう一回一年生をするんじゃないのか?」
新入学の一年生に混じって、くたびれた一年生が一人。と、まあそんな具合だ。
しかし、ヴィルはそう簡単に割り切って考えられないらしい。悲しそうに首を振った。
「ねえ、それだったら私たちが一年生になった時、本当は二年生になるはずだった人がいたはずでしょ? でも、いなかったよね。それって、居たたまれなくなって辞めちゃったってことなんじゃないのかな」
そう言われてみると、くたびれた一年生はいなかった。
確かに、この学園に通うような生徒は良家の子女だ。留年などプライドが許さなかったことだろう。自主退学したその後、どうやって過ごしているのかまでは知らないが。
「一年生は二クラスしかないんだから、うちのクラスの誰かが最下位になるかもしれない。そうしたら、このうちの誰かがいなくなるんだよ。そんなの悲しいよ……」
いい子ぶっているのではなく、ヴィルは本気で悲しんでいる。こういうところがすごいなと思う。
アーディは、エーベルとヴィル以外の誰かが欠けていても多分、気づかない。未だにクラスメイト全員の顔と名前が一致していないのだ。――多分、エーベルも同じようなものだろう。
しかし、学校に通っていながら学業を疎かにした報いとも言える。ヴィルだって苦手教科は克服しようと努力している。現在最下位のそいつは、苦手なものは苦手と諦めてなんとなく過ごした結果、自分で自分の首を閉めたのだ。ツケがまとめてやってきたに過ぎない。
今から焦って勉強するしか回避の方法はないのだが、今さらどうにかなるのかは知らない。
その最下位というのは、一人だけずば抜けて悪いのか、団栗の背比べなのか、上位陣のアーディにはわからないところである。
ふんふ~ん、とエーベルの鼻歌が聞こえる中、啜り泣きがそこに混ざった。
ん? と首を傾げながら振り返ると、エーベルの取り巻き衆が肩を寄せ集め、泣いていた。ちっさいの、でっかいの、太いの、メガネ、出っ歯――いつもの五人。
「い、今からでも遅くなんて……っ」
「気休めはよしてくれ!」
「そんな! 諦めるなよ!」
「エーベル様にお会いできなくなってもいいのかっ」
アーディとヴィルは絶句した。
お前か、と。
どうやら、前回のテストで最下位を取ったのは、エーベルの取り巻けていない取り巻き。
その名も『太いの』だった。
たっぷり肉のついた頬が涙のせいで上気して、まるで熟れた桃のようだ。絶対にかぶりつきたくないが。
若干引いていたアーディとは違い、ヴィルは泣いている太いのに駆け寄った。
「イステル君、前回のテストがよくなかったの?」
すると、女子のヴィルに泣き顔をさらすのは恥ずかしいと思ったのか、太いのは涙を拭った。
「ちょ、ちょっと頭が痛くて、それで……」
今さら見栄を張ってどうする。正直に勉強についていけていないと言え。
頭が痛かっただけで実力が発揮できなかったなら、次のテストに泣くほどの不安なんてないはずだ。
「そうなの、頭が痛かったの。じゃあ、次のテストの時はちゃんと体調管理をすれば大丈夫!」
ヴィルは太いのの言葉を鵜呑みにした。太いのが、うぐっと唸った。
アーディはため息をついてつぶやく。
「いつもつるんでるんだから、友達に勉強を教えてもらえばいいだろ?」
この時、取り巻き連中が黙った。――何故、そこで黙るのだ。
嫌な予感がして、アーディは彼らに詰め寄った。
「お前ら、前回のテストの成績表出して見ろ」
上位三十名までは壁に貼り出される。少なくとも、その中にこの五人の名前を見たことはない気がする(アーディが彼らの名前を知らないだけかもしれないが)。
これまで気にしてこなかったが、彼らの成績の程は――。
もうやけくそなのか、真っ先に出したのは太いのだった。
〈 80/80 〉
なるほど。泣きたくもなる。
それを見たちっさいのが、自分の机に戻って成績表を持ち出すと、思いきって机の上に置いた。
〈 79/80 〉
アーディは思わず小さく唸り声を上げてしまった。
「嘘だろ……」
しかし、成績表の数字は嘘をつかない。
次々、成績表が太いのの机の上に集まる。
〈 77/80 〉メガネ。
〈 75/80 〉でっかいの。
〈 74/80 〉出っ歯。
――見事な団栗の背比べだった。
類は友を呼ぶというが、まさにそれだ。
「お前ら、励ましてる場合じゃなくて全員マズいんじゃないか」
出っ歯だけは心外だという顔をしたが、そんな顔をすること自体が図々しい。
十分、十把一絡げレベルである。