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〈11〉魔術師ツヴィーベル

 魔術師フェルディナント=ツヴィーベル。


 それは、国民のすべてが知る大魔術師である。

 ただし、その名を聞けば大多数の人間は顔をしかめるであろう。

 彼の者は世界征服を企んだ悪の大魔術師である。


 ツヴィーベルは強大な魔術を使って、手始めにこのイグニーツ王国を手中に収めんと画策した。けれど、イグニーツ王国の王家も彼に太刀打ちできるほどの力を持ち、彼の術を防ぎきり、国を護ったのだと言い伝えられている。そんな悪の大魔術師の末裔だとエーベルは誇らしげに言うのだ。


「現王家の先祖たちがヒレツな手を使ってボクのご先祖様を陥れたのだ! 本来であれば崇め奉られる偉大な存在であったはずのご先祖様なのだ!」


 と、エーベルはふんぞり返って高笑いした。可愛らしい顔を精一杯に歪めたレノーレはぼそりと言う。


「……あたしの家の領地のすぐそばに住んでたの。もう小さい頃からしょっちゅう問題起こしては大変だったんだから。どうやって学園の入学許可なんてもらったのかさっぱりわからないけど、入学するって手紙なんか寄越して来るし、あたしの学園生活をかき乱すなっつの」


 学園に通うのは良家の子女ばかりだ。ツヴィーベルの子孫なら要注意人物と言えなくはない。エーベルは何故入学することになったのだろう。

 レノーレはちらりとアーディたちに目を向ける。


「このこと、内緒よ? あいつ馬鹿だから自分でまたバラすかも知れないけど、あなたたちからはみんなに言わないでね」


 言ったらどうなるのだろう。そう考えてすぐに、きっと誰も信じないだろうとアーディは思った。

 ツヴィーベルの子孫なんて現代にいるとは思ってもみなかったのだ。皆そうなのではないだろうか。


「はい、わかりました」


 素直に答えるヴィルと一緒にアーディもうなずく。レノーレはほっとしたようだった。無駄にエーベルの高笑いが聞こえる。けれど、騒音としての認識しかない。


「今更だけど、あたしはレノーレ=ティファート。二年生よ。あなたの名前は?」


 と、ヴィルに訊ねる。ヴィルは少し照れながら答えた。


「ヴィルフリーデ=グリュンタール、一年生です」


 この時になって初めて、アーディもヴィルのフルネームを耳にしたのである。それは女性名だった。


「……女子?」


 思わず声を漏らした。エーベルの高笑いの隙間から、二人は耳聡くその声を拾い上げた。


「当たり前でしょ。制服見ればわかるじゃない」


 呆れたようにレノーレが言う。ヴィルは少しショックを受けているようだった。

 この学園の制服はいくつかのパターンがあり、好きなものを選んで着ている。レノーレはプリーツスカートだけれど、ヴィルは――。


「それ、女子の制服なのか?」

「そうよ。キュロットスカート」

「……」


 少し長めのショートパンツだと思っていた。女子の服装に疎いアーディである。

 多分、他の女子も同じ服装をしていたはずだけれど、他人に興味の薄いアーディは気に留めていなかったのだ。だから女子と仲がよかったのか、と今更ながらにして思った。申し訳ない勘違いである。


「それは……悪かった」


 声を絞るようにして謝ると、ヴィルは複雑そうな面持ちでかぶりを振った。そんな時、皆が構ってくれなくて退屈になったのか、エーベルが魔法陣を消してアーディの隣に降りて来た。


「アーディ、アーディ、急にいなくなったから魔術で探したんだ。友達だからナ、助けに来たぞ」


 ニコニコとそんなことを言う。アーディは頭が痛くなった。


「随分楽しそうだったじゃないか」

「楽しかった!」


 と、顔を輝かせる。嫌味も通用しなかった。


「あいつら伸びてるけど、大丈夫なのか?」

「フフフ、今頃夢の中サ。と言っても悪夢だけどにゃー」


 腹の立つ喋り方である。


「今日のことは覚えてないよ、た・ぶ・ん」


 にゃししし、と笑っている。レノーレは深々と嘆息した。


「まあ、自業自得と言えなくはないけどね」


 ヴィルはうぅん、と小さく唸った。


「じゃあ、王子様なんて噂はただの勘違いだったんですね。みんな信じてますけど……」

「コイツ、頭はオカシイけど顔はいいから『王子様みたい』『王子だとしても不思議はない』『王子かも知れない』『王子がこの学園にいる』……なーんてことになったんでしょうよ」


 わかりやすい展開だ。なんて迷惑な、とアーディは心底思う。

 それからふと、レノーレはアーディにまっすぐな目を向けた。その視線に、アーディの方が戸惑うくらいだった。


「ところでアーディ、あなたって強いのね」


 アーディは小首をかしげた。相手が弱かっただけとも言える。

 けれど、レノーレはにこりと綺麗に微笑んだ。


「それに勇敢だった。あたし、年下は好みじゃなかったんだけど、あなたのことは素敵だと思うわ。ありがとう」


 と、アーディの仏頂面に手を伸ばし、その頬にキスをした。

 当のアーディはきょとんとして目を瞬かせるばかりである。ヴィルも驚いて固まっていた。

 エーベルはというと、とんでもなく嫌そうに二人の間に割って入った。


「アーディがレノの毒牙に!」

「毒牙って何よ!」

「うっさいぃ」


 いがみ合う二人を眺めつつ、疲れを感じたアーディが言えたことはひとつだけだった。


「帰ってテスト勉強しないと……」


 彼らの試験の結果がどうなるのか、それは神のみぞ知る。


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