〈12〉共存
その翌日、支度を終えたアーディが校舎へ向かう途中、光をまとった妖精たちが集まってきた。
妖精はアーディのそばによく集まってくる。この学園に来るまでは自分が妖精に好まれる性質だとは思わなかった。この学園の敷地には妖精が多く生息するから、それでやたらと寄ってくる気がするだけかもしれない。
「無事なんだな?」
妖精たちを見上げ、そっとつぶやくと、妖精たちはそれを示すように元気に飛び回った。
それにしても、妖精たちがあんなものに化けるとは知らなかった。今まで聞いたこともない。この学園の妖精が特殊なのだろうか。
「助かった。ありがとう。でも、ほどほどにな?」
苦笑すると、妖精たちはまた飛び回り、それから空高くを舞って空に融けるようにして見えなくなった。
「アーディ、昨日の訓練の地震、すごかったね」
教室へ来るなり、ヴィルがそんなことを言った。
「あ、うん」
答えつつも目が泳ぐ。ヴィルは不審に思っただろうか。しかし、それを突き詰めてこないのがヴィルらしい。
「部屋の中、大丈夫だった?」
にこり、と優しく微笑んでいる。その笑顔には癒される思いだった。
「ああ。僕の部屋は物が少ないから」
ほっとして答えて、アーディも少し笑った。そうしていると、エーベルがピペルを連れてやってきた。
「アーディ、おはよ」
いつもと変わりない。むしろ機嫌がいい。
余計なことを言わないか心配で、アーディはハラハラしたものの、エーベルは鼻歌を歌っているだけだった。
寝て、起きたら夢と現実がごちゃ混ぜになって忘れたのだろうか。
ただ、この日、エーベルは授業中も窓の外をじっと見ていた。猫が何もない虚空を見つめるように、空を見つめている。
もしかすると、エーベルはあの怪物の正体に気づいたのだろうか。だから何も言わないのか。
空を見つめるエーベルは、ニヤリと薄暗い笑みを浮かべていた。
その顔やめろ、とアーディは背筋が寒くなるのだった。
こんなに毎日接していても、まだまだよくわからないヤツだ。
☆
学園長室にて。
「今年もまた派手なものでしたね」
ディルクは祖父の学園長に向けてぼやいた。もちろん、昨晩のことだ。
「その上、やっぱりシュレーゲル君は殿下をお連れになって外にいましたし。寿命が縮む思いでしたよ」
学園長は、椅子に腰かけたままそんな孫に向けて苦笑する。
「まあ、妖精たちは敏感だから。殿下を傷つけることはないのだが」
「……それはどういう意味ですか?」
「この国は妖精との結びつきが強い。王家の血筋に妖精たちも敬意を払っている。魔力の匂いですぐにそれとわかるのだそうだ」
「そうなのですか……」
人間たち、この学園の生徒は誰一人としてアーディ=バーゼルトが王子であることに気づいていない。疑ってすらいないというのがまたすごい。
アーディは見事に王族らしからぬ雰囲気を纏っている。あれは意識してのことではなく、素であるのだろうけれど。
「そういえば、シュレーゲル君には妖精が寄りつきませんね」
「ああ、妖精たちは危機管理能力も優れている」
「ごもっともで」
笑うところではないが思わず笑ってしまう。
そこで学園長はふと、白い眉を顰める。
「シュレーゲル君の親御さんに一度くらいは連絡を取りたいのだが、なかなか難しくてね。彼が入学してから一度も連絡が取れたことがない」
「凄まじい放任主義ですね」
エーベル自身もまた、連絡を取り合っていないのだろう。前に家族の日に送ったメッセージは無事に届いたとも考えにくい。家で開封されないままだとしたら悲しいところだが。
学園長は苦笑した。
「それでも、今、彼は寂しくないはずだ。やはり、ここへ来てよかったのだろうな」
大好きな友達がいる。
面倒だ、鬱陶しいと言いながらも突き放さない仏頂面の友人は、彼にとってかけがえのないものであるはずだから。
「ええ、そうですね。願わくは、彼らが無事に卒業しますように……」
と、ディルクは願わずにはいられなかった。
ただし、学園長はう~ん、と首を傾げた。先のことはわからない。何かやらかしそうではある。
「まあ、何もないといいね」
きっと大丈夫だよと言ってほしかったディルクは、ちょっと不安になった。
しかし、自分は彼らの担任である。
無事、卒業させてやりたい。
これからも当分、奮闘しなくてはならないようだ。
【 9章End *To be continued* 】