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ストーム ~学園の謎~  作者: 五十鈴 りく
✤9章✤

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〈9〉落下

 さすがにこれはマズイ。

 アーディが落ちたのは、寮の三階に近いくらいの高さだ。地面に叩きつけられたら無事では済まない。

 しかし、とっさに何かができるでもなく、アーディは落ちた。


「アーディ!!」


 ピペルをキャッチしたエーベルの、いつになく真剣な声がした。

 エーベルがそこから魔術陣を切り返したのがなんとなくわかったけれど、間に合うだろうか。


 ものすごい速度で落下しているわりに、ぼんやりとそんなことを考えた。

 エーベルの方にだけ目を向けていたアーディは、この時、何かに体を受け止められた。エーベルが間に合わなければ落ちるだけだと思っていたのに、何か柔らかいものがアーディを背中から受け止めたのだ。


「な、なんだ?」


 アーディが我に返って見上げると、そばには巨人がいて、アーディを受け止めたのが巨人の手の平だということに気づく。思いのほか柔らかい。もっとがっちりとしていそうな見た目なのに。


「た、助けてくれたのか?」


 巨人のひとつ目は、でかすぎて目が合わない。どこを見ているのかわからないが、特に敵意のようなものは向けられていないような気がした。それどころか、親しみすら感じられる。

 他の怪物たちもそうだ。凶暴さがない。大人しい。

 この場で一番攻撃的なのは、間違いなくエーベルであった。


「アーディ、今助けるから!!」


 空からそんなことを叫んでくる。


「い、いや、助けるっていうか……」


 エーベルから見たら、アーディが怪物に捕まっているように見えたのだろう。

 巨人の手の平の上でアーディは焦った。むしろ怪物たちは落ちたアーディを助けてくれたのだ。

 しかし、自称親友はそんなアーディの心情を読み取らず、空飛ぶ魔術陣の上でさっき失敗した攻撃系の魔術陣を描き直す。


「お、おい! エーベル、待てって!」


 アーディが叫んでも聞いていない。しかも、このままだとアーディも巻き添えを食う。まずそこに気づけ。


「ハガル・ペオース・ラーグ・シゲル・ティール――」

「…………」


 ゾッとした。

 どうしようか。


 前にディルク先生がトチ狂ったエーベルが起こしたつむじ風を相殺した場面を目にしたけれど、今のアーディにはとてもできそうにない。しかし、何かをしないと――

 アーディはフゥ、とひとつ嘆息すると腹に力を込めた。


「――ニイド・ギューフ・エオロー・ベオーク」


 光る指先で魔法陣を描く。

 正直、エーベルの魔術を受け止めるだけの力はアーディにはない。あれは規格外の生徒なのだ。

 かといって、叫んで助けを呼ぶとまた面倒なことになる。


 アーディなりに、持ち得る力の限りで魔術を展開するが、何せエーベルの術式展開は早い。

 認めたくはないが、敵わない。

 この先、エーベルが先祖と同じように悪の道に染まって王家に楯突くことがないといい。アーディとの友情がどこまで続くかわからないけれど、敵には回したくないヤツだ。


「エ、エーベル様ぁ、ちょ、ちょっとやめときましょうにゃー!」


 ピペルが止めに入ってくれたようだが、もう遅い。

 ゴゥン、と暴風が巻き起こる音がした。

 アーディは思わず舌打ちする。あと少しだけれど、間に合わない。アーディの術は完成間近で吹き飛ばされそうだ。


 しかし――

 巨人の手の平にいたアーディを怪物たちが庇った。皆が身を挺し、覆いかぶさるようにしてアーディを守る。


「な、なんで……」


 怪物たちはアーディを潰さないように、隙間を作っている。そこに立っていると、台風の目にいるようなものだった。あたたかく、穏やかだ。

 けれど、そこにいてエーベルの放った風が怪物たちの体を削っていくのを感じる。


 にゃははははっ! という、腹の立つ高笑いだけが聞こえてきた。

 アーディの集中は切れ、術は完成しなかったが、怪物たちが体を張って庇ってくれているので、そよ風さえも受けない。


 どうして庇ってくれるのだろう。

 怪物たちに囲まれた中にいて、息苦しさも感じない。むしろ、ふんわりと心地よくすらある。この感覚をアーディは知っているような――


 少しずつ、怪物たちの体がエーベルの風に削られていく。そうして、怪物たちの体は霧散した。本当に散ってしまったのだ。後には何も残らない。

 アーディだけは怪我ひとつないまま立っている。

 自分が起こした風がすっかり落ち着くと、エーベルは魔術陣を操って空から降りてきた。それは得意げに。


「アーディ、無事でよかった!」


 満面の笑みで言ったエーベルの頭に、アーディは遠慮なく拳をお見舞いした。


「いにゃい」


 頭を抱えたエーベルを、アーディは目をつり上げて睨んだ。

 チラチラと、空には光の残滓が蛍のようにして浮かんでいる。


 アーディはそれを見上げながら気の毒なことをしてしまった気分だった。

 悪い怪物たちではなかったのに、退治してしまった。罪悪感で胸が痛い。


 ピペルはヤレヤレとため息をついた。


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