〈7〉臨戦
エーベルがふぅ、と息をつく。
それから、空飛ぶ魔術陣の上で四つん這いになっているアーディに向けてつぶやいた。
「アーディ、防御オネガイ」
「は?」
「もし反撃があっても、ボク、手一杯だ。ヨロシク」
ニカッと急に明るく笑ったかと思えば、エーベルは光る指先で魔術陣を描いた。
「――ハガル・ペオース・ラーグ・シゲル・ティール」
「ちょ、ちょっと待て!」
この魔術陣、一体どのような原理で動いているのかよくわからないが、エーベルが魔力を使いすぎた場合、どうなのだろう。エーベルが手一杯と言うのだから、今から放つ術は相当に大きい。
大体、怪物相手に打撃を与えたとして、ピペルも巻き込まれるのではないのか。そこは手加減できるのか。
そんな細やかな気配りをエーベルができる気はしないのだが。
サササ、と素早く魔術陣を組んでいく。こうしたところはやはり天才的ではあるのだが、見惚れている場合ではない。
怪物たちもハエのごとく飛んできた魔術陣に気づいたのだ。ピペルを捕まえている巨人が振り返る。
そして、ハエ叩きのような手の平をアーディたちに向けて振るったのだ。
「うわぁ!」
叫んだのはアーディだけである。エーベルはチッと舌打ちしてしゃがんだ。巨人の手が頭上をかすめる。
アーディの心臓がバクバクと、滅多にないほどうるさく鳴っていた。無理もないことだが。
「せっかく組んだ魔術陣がパァだ。も一回!」
エーベルはそう言うと、体勢を低くしたままで空飛ぶ魔術陣をコントロールする。
「おい、エーベル! 素直に先生を呼んできた方がいい!」
「えー、一発くらいぶっ放してからでいいでショ?」
本音が漏れてる。ちょっと試しにぶちかましたいらしい。この状況なら、少々やらかしても正当防衛とか言えるとか思っているらしかった。
「お前な、その後のことを少しでも考えてあるのか?」
このシチュエーションで説教なんてしたくもないが、二人して魔術陣で夜空を飛び回りながらアーディは喚いた。
あんな、絵本の中に出てきそうな怪物ばかり、戦闘力の程が知れない。下手に怪物を刺激してやり返された時、二人で防ぎきれるのか。
ピペルだって丸呑みかもしれない。たいした栄養にはならないとしても。
そもそも、今は防災訓練中のはずなのだ。何故、こんな怪物の相手をするはめになっているのやら。
そこでふと、向こうの校舎の方でチカッと光が見えた。あれは魔術を使った光だ。
向こうの方でも何かが起こっている。こうした怪物があちこちに出没していて、そのせいで先生方は対処に追われ、すぐに駆けつけてこないのだろうか。
しかし、学び舎にこんな怪物が闊歩していたら責任問題だ。攫われたのがピペルだからまだ気分的にちょっと笑っていられるけれど、あれが生徒だったら笑えない。
いや、笑っている場合かとピペルには怒られるかもしれないけれど。
空を飛びつつ、また魔術陣を展開し始めたエーベルの足を引っ張り、アーディは集中を乱してやった。
「うにゃあ! 何すんのサ!」
魔術陣の上でステンと滑ったエーベルに、アーディは眉間に皺を寄せつつ言う。
「だから、ちょっと待て。魔術をぶっ放す前にちょっと考えろ。あいつらはなんだ?」
「ナニって、化け物だナ」
「なんで急に学園に湧いた?」
「さあ? 前からいたんじゃないの?」
「あんなデカイのがいたらすぐにわかるだろ!」
そんなことを話しながら飛び回っている二人を、怪物たちは目で追っていた。手が届かないからか、本当に見ているだけだ。目だけで二人の動きを気にしている。
妙に大人しい。
そうだ、この怪物たちは大人しいのではないかという気がしてきた。
ピペルを捕まえているけれど、危害を加えられてはいない。
それなら、こちらも穏便に済ませることはできないものだろうか。
まず、好戦的なエーベルをなんとかしなければ。
「おい、エーベル。とにかくむやみに攻撃するな」
「えー」
「えー、じゃない」
「アーディ、なんかいい考えが浮かんだノかにゃ?」
「…………」
そういうわけではないのだが。
しかし、少し頭を使わねば。
そんな時、目を回していたピペルがハッと目を覚ましたらしかった。寝ていた方が幸せだっただろうに。