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〈6〉地震のもと

「それで、ピペルがどうしたって?」


 魔術陣の上はなかなかの眺めであった。ちょっと下を向きたくない。

 上を見上げたら、綺麗な満月だ。月明かりが優しい。


 アーディは正面を向くと、魔術陣の上で四つん這いの体勢を保っていた。エーベルはすっかり慣れっこなので、二本足でしっかり立っているが、ここで強風が吹いたらどうするつもりなのだろうか。


「うん、連れていかれた。この地震のモト? でっかいヤツさ」


 うん? とアーディは首を捻った。エーベルの言わんとするところがよくわからない。


「地震の、もと?」


 すると、エーベルはこっくりとうなずいた。


「寮くらいおっきいヤツ」

「りょ、寮くらい?」

「ひとつ目で――」

「ひとつ目!?」

「鼻と口もひとつずつ」

「それは普通だ」


 エーベルはふぅむ、と唸る。

 それもそうかと思ったらしい。


「肌が緑色のヒト型」

「…………」


 エーベルが言った特徴を頭の中で組み合わせると、嫌なものが出来上がった。


「そいつがサ、歩き回ってたんダ。それがこの地震ってワケ」


 防災訓練のためにわざわざそんな危ないものを召喚したとでもいうのだろうか。

 まさか、な、とアーディは疑惑を吹き飛ばす。


「カーテンを引いておけって言われてただろ? お前が窓を開けたからピペルが見つかったんじゃないのか」


 カーテンを引いておけという指示は、窓の外を生徒に見せたくなかったからなのか。夜間は普通にカーテンを引くし、あまり気にしていなかった。まさかそんな化け物が学園の敷地を闊歩しているとは思いもしない。

 ――いや、エーベルのたわ言を信じるのはまだ早いか。


 エーベルは夜風に金髪をそよがせながら顔をしかめた。


「それがさ、ピペルが部屋にいなかったんだ」

「へぇ?」


 ピペルなら、『ワシは生徒じゃあない。防災訓練なんぞにつき合っとれるかぃ』とかなんとかぼやきつつ、エーベルから解放される貴重な時間を堪能しようとしたのではないだろうか。

 ――あり得る。


「それで、仕方ないから部屋でピペルを召喚しようとしたんだ。そしたら、上手くいかなくてサ」

「上手くいかない?」


 エーベルはまたこっくりとうなずく。


「なんてのカナ? いろんなのがワチャッて混ざっててサ、邪魔されてる感じ?」


 全然わからない。エーベルの魔術の才能だけは疑っていないが、説明が壊滅的に下手なのは救いようがない。


「で、上手くいかないから仕方なく部屋の外に出ようとしたら、扉が開かなかったんだ。色んな術式を試したけど、それでも開かないんだ。一体何をしてあるんだろ? ちょっと面白かったけど、扉は諦めて窓から出たヨ?」


 エーベルでも解けない術式を組んで施錠したとは、ディルク先生の仕業だろうか。前もって、絶対に何かやると決めつけられているわけだが、残念ながら正解で、ついでに言うと窓ももっと厳重にした方がよかった。

 アーディがヤレヤレと嘆息していると、空飛ぶ魔術陣は加速した。一体どこまで飛んでいくつもりだろう。


「あ、見えてきた」


 エーベルが前方を指さす。そこでアーディが見たものは、信じがたい光景だった。

 薄闇の中、寮の三階くらいにいたら目が合いそうな巨人がドシンドシンと足音を響かせて歩いていたのだ。後ろ姿だったが、腰に獣の皮を巻いてサンダルを履いているという古風――太古の昔のとても古風な出で立ちである。あれは全身に装着するには生地が足りないからかもしれない。


 ピペルがあの腰巻の足しにされることはないはずだ。あんなちょっとの毛皮、役に立たない。

 と、そんなことはいい。

 その巨人だけでなく、他にもわらわらと怪物たちが練り歩いていた。

 四本足のドラゴン、人面の大蛇、巨大な鶏のような何か――


 ドシン、ドシン、ドシン。

 あんなのが集合したら、それは地響きもするだろう。皆、今頃は寮の中で慌てているはずだ。アーディも机の下に潜っていたかった。


「ここ、どこだよ……」


 思わずぼやいた。聖なる学び舎ではなかったか。

 ぼやいてから、エーベルを引っ張った。


「お、おい、止まれ!」

「えー」

「えー、じゃない! あんなところに突っ込めるか!」


 デモサ、とぼやいてエーベルは怪物たちが集う一角を指さした。それは巨人が二本の指を輪っかにしてつまんでいる黒いもの――ピペルである。


「あそこにいるから」


 ピペルは目を回しているのか、あるいは死んだフリをしているのか、黒い羽をつままれているが動かない。さすがにあれは気の毒だった。


「あれはサァ――」


 ゾッとして、アーディはいつもよりも数段低い声を出したエーベルを見上げた。

 整いすぎた美貌が冴える冷笑を称えていた。


「ボクの使い魔だから」


 怒っている、らしかった。


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