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〈3〉去年のこと

 その後、食堂でアーディとエーベル、ヴィル、ピペルが昼食を取っていると、そこにレノーレがやってきた。どんなに食堂が込んでいても、エーベルのために進んで席を譲る信奉者たちがいるため、いつもアーディたちはいい席で優雅なランチタイムを堪能できる。

 ただし、お前のためじゃない、という恨みがましい視線がアーディにだけは突き刺さるのだが。


 そこへ学園で一、二を争う美少女とされるレノーレが加わったのだ。エーベルの隣にいれば目の保養が倍増するはずが、レノーレは決まってアーディの横に着く。そして、アーディに突き刺さる恨みがましい視線は呪いの域に達するのだった。

 それでも、『知るか』で済ます程度にはアーディも図太くなった。


「アーディ、明日は防災訓練よ? 全学年一緒にやるんだけど」


 レノーレはアーディに体を寄せてフフ、と笑いかける。正面に座っているヴィルがなんとなく決まりが悪そうに見えた。レノーレが自分の隣に来てくれたらいいのにと思ったのかもしれない。

 確かに、アーディがエーベルとレノーレに挟まれ、向かいの席はヴィルとピペルだけだ。バランスが悪い。狭い。暑苦しい。


「防災訓練って、去年はどんなだったんだ?」


 そう訊ねてから、アーディはクラブサンドを頬張る。エーベルが静かだと思ったら、遠い目をしてバンズに付いている胡麻の数を数えていた。


「去年? う~ん、地震があったわ。ドンドンって寮が揺れたもの。訓練って言いつつもあれじゃあ本当に災害に遭ったのと変わりないじゃない。棚に並べてあったものが落ちてきて、後片づけした覚えがあるわ。あそこまでやらなくてもいいのにね」


 どうやら、かなり本格的な訓練にするらしい。そこまでする必要があるのだろうか。

 訓練というと馬鹿にして真面目に取り組まない生徒がいるからかもしれない。


「じゃあ、訓練といっても真剣に、先生の指示に従わなくちゃいけないね」


 ヴィルが小さな口で頬張っていたオムライスを呑み込んでからうなずく。ヴィルに関しては先生も何ひとつ心配していないだろう。

 問題は――


「胡麻ってサ、一回気になるとスゴク気になるの、なんでだろうナ?」


 などと言って、エーベルはアーディに笑いかける。


「知るか」


 即答した。誰も知らない、そんなもの。

 レノーレは、相変わらずなエーベルに冷ややかな視線を送る。


「あんた、防災訓練が退屈だとか言ってふざけちゃ駄目よ。あんたがどうなろうといいけど、あんた、絶対にアーディかピペルのことを巻き込むんだから」

「にゃ?」


 十五にもなって、にゃ? とか言って小首をかしげる男子もどうかと思う。しかし、残念ながら似合う。それを見かけた通りすがりの男子生徒が倒れた。


「どうした、貧血か?」

「う、うぅ……。尊い……」

「なんか呻いてるぞ」


 アーディは見なかったことにした。

 諸悪の根源、エーベルはにゃしし、と笑っている。


「ナァ、防災訓練の裏側ってどうなってるのカナ?」

「う、裏側って?」


 ヴィルが若干引きながらつぶやく。


「どうやって地震っぽく建物を揺らすんだろ? 気になるナァ?」

「ならない。気にするな」


 アーディも釘を刺してみるものの、エーベルはうっとりと指先を動かす。


「多分、僕の想像だと、こうで、こうで、こうで、こうで、コンナ感じ?」


 術式を指先でクルクルと描く。魔力は込めていないようだが。

 いつものことだが、習ってもいない複雑な術式で、アーディもあまり読み取れなかったし、上級生のレノーレでも無理だろう。


「そういうのは終わってから先生に聞きなさいよ」

「聞くけど。ああ、楽しみダナ。防災訓練」


 部屋に籠るなんて退屈だとか言っていたのが嘘のように、機嫌がよくなった。しかし、エーベルの上機嫌ほど不吉なものはない。


 何事もなく終わりますように、とアーディは溜息をついた。

 これ以上、反省文は書きたくない。


 ピペルは、ガツガツとピカタを食べていて、話を途中から聞いていなかった。

 それから、腹が満たされてご機嫌になったピペルはまるで猫のように、敷地内を飛び回る光珠を追いかけて遊び出した。あの光は蛍ではなく妖精である。


「コラ、やめろ」


 アーディはピペルの首根っこをつまんで止めた。

 いつも、妖精はピペルの爪が届くところまでは近づかないのだが、今日は運悪く低く飛んでいたのだ。


「にゃっ!」


 ピペルは不満げに声を漏らす。


「そんなことしてると、そのうち猫になるぞ」

「にゃ、にゃんですとっ! 魔族の矜持を傷つけるような発言はおやめくださいにゃんっ!」


 アーディのセリフにショックを受けたピペルは、妖精でタマを取るのをやめた。

 しかし、随分ムズムズしているのが目に見える。もう、手遅れかもしれない。どこからどう見ても立派な猫だった。


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