〈10〉ショータイム
「ふははははははっ」
その高笑いが小屋に響いた瞬間に、アーディもレノーレも顔をしかめた。
「な、なんだ!?」
太っちょが慌てて暗闇の中でもがいている気配があった。その瞬間、パァン、と弾けるような音が頭上で鳴った。ひぃぃ、と怯えた声を出したのは眼鏡だ。それも仕方がない。小屋の屋根は綺麗に消えてなくなってしまったのだ。
ぽっかりと空いた天井をアーディたちが見上げると、そこには虹色に光る魔法陣に乗ったエーベルとヴィルが浮かんでいた。エーベルは仁王立ちで、ヴィルは腰を抜かしたのかエーベルの足もとにしがみついている。魔法陣が明るく周囲を照らすから、カンテラの灯りも必要ない。
「何か面白そうなことしてるな? ボクも混ぜてもらおうか」
何をどう混ざるつもりなのかとアーディは嘆息した。小物軍団はエーベルの出現にひれ伏している。
「エ、エーベルハルト様、あの、その、これは――」
「うん」
にこり、と綺麗に微笑むエーベル。けれど――その指先には赤光が灯り、その指先が描く軌跡は魔術の式である。シゲル・エオー・オセル――笑顔を保ちつつ驚異的なスピードで術を展開する。
「伏せろ」
「あっ」
アーディはレノーレを庇うようにして壁際に彼女の頭を押しつけて被さる。
「さささ、ショータイムの始まりダ!」
ドゥン、と不吉な音がして、エーベルの魔術は発動した。小屋の壁もアーディたちがいる場所を残して展開図のように倒れる。そこからは派手な光の洪水だった。虹色に煌く光が、まるで意思を持っているかのように目まぐるしく動き回る。花火のような賑わいだった。
ただ、時折ギャーと悲鳴が上がるのは、あの光がなんらかの苦痛を彼らに与えているのだろうか。彼らはそれぞれに、泣いて走り回っている。その様をエーベルは人形遣いさながらに上空で指を動かしながら眺めている。
「ふひゃははっ」
変な笑い声が夜に響く。
「あ、あいつはぁ……」
レノーレが怒りに震えながらつぶやいていた。アーディたちに被害は及ばないと確信してアーディはレノーレから離れると上に向かって声をかけた。
「おい」
「にゃしししし」
聞いていない。下品な笑い声が聞こえるだけである。
光を使って彼らを追い回して遊んでいる。よほど楽しいようだ。悪趣味な。
「その辺にしておけ」
かなり高度な魔術を使っているせいか、エーベルも興奮状態のようで、アーディの声もまるで聞こえていない。ただ、そんなエーベルの足もとにいたヴィルはアーディに気づいてくれた。
「ねえ」
と、エーベルのズボンを軽く引く。すると、エーベルはとんでもないことをした。そちらに目もくれず、足もとのヴィルを振り落としたのである。
「!!」
いつもは落ち着き払ったアーディもこの時ばかりは焦った。
「ヴィル!!」
高さがそれほどあったわけではないけれど、放り出されて背中から落ちたヴィルはあの体勢では受身も取れない。ヴィルの華奢な体は叩きつけられたら骨くらいは折れるのではないかと焦ったのだ。
投げ出されたヴィルを、アーディはなんとか受け止めた。俗に言うお姫様だっこである。衝撃は小さく、軽かった。ほっと息をつくと、ヴィルは小動物みたいに震えながら恐る恐る目を開けた。
「……僕があいつに勉強を見てやれなんて言ったからだな。悪かった」
そのせいで連れ回されてしまったのだろう。責任を感じたアーディに、ヴィルは顔を赤くしてプルプルとかぶりを振る。アーディはそんなヴィルをそっと降ろした。そうしていると、レノーレもそばにやって来た。
「大丈夫? ……あの馬鹿、止めなくちゃね」
ひどく嫌そうにそう言う。
「でも……、王子様なんですよね? あまり不敬なことはできません」
ヴィルが困ったようにそう言った。
アーディとレノーレは顔をしかめるばかりだった。
「あんな王子、嫌だろ」
「どこが王子よ? 口開いたら品性欠片もないじゃない」
「ええっ!」
レノーレはすぅっと息を深く吸うと、エーベルに向かって甲高く怒鳴った。
「おいコラそこのへっぽこ魔術師の子孫!」
「誰がへっぽこだぁ!!」
瞬時にエーベルは光る魔法陣の上で地団太を踏んだ。効果テキメンである。ちなみにあの男子生徒たちは五人ともそろって小屋の近くで伸びていた。何かうなされているようでもある。
エーベルはフン、と鼻を鳴らして髪の束を掻き上げる。その仕草は様になっていたけれど、ふひひひひ、と不吉な笑いがすべてを台無しにしていた。
「ボクはかの大魔術師フェルディナント=ツヴィーベルの直系の子孫にして天才美少年魔術師なのだ!」
レノーレは、あーあ、とつぶやいた。
魔術師フェルディナント=ツヴィーベル。
確かにそれは国民のすべてが知るであろう強大な魔術師である。
ただしそれは、悪名轟くと言った方が正しい。