8
そして馬車の窓から、立派な城とその城門が見えてくると、本当にここまで来たのだと、ようやく実感が湧いてきた。心の中にじわじわと広がる感情は、不安や恐れ。だけどここまで来て、そんなことも言っていられない。私はそれを振り払うかのように、深く深呼吸をした。
そしてそこから先はあっと言うまだった。私が心の準備をしている間にも、物事は全て進んでいく。
高くそびえ立つ城壁の前で止まると、そこで馬車から降り立った。そして、レーディアスさんの案内の元、足を進めることしばらく――
空まで続いているかと思うほど高い城壁と、頑丈そうな城門をくぐると、私は驚愕して口を開けた。
こ、これがお城というもの……。
私は初めて城という建物を前で見て、口を開けて固まっていた。
壁が高く、部屋の数がいくつあるのか想像すらつかない。白亜の城壁に絡まる緑の蔦が、優美な造りを思わせる。正面には大理石を用いた彫刻や噴水で彩られていた。
まるで映画の中で見るセットみたいだ。呆けたように立ち尽くして見上げる広大な城。それはテレビで見るよりも、ずっと存在感があった。
隣に立つレイちゃんも、さすがに驚いて言葉を失くしていた。
「すごいね」
「うん」
しばらくすると私達は、言葉少なく会話した。ただただ、城の大きさに口をあんぐりと開けていた。
そんな私達を横で静かに見守っていたレーディアスさんが、声をかけてきた。
「お二人とも、長旅ご苦労様でした」
レーディアスさんは旅慣れているのか、顔に疲れは見えない。いや、見せないだけなのかもしれない。
「早速ですが、メグさんは私と来て頂きます。レイさんは部下が案内します」
レーディアスさんがそう言うと、ミーシャに視線を送る。呼ばれた彼女は一歩前に出ると、頭を下げた。
「じゃあ、メグ。ちょっと行ってくるわ。またね」
そう言うとレイちゃんは、あっさりと背中を見せて去って行く。少し寂しい気持ちになりながら、私はその背中を見送った。レイちゃんと離される不安が、表情に出ていたと思う。
「大丈夫です、すぐに合流できますので」
そう言われて、舗装された城までの道のりを二人で歩いた。私が手にしていた小さな荷物を、レーディアスさんはすかさず持ってくれた。さすが紳士だ。
城の脇道には花が咲き、その香りが鼻腔をくすぐる。雑草一本はえておらず、綺麗に咲き誇っている。
レンガ調の道のりを、緊張しながら歩いていると、隣から声がかかった。
「しかし、レイさんは火の加護をお持ちのようですね」
「火の加護?」
「ええ。一般的に判断される魔力の質です。性格は豪快で明るく気性が激しい方に、その傾向が多いと言われています」
「そうなのですか」
こうやって聞くと、改めて何も知らなかったのだと実感する。でも道理で、レイちゃんは火打石を作るのが得意なわけだ。そこは妙に納得した。
「じゃあ、レーディアスさんの属性は?」
何気なく問いかけてみると、レーディアスさんが微笑する。
「皆が属性を持つ訳ではありません。この世界の人間は誰しも、その身に魔力を秘めております。訓練次第で強くなる場合もありますが、ほぼが生まれつきの才能でもあります。ですが、何の能力も芽生えなく、そのままで人生を終える場合がほとんどです。また、若い頃にだけ使える場合もあります」
『わしの若い頃はの~、魔力で火打石を一度だけ作れた。それも一ヵ月かかってのぅ』
私は村長の言葉を思い出した。そう考えると、村長が一ヵ月かかって作った火打石を、ものの数秒でポンポン作りあげるレイちゃんの力は、相当強いのだろう。
「その中でも、強い力を持つと属性がはっきりしてきます。火風水土。それぞれの加護を受け、その属性の得意分野に長けています。残念ながら私はどの分類にも属しませんが、魔力の強さは中の上といったところでしょうか」
「そうなんだ」
解りやすく丁寧な説明に納得した私は、静かにうなずいた。ふとレーディアスさんは、私に視線を向ける。
「そんな中、メグさんは全くといいっても良いほど、魔力を感じません。これはある程度の魔力を持つ人間なら、誰もが気づくでしょう」
「そんなに珍しいのですか?」
「ええ、私は初めて見ました」
魔力がなくて珍しいと言われても、どことなく微妙。だって、自分が無能かのような気がしてくる。
努力して、どうにかなるもんじゃないだろうし、これはしょうがないのだろう。
なぜだろう?異世界人だから?もしそうならレイちゃんは?なぜ彼女だけが特別なの?考えてもわからない。
レイちゃんは類まれなる魔力の持ち主で、私は凡人。つまり――そういうことだ。
「ですが、そのおかげで、こうやって二人に出会うことが出来た。だから私は感謝しています」
微笑むレーディアスさんだけど、見つめられたらドキッとする美貌を持っているなぁ。これこそ、勘違いしてします女子はたくさんいると思うんだ。
「そもそも、魔力のない女性を見つけ出すのは、難しいことです。だから、メグさんの発見が三年と遅れたのです。透視能力のある王宮魔術師が、強い魔力を見つけたあと、メグさんにたどり着いたのです」
「それって……」
「レイさんが側にいたおかげです」
レイちゃんを見つけたあと、側にいる影の薄っぺらい私の存在に気付いたということですね。
「そもそも、なぜそんなことまでして必死になっているのですか?
「そうですね、当事者であるメグさんには、詳しい説明をする必要が、大いにありますね」
レーディアスさんは私に詳しく、話してくれるみたいだ。私も心して聞こうと、背筋を正した。
「我が国の第一王子ですが、この方の魔力が巨大だと言いましたよね?元より王族の魔力が強いのです。そして稀に、大きすぎる力を持って生まれことがあります」
あれ、何だろう。レーディアスさんの瞳はにこやかに笑っているようで、笑っていない……?
「その名はアーシュレイド王子。巨大な魔力を持ち、その血は遺伝する確率が高いのです。ですから強すぎる魔力の血を薄めてくれる女性を募集しているのです」
「それって中和剤てきな役目ですよ……ね」
「ええ」
はっきり言い切ったー!!この人、はっきり宣言したよ!!
「ですが、私が選ばれることは、確率的には低いのですよね?会うだけでいいのですよね?」
「ええ、最初は会うだけです」
きっぱりと言い切ったレーディアスさんの答えに、私はほっと胸を撫でおろした。
そもそも何を基準にして選ばれるのか聞いてないけど、私以外にも大勢集めると聞くし、万が一にも目に留まる確率は低いだろう。それに、もしかしたらもう本命は決まっているのかもしれない。
盛り上げるための出来レース用の人物その1として呼ばれたのかも。そうでも考えなきゃ、私がここにいることがおかしいわ。違和感ありまくりだもの。
なら会うだけで1000ペニー貰えて、なおかつ王都観光つきの旅だと思うことにしよう。
その方が楽しみだし、何より気が楽だ。
私のホッとした表情を見たレ―ディアスさんは、苦笑する。
「ただ、王子の出方によっては、どうなるのかわかりませんとだけ、お伝えします」
「それはないですよ」
まさか王子の目にとまるなんて、ありえないわ。美人で行動が豪快なレイちゃんならまだしも、私はどこにでもいるような、目立つことのない脇役タイプAですから。
「メグさん、出生や身分など関係なく、一国の王子のお相手に選ばれることもあるかもしれませんよ?それを夢見ている女性も、世の中少なくはないですよ」
「いえいえ、私は無理ですから」
微笑しながらも私をからかってくるレーディアスさんと、談笑して終わる。うん、すぐに帰れるはずさ、きっと!私は彼の緑の瞳を見つめて微笑むと、彼はまた背を向けて歩き出した。
しっかし、庭園を歩くレ―ディアスさんの姿はとても様になっていて、調和のとれている図だ。彼の瞳もこの庭園と同じ緑だからかな、そんな風に呑気に考えていた。
「ああ、そうだ」
「はい?」
前を歩くレ―ディアスさんが、いきなり足を止めた。
「――そう言えばですね、メグさん。言い忘れたことが一つあります」
「なんでしょう?」
レーディアスさんが背を向けたまま、先程より少しだけ低い声を発した。なんだというのだろう。だが特別、大したことではないのだろう。
『焼き菓子は、フィナンシェとマドレーヌのどちらが好きですか?』そんな軽いニュアンスに似ているもの――
彼は背後にいた私に、ゆっくりと振り返った。そしていつものように微笑んだあと、静かに告げた。
「我が国のアーシュレイド王子は、魔力を制御できません」
「は………」
「時折感情が高ぶると暴走します」
「そ、それって……」
さらっと伝えてきた彼の今さらな告白を聞いて、私は冷や汗が流れ出した。陽気な空、雲一つない快晴。あれ、おかしいな、なぜに寒気がするのだろう。
「部屋を一つ破壊されるぐらいなら可愛いのですが、幼い頃は本当に苦労しましたよ。国宝が飾られている美術部屋が崩壊した時は、宰相の髪が心労で、真っ白になったほどです」
「え、あの……それ」
遠い日を思い出してため息をついた彼の言葉を聞いて、私は膝ががくがく震えてきたよ、おかしいな。
「人は彼を『破壊の王子』と呼びます」
――それは決して言い忘れてはいけない、重要なことでしょう!!
そう叫びかけた時、私の視界の先の遥か遠方から、物凄い轟音と共に、周囲に爆発音が鳴り響いた。