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そうして私達は皆で仲良く村を出発した。王都までは馬車で移動するらしい。
これは結構な長旅になり、疲れるだろうな。そんな予感がする。
私はレイちゃんと一緒に馬車に乗る。やっぱり、この地を離れるって、寂しくもあるし、感傷的にもなる。
「大丈夫!すぐ戻ってこれるって!!」
レイちゃんの励ましを聞いて、私も心を入れ替えなければダメな事に気付く。
そうだよね、何もこれが永遠の別れではないのだから、そこまで感傷的になる必要などない。
だけど、三年間同じ場所での自給自足生活から、いきなり王子の婚約者候補選抜の舞踏会に出ろってどんな話よ、って思うわよね。普通。王子との舞踏会は気が重いし、私達は村から出るのは初めてだ。緊張しないわけがない。
しかし私以外に、候補者もたくさんいるっていうし!!少しの我慢だけで、またここに戻って来られるのよ!!
そう考えたら、元気が出てきた。よーし。こうなったら王都での観光を楽しみにしておこう。ちょっと舞踏会に出てお金を貰う、割のいいバイトだと思って割り切ろう。村長へお土産、ラビラの帽子も欲しいしね。
村を出る時には少し感傷的になったけれど、ここでは徐々に気分を上げていこう。
馬車の中ではレイちゃんと、王都に行ったら何をしようかと話になった。
「王都ってどのぐらい栄えているのかな?」
「ね、人混みではスリに注意よ!」
不安を期待にすり替えて、私達はこんな感じで盛り上がった。
それから馬車を走らせて半日ほど。
最初は初めて乗る馬車に感激してはしゃいでいたけれど、今はもうすっかり慣れてしまって、レイちゃんなんて仮眠を取っている。
だけど道が悪いせいか、馬車も結構揺れるし振動がくる。そのたびに軽く飛び跳ねているのだが、レイちゃんてばよく眠れるな。私なんてお尻が痛くなってきたよ。
ずっと同じ姿勢でいたせいか、体が辛くなってきた。
そろそろ休憩したいと思っていると、街並みが見えてきた。それが見えると、私は心が弾んだ。だって村を出てから、ずっと走りっぱなしだ。皆も疲れているだろうし、私も休憩したい。そう思っていると、馬車がゆっくりとした走りになったあと、ピタリと止まった。
降りてもいいのか迷っていると、馬車の扉が開かれた。そしてその先にいたレーディアスさんは、疲れを見せない美麗な顔で微笑んだ。
「ここで休憩しましょう」
私に向かってそう言ったあと、視線をレイちゃんへと向けた。
レイちゃんは、それに気づかずにぐっすりと眠りこけていた。
鼻息までスピースピーといっている。こんな状況でそこまで深い眠りに入れるなんて、逆にすげえや、レイちゃん。尊敬する。
レーディアスさんは一瞬だけ目を瞬かせて驚いたあと、爽やかに目元を綻ばせた。
新緑色の瞳が喜びを宿し、そこだけ春風が吹いたような空気が流れ、それを見ていた私の方がドキリとした。
甘い笑みを向けられているレイちゃんは……よ、よだれがおちそう!
私は慌ててレイちゃんを揺り動かした。
「レ、レイちゃん、起きて」
「んぁ……もう王都?」
そんなわけないでしょうがー!!寝ぼけているレイちゃんを見て、レーディアスさんは口元に手をあてて、クスリと笑った。
「レイさん、メグさん、支度が出来たら馬車をおりて下さい」
そう言って扉を再び閉めた。もしかして気を遣ってくれたのかな?
レーディアスさんって、いい人だな。騎士団長という肩書を持っているので、どんなに偉そうな人かと思ったけれど、腰は低いし物腰は柔らかだ。
見た感じも爽やかな美形だしね。そんなことを考えながら、馬車から降りると、レーディアスさんがにこやかな笑顔を見せた。
「一時間程休んで、出発します」
その申し出は正直助かった。なんせ座りっぱなしでお尻が痛くなってきたところだ。
「ありがとうございます」
この街だけでも、人の多さに驚いた。レンガ調の建物に、きちんと舗装された道を歩くと、私達の住んでいた村は辺境の奥地だったのだと、改めて実感した。
店が数軒立ち並び、そこそこ栄えていると感じる。村でスローライフを送っていた私は、正直気おくれしてしまう。どこへ行って、何をして時間を潰せばいいのかしら……。
「メグ、ここの街の名物はチキンのスパイシー焼きだって!!食べよう!!」
だけどレイちゃんは、いつだってこの調子。戸惑う私の不安をすぐにかき消す行動に出る。
屋台からの香ばしい香りにつられてレイちゃんが、私の手を取る。
「じゃあ、一時間後にここね!またね、レーディアス!!」
レイちゃんは時間がもったいないとばかりに、走り出した。そうしていつものように私の手を、ぐいぐいと引っ張っていく。屋台まで一直線、匂いを頼りにたどり着いた。
「おじさん、チキン二つ下さい!!」
さっそく注文して品物を受け取ると、備え付けのテーブルに座り、丸ごとのチキンに、レイちゃんがかぶりつく。
「それがっつきすぎ!!誰も取らないから!!」
レイちゃんは美人なのに、行動が男前だ。ここは彼女の魅力の一つだと思うのだが、異性から見て明らかに損をしていると思う。
「うまー!!」
「レイちゃん、声大きいよ」
だけど彼女の笑顔は、周囲のみんなを元気にする。
裏表のないレイちゃんは素直で、思うがままに行動するタイプ。自分に嘘がつけないし、曲がったことが嫌い。
だけど口が悪いし、お金にがめつい、行動派で姉御肌。私にはない部分をたくさん持っている。
ありえない程の大きい口を開けてチキンを頬張る姿を見て、思わず笑顔になる。
レイちゃんは笑うともっと綺麗だと思う。強い生命力に満ち溢れていて、魅力的なのだ。
性格は、活発でエネルギッシュな暴れ馬。これを丸ごと受け入れてくれる男性じゃないと、レイちゃんの気性に負けて火傷すると思う。
――いつかそんな男性が、現れるのかしら。
そんなことを考えていると、誰かが近づいてきた。視線を向けると、先程別れたはずのレーディアスさんが優しげな笑みをたたえていた。
私達に優しく微笑みかけているが、レイちゃんはチキンに夢中で、気づかない。
そして、そんなレイちゃんの様子を気にした風もなく、柔らかい眼差しで見つめている。
それは、私達に向けられていると思ったけど――違う。これはレイちゃん一人に向けられている視線だ。
気づいてしまった私は、反射的に目を伏せた。もしかしてレーディアスさんって、レイちゃんを気に入っている……?
頭に浮かんだ可能性に、私はドキドキしたけれど、もしそうなら、私は注意深く見守るだけだ。レイちゃんにとってレーディアスさんが害を与える人物なのか、そうでないか。
親友、いや、家族として見極めたい。
そのまま何事もなかったかのように、レーディアスさんが、私とレイちゃんの前に来て、説明をしてくれた。
「王都についたら、お二人にはいったん別行動をして頂きます」
えっ!?レイちゃんと離れる?
想像していなかった事態に焦る私は口をつぐんでしまう。すると、すかさず横から、
「どういうこと!?私とメグを離して、何の得があるわけ?」
レイちゃんが先に暴走するから、私は横で冷静になる。
「メグさんは先に私と城に行き、そしてレイさんは、いったん訓練所へ来て頂きます」
「は……?」
「あなたの魔力を測定したい。その魔力に危険があるのか、暴走する可能性があるのかを、知るためです」
「私は暴走しない」
レイちゃんが堂々と宣言するけど、その発言どおり、彼女は自信があるのだ、自分の能力に。それは決して過信ではない。村での三年間は、暴走したことがない。むしろその力をうまくコントロールして、使いこなしていたと思う。
「ええ。私が見る限り、うまくコントロールできていると思いますが、念の為です。それに、巨大すぎる魔力を上手く制御できないお方も身近にいるので……」
「え……?」
「いえ、なんでもありません」
レーディアスさんの呟きをうまく拾えなかったけど、なんて言ったのだろう。
**
そこから先も、馬車を走らせること、数日。
私達とレーディアスさんはそこそこ打ち解けてきたと思う。長い時間一緒にいるだけあって、いろいろな話も聞けたし、そう苦にはならなかった。
いよいよ城が近くなると、ミーシャと名乗る女性が馬車に乗ってきて、私達の今後の身の振り方について、詳しい説明をしてくれた。女性相手だと、質問もしやすかった。
これもレーディアスさんの配慮だろう。だってまさか彼に『お手洗いはどうしたらいいですか』なんて聞きにくい。……レイちゃんは聞きそうだけど。
しかし、なぜかミーシャの語る話の半分以上が、レーディアスさんについてのことに、すり替わってしまった。ミーシャがあまりにも熱く語るのでつい、聞き入ってしまった。そう、彼に関する情報を仕入れておかなくては……。
将来的にレイちゃんに関係するかもしれないからだ。私はチラリとレイちゃんを見れば、興味なさそうにあくびをしていた。
レーディアスさんは23歳、最年少騎士団長として騎士団を束ねている。その実力はお墨付きなのだとか。
そこで初めて、レイちゃんの耳がピクリと動いた。
「ねえ、それって、レーディアスは強いの?」
「愚か者!!レーディアス様と呼べ!それに強いなどという当たり前のことを聞くな!」
「ふーん。それって、ちょっと興味あるね」
レイちゃんは運動神経が抜群にいいのだ。幼い頃からやっていた剣道で、全国大会にまで出場したほどだ。そこまでいけたのは、彼女の筋がいいのと、ひとえに負けず嫌いな性格がゆえだと思う。
そこから先は、まぁ、ミーシャを含めて女三人で、そこそこ盛り上がった。思えば、この世界に来て初めて、レイちゃん以外の同年代の女性と、ここまで深く話した。村にいたのは、おばさんが多かったし。
ミーシャはレーディアスさんの件では、なにかとレイちゃんに喰ってかかるが、それ以外は普通に親切だった。レイちゃんも色々言われても、うまく聞き流している。
私はこの関係をどこか不思議に思いながらも、楽しい気分で彼女達の話を聞いていた。