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*レイ視点(1/2)
何だか変な男がこの村にやってきた。正直、迷惑だ。
しかも、無駄にイケメンすぎる。きらびやかな衣装着て、私の態度がどんなに悪くても、感情を表に出すことなく、冷静に対処している。
だけど、あのお綺麗な顔で、何を考えているのか、わかったもんじゃない。だいたいあの笑顔は胡散臭い。私の野生の勘は当たるのだ。
世間知らずでどこかぼんやりしているメグに、気を付けるように言っておかないと!あの手のタイプは相手を信用させて、こっちがうっかり背中を見せたあと、その背後からガブリと噛みつくタイプだと思う。酷い言い様かもしれないけれど、そのぐらいの心構えでいなくては。
王都へ行こうだなんて、誰がほいほいついて行きたいものか。王子の婚約者?そんなの適当に魔力の微少な令嬢と結ばれればいいんじゃないの?そこに身分だって必要だろうに。
わざわざメグを探してまでなんて、どうしてそこまでする必要があるの?
だけどあの男の、美麗な微笑みの裏側に隠された意味は、拒否することを許さない色を携えていた。
あの目は、人に命令することに慣れている人の目だ。だてに騎士団長を名乗っているわけじゃあ、ないのだろう。
ここで武力行使に出られたら困る。村の人にも迷惑がかかるかもしれない。
二つ返事で了解したけれど、メグはなんだか不満そう。当たり前だ、私だって本音は嫌だ。
だけど、あの男の前からはそう簡単には逃れられない。なんでだろう、私の第六感が、そう告げている。
それなら、従順な振りしてまずは王都へついて行く。その間に、何を考えているのか、探ってやるわ。きっと何か裏があるはずよ。
そして必ずや1000ペニーを貰おう。ここ重要ね。誰がただ働きなんて、するもんか!!私とメグの楽しい老後のためにも蓄えは必要。
金はあっても困るものでもなし!野菜の貯蔵室も建てたいし!!
あのうさん臭い男が言った。
メグ以外にも、魔力の微少な令嬢を集めていると。その娘たちがいっせいに集まる舞踏会に出席するまでが、私達の仕事だと。
そこでどうやって王子の婚約者を選ぶのかは詳しくは知らないけれど、まあ目立たなければいいのだろう。舞踏会の規模も大きいと聞くし、下手に動き回らなければ、目をつけられることもないだろう。
その後は1000ペニーを受け取り、王都で観光するもよし。しばらく滞在するもよし、だそうだ。
私達は覚悟を決め、舞踏会にだけ出席しよう。そうすれば、あのうさん臭い男とも縁が切れるはずだ。そして王子には、特に気に入られもせず、何事もなく、二人で村に帰ってこよう。
王都とやらを観光して、たくさんのお土産を手にして戻って来よう。
「メグ、ここはいったん、言うことを聞くのよ」
「レイちゃん……」
どこか不安そうなメグだけど、私がついていく。決して一人にはさせないから。その決意を伝えよう。
「大丈夫。必ずここに戻ってくるから。私達が三年かけて築いた、お城だもの。絶対誰にもこの領域を侵させはしないわ!!」
「ここの土地は、わしのなんじゃがのぅ~」
村長ってば、いちいちツッコミすぎ!!それ言わなくても解っているから!!
「村長ってば、解ってますよー!!おみやげ買ってくるからね!!」
それでいいとばかりに、村長はうなずいた。
「そうと決まれば、三日後に出発しましょう」
うさん臭い笑顔の騎士団長の言葉に、渋々とメグはうなずいた。取りあえずは、覚悟を決めたようだ。
「念を押すけれど、私達が王都へ行く条件で、異世界人の報告義務を怠った村長の件は不問ね」
「――ええ」
よし、これで言質はとった。恩人の村長には、これ以上迷惑がかけられないと、私は密かに安堵した。
静かに微笑む騎士団長が、次の提案をしてきた。
「では、準備もあるでしょう。私はその間、村長宅でお世話になっています。部下も数人連れていますので、何かあれば手伝います。遠慮なく仰って下さい」
「――そうね、考えておくわ」
こうしていきなり決まった王都行き。だって、私達に拒否権なんてないもの。
嫌だと言っても無駄でしょう?それこそ武力行使?だったら私も戦うまでよ!!
……なんて言いたいところだが、メグがいる。そして高齢の村長もいる。そもそも村長には100歳超えても元気でいて欲しい。心からそう思う。私達のおじいちゃんみたいな存在だもの。
それこそ村長が、心臓麻痺でも起こしたら大変だ。心臓マッサージは知識がないから無理だし、人工呼吸はもっと無理、拒否。
それにメグ、優しいあの子を不安にさせることだけは避けたい。それなら順序な振りしてついて行くわ。そして絶対、その笑顔の裏側を暴いてやるんだから。
でもね、メグ……。
もしも、王都から逃げ出したいと思ったら、メグだけでも、何としてでも逃してあげる。
例え私が全てを捨ててでも、メグだけは自由にさせてあげるわ。
私は意を決して、唇をぎゅっと噛み締める。
「メグ、今から早速準備開始よ。台所は任せたわ。腐りそうな食べ物は片づけていこう」
そう、悩むことは後からだって出来る。私達は目の前のやるべきことを、優先してやろう。
「うん、わかった」
メグは早速、台所の片づけに入った。貯蔵庫に入っていたチーズや燻製肉を引っ張りだしていた。
あ、肉は今夜食べるから!!残さないから!!慌ててメグにそう伝えれば、『わかってるよ。これから三日間で食べつくそうね』なんて、少しだけいつもの笑顔を見せた。
それから私は畑へ行き、土を掘り、実ったイモを掘りだした。ゴロゴロ出てきても食べきれないので、村のみんなに分け与えよう。
牛のモーモーと鳥のコケ子は、村長の息子夫婦が私達の代わりに、しばらく面倒を見てくれることになった。
畑の管理も村人に頼むことにして、私達がいつ戻ってきてもいいようにして貰った。
そうして私達は、着々と準備を進めたのだった。
**
「畑仕事ですか」
そして翌日、残りのイモを全て掘り出していると、いつの間にやら来ていた騎士団長が声をかけてきた。今日もまぁ、お綺麗な格好をしている。畑仕事なんて、到底イメージわかない。
「もったいないでしょう、全部掘り出さないと。今のうちに出来ることはしてから行きたいの」
そう言って私がクワで耕しているのを、腕を組んで黙って見ているので、何だろうと思って顔を向けると、目があった。新緑色の瞳を細め、微笑んできた。
「騎士団長。あのさ、見ているだけなら、手伝ってよ」
「――ええ」
そう言うと騎士団長は腕まくりをして、私からクワを奪った。
正直、意外で驚いた。こんな細身で、お綺麗な顔立ちで上品な振舞をするお方が、汗と泥にまみれてクワを振り上げているなんて、似合わな過ぎて驚く。
「それはそうとレイさん。私のことはどうぞ、レ―ディアスとお呼び下さい」
「……わかった」
私は素っ気なく返事を返した。ここで、
『じゃあ、私のことも、レイって呼んで下さい』と、普通の女子なら可愛くフラグを立たせに行くところだと思うのだが、私は遠慮する。知り合ったばかりの人間を、あっさり信用してはならないのだと、私の自論だ。その後はもくもくと土を掘りかえすレ―ディアスに、私も黙って作業をしていると――
「あ、ミミズ」
茶色の物体が、土の中からコンニチワ。
そしてミミズを指さした私を見て、レ―ディアスは声を発する。
「あれが、ミミズというのですか」
「知らないの?」
「ええ、初めて見ました」
ミミズを初めて見たって?どんだけお坊ちゃんなのだろう。
この人はきっと、土にまみれた生活とは無縁な人なのだろう。まあ、その格好と身に着けている装飾品からいって、ただの村人とは違うわね。じゃあ、私はちょっと教えておこうかしら。
「ミミズがいる土は栄養たっぷりなのよ。くねくねしていて、生臭いけど、優秀な奴なんだから」
「そうなのですか」
ミミズの説明を馬鹿にするでもなく耳を傾けてきたレ―ディアスに、私はほんのちょこっとだけ、気分が良くなった。ほんの少しだけど……
「あーあと!!」
「なんでしょう」
私は重要なことを伝え忘れたと、手を叩いた。思い出して良かったー。
「昔から、『ミミズにおしっこをかけると、大事なところが腫れる』って言うからね!!悪戯でも気をつけてよ」
「………………いえ、かけるつもりも、予定もありませんが……」
――それならばよろしい。
たっぷりの沈黙の後、押し黙ってしまったレーディアスの顔を、私は見つめた。