45*
*レイ視点
あの決闘から三日が過ぎた。
私は、体を休めるようにと言い渡され、お休み中だ。それが何よりも助かっている。
だって恥ずかしくて騎士団の皆に、顔を会わせられない。なにより、レーディアス本人とが一番きまずい。
大勢の観客が見守る中、求愛されたんだから。
いきなりだったので心の準備が正直、まったくなかった。
そもそもレーディアスが私のことを好きだってことは、全然気づかなかった。
だけど今考えれば、全部納得がいく。
私が彼の為を思って婚約解消を言い渡した時、あんなに不機嫌だった理由は、これだったんだ。
……傷つけちゃったのかな。そう思うと、途端に罪悪感が出てくる。
いやいや、でもでも、だからっていきなり口づけは、ないわー。ありゃ引くわー。
そもそも、もっと態度で示しなさいよ、全然気づかなかったわよ。
部屋で一人、籠っているとノックがする。それと共に嫌な予感。
「レーディアス様がお呼びです」
ああ、ついにきたご対面の時間。
だけど、いつまでも逃げていてはいけないわ。そう、ここは意を決して対面する時なのよ。逃げて解決する問題でもないし。私は自分にそう言い聞かせて、扉の向こうに声をかけた。
「今、行きます」
**
「失礼します」
レーディアスの部屋の扉をノックすること三回で、扉向こうから低い声が聞こえた。私は意を決して入室すると、レーディアスは窓辺に立ち、外を眺めていた。
私が部屋に入ってくると、ゆっくりと顔を向けた。相変らず整った顔をしているが、少しだけ眉間に皺が寄っている。
「なぜ、部屋に籠っているのですか?」
いきなりの直球に、言葉にぐっと詰まる。
「それは……」
レーディアスに会うのが気まずかったからだよ!そう伝えたいけれど、言えるものか。
「どこか体調でも悪いのですか?」
「それは大丈夫」
そう答えた瞬間、レーディアスが安堵のため息をついた。
「それは良かった。あの決闘で、もしや体を痛めたのかと、心配でならなかった。やはり自分のやり方が悪かったのだと、深く反省をしていました」
レーディアスに心配かけていたんだと思い、申し訳なくなった私は努めて明るい声を出した。
「体は全然大丈夫。しかし、レーディアス強いね、さすが」
向き合ったレーディアスの瞳を見つめ、私は力強く語った。
「やっぱり騎士団長なだけあるわ。今回の件で、どれだけ自分がうぬぼれていたのか、よくわかったわ」
そう、力じゃ到底敵わないと実感した。
「あの剣裁きをまともに受けていたら、私の骨が粉砕されていたわね、きっと」
それも恐ろしいぐらいに、粉々だったに違いない。ふりかけ状態だわ。
私ももっと訓練しないとな。自主練習の時間を増やすか。そう心の中で検討していると、低い声が聞こえた。
「それよりも、あの時の返事を聞きたい」
「え?」
「言ったはずです。私を一人の男として見て欲しいと」
真剣に見つめられ、それまで決闘について熱く語っていた私は、我にかえる。
「本当は、あの無理矢理口づけをした時、このまま本物の婚約者になって欲しいと告げようとしたのです。それなのにあなたは、婚約を解消して欲しいと言ったので、頭に血がのぼり、ついカッとなりました。今では深く反省しています」
「あれは……」
だからレーディアスは、あんなに不機嫌になったのだと、今なら解る。
「例え、ドレスや宝石を贈っても、あなたの心には響かない。だとすれば、力を見せて惹きつけなければ、私には興味も持たないでしょう」
レーディアスが若干、自嘲気味にそう語る。そして一度机の方まで戻ると、白い花束を取り出した。
「あ、サラディ」
思わず白い花の名前を口にした私だったけれど、部屋に入った時に感じた甘い香りは、この花束から香っていたんだ。
レーディアスは私の目の前に、その花束を差し出した。
「この花を好きだとお聞きしました。あとは体を動かすことと、甘い焼き菓子も好んで食べていると、屋敷の者から聞いています。そしてメグさんのことは、とても好きだ。――あなたが好むものの中に、私も入れて頂けませんか」
「ええ……っと」
部屋に漂い始めた甘い空気は花束のせい?違う、絶対にそれだけじゃないはず。
困惑する私に、なおもレーディアスはたたみかける。
「考えられませんか、私とでは」
「そ、そういうことではなくて……」
彼に真正面から見つめられ、私はさらに動揺する。男として意識しているかと聞かれれば、男だと思う。……手もでかいしな!
「あなた相手に回りくどい手は通用しない。だからそのまま伝えます、何度でも」
「な、なにを?」
つい腰が引けてしまうのは、レーディアスが放つ雰囲気、それが部屋中に広がっている気がする。なんていうか砂糖にピンクに、とっても甘々なイメージ。
私にとって得意ではない雰囲気。慣れないし、あまり縁のない空気に、私は混乱して変な汗をかいてくる。
「――好きです」
そらきた!!
得意じゃないムードな上に、私をもっとも混乱させる言葉だよ、これは!!
思わず瞳をさまよわせてしまう。本音を言えば、笑ってなんとかこの場から逃げたい。
だが、レーディアスの様子は真剣で、とてもじゃないけど冗談でかわせる雰囲気ではない。
「言いたい事を言い、裏表がなく、自分の感情を素直に口に出す。だけど、人にも気を遣える人だ。そうかと思えば、危なっかしいあなたを見て、ハラハラするし、活動的で行動が読めない。どこにいても気になるし、同じぐらい自分のことを考えていて欲しいと願う私がいます」
いつも冷静なレーディアスが、珍しいことに、頬を赤く染めている。
そして瞳から感じる真剣さに、それは冗談ではないと私も感じている。ここは笑って誤魔化してはダメだ。
「自分でも驚いています、こんな感情を私が持つことに。それこそ最初こそ戸惑いましたが、途中で吹っ切れて、自分の気持ちを認めました。レイのことを想っているのだと認めた時、すごく心が楽になりました」
「……レーディアス」
「そこで、あなたの気持ちを知りたいのです」
いつも冷静なレーディアスだけど、本当は凄く緊張しているのだろう。だって、瞬きを繰り返しながらも、私の一挙一動に集中している。そして、耳たぶまでが、ほんのりと赤い。
「私は――」
意を決して顔を上げると、レーディアスの表情が一瞬弾かれた。まるで何かに脅えているようで、私は少し笑ってしまう。
「本音を言えば、すごく驚いた。けれど、正直嬉しいと思う」
人から好かれて嫌だと思う人は、いないんじゃないでしょうか。これは本心だ。
「だけど、レーディアスは知らないと思うけど、私、意外に嫉妬深い性格で、不誠実な人は嫌いだから、他の女性の影がちらつくのはダメだと思う」
レーディアスは女性に人気があるという話だけど、私は私だけを見てくれる人がいいの。
まずは、そこからだ。
「あなた以外、必要ではありません。むしろ、そんな感情を私に見せてくれたら、私は歓喜するでしょう。それに――」
「それに?」
一瞬、言葉に詰まったレーディアスは下を向いた。思わず私が聞き返すと、レーディアスはうつむいていた顔を上げた。
「嫉妬深いといえば、私の方が十分嫉妬深い」
「え?」
「あのマルクスという男は何なのですか?いつもあなたの側にいて、時には付添人になって……。挙句の果てには誰の断りもなく、あなたの頭を撫でまわし、楽しそうに会話を交わして。あなたはあの男が好きなのですか?」
目を細めて薄ら寒い微笑を浮かべるレーディアスに、私は必死に弁解する。
「そ、そんなマルクスは友達だよ、異性とか思ったことない。だ、だけど、気が合うから仲良くはしていきたいと思っている」
「……では、次の人事でマルクスを、西のカルーダ地方へ飛ばしましょう」
ちょっと、待ったぁぁぁぁ!!それ、職権乱用だよ!?
すぐに、それは冗談ですが、と付け加えたレーディアスだったけれど、まったく笑えない。
「メグさんを守るためと言いつつ、あなたは騎士団に入ると同時に、とても楽しそうで。まるで私のことは眼中にないという態度で、毎日充実して過ごしていましたね」
「だ、だってそれは名ばかりの婚約者だったし、これ以上迷惑はかけられないと思って……」
「あなたがすごく生き生きとしていたのを、私がどんな思いで見ていたかは、知らないでしょう。それに、知っていますか?」
「な、なにを?」
レーディアスの苦々しい表情を見て、本当は尋ねちゃいけない気がする。だけど聞かずにいられない。
「あなたが入隊して、騎士団の士気が驚くほど上がっています。こっそり手紙など書いて渡そうとしている奴らもいましてね、あなたに届く前に、すべて没収です」
初めて聞かされた事実に、私は数秒間、口を開けて固まった。
それに何より驚いたのが――
「……レーディアス」
「なんでしょう?」
「イメージが、違うんですけど……」
冷静で、頭の切れる美麗なる騎士団長様は、どこ行ったー!!
「そうですね、この変化に、自分でもすごく驚いています。だけど、私はなぜか幸せです。それに直球じゃなければ、あなたに響かない。今後は、グイグイいかせてもらいますから、覚悟して下さい」
「え……ええ!?」
「もう色々吹っ切れたんです」
これ以上、押せ押せでくるっていうの?思わず逃げ腰になる私に、レーディアスは笑顔を見せた。
「だから、早く私で決めて下さい」
「そ、そう言われましても……」
なに、このまさかのキャラチェンジ。いろいろ吹っ切れすぎでしょ!
「いきなりそんな告白も、心がついていかないし、まだ知らないこともあるし……」
「私はあなたに興味があったのですが、あなたは私に対して、全然でしたものね」
にっこりと微笑むレーディアスだけど、なぜか微妙に責められている気持ちになる。
「いいでしょう、私という人柄を知ってもらうために、期間を設けましょう。その間は、食事を共にし、眠る前は話をしましょう。そして休みの日は共に行動し、何をお互いが好むのか、そうやって少しづつ仲を深めていきましょう」
「は、ははは……」
やけにぐいぐい押してくるレーディアスに、乾いた笑いしか出てこない。
「なんなら、部屋を共にしても構いません」
「お断りします」
さらっと言ったけど、レーディアス、あなたねぇぇ!やっぱり要注意だ、むっつり疑惑!そして、そこ、隠れて舌打ちするな!!
「いいでしょう、これからまだ時間は長い。メグさんがアーシュレイド殿下の側にいる以上、あなたもここから離れないでしょうし。本当、あの二人には仲睦まじくしていて欲しいものです」
「……」
あれ、何だか私、外堀埋められてないか?
だが、私も思うことがある――
「まあ、私もレーディアスのことは……嫌いじゃない。むしろ好意は持っているよ」
……だって強いし!!
彼はどちらかといえば細マッチョで、私の好む筋肉ムキムキとは少し違うけれども。
「だけど一番大事なのはメグ。これは変わらない。レーディアスのことを異性の好きに変わるかどうかは、これからのレーディアス次第」
正直に伝えた瞬間、レーディアスが口を少し開ける。
「……レイ」
私の顎を少し待ちあげたと思ったら、瞳を潤ませたレーディアスの顔が近づいてくる。
甘い吐息が頬にかかったと感じた瞬間、私は唇に柔らかな感触を感じる。
腰と背中に回された手は、容易に振りほどけない。
驚いて体が硬直していると、私が了解していると判断したのか、柔らかい感触が唇から侵入してくる。
背筋がゾワッときた瞬間、私は我にかえって叫んだ。
「だけど勝手にするな――!!」
レーディアスは整った顔を横に背けて、小さく舌打ちをしたのを、私は見逃さなかった。
まったく油断も隙もありゃしない!!
真っ赤になって騒ぎ始めた私にレーディアスは微笑むと、
「あまりにもレイが可愛らしかったので、つい」
しれっと言うレーディアスの爽やかな笑顔が憎たらしい。
このまま流されるわけにはいかない。そう判断した私はレーディアスの腕の囲いから必死に逃げ出そうとするも、離れない。それどころか、引っ付いてくる。
「ち、近いから!離れて」
「今後、勝手に口づけをしないと誓うので、抱きしめるぐらいは好きにさせて下さい。それぐらいいいでしょう」
「で、でもっ……!」
「私を男として意識して欲しい。そう言ったはずです」
私の耳元でささやく、レーディアスのキャラチェンジが恐ろしい。
「だ、ダメ!!私から了解を得ないとダメだから!!」
「では、了解を下さい」
ああ言えばこう言うレーディアスは、かなり手ごわい。こうなればもう――
「さて!私はメグのところに行こう!!」
逃げるが勝ちと言わんばかりに踵を返した。
「では、私もご一緒しましょう」
しかし相手もひるまない。
「いい!一人で行く!」
「私もアーシュレイ殿下に用事があるので」
そう言うと、すかさず私の腰に手を回し、私の手を握り締めるレーディアスは、本当に女の扱いに長けている。
それがちょっと面白くなくて、つい言ってしまった。
「レーディアスってば、やっぱり、こんな場面に慣れてるね」
回された腕に視線を投げたあと、レーディアスを見れば、彼は微笑んだ。
「そんな可愛く嫉妬をされてしまうと、今すぐにでも部屋に引き返して、ベッドへ押し倒したくなるので、止めて下さい」
「そっちこそ、その思考止めれ」
余計な発言は控えるべきだ。レーディアスの色気のある表情を見て、そう心に誓ったのだった。




