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▼久しぶりのメグ視点になります。
昨日、レイちゃんが部屋を訪ねてきてくれた。そして『決闘することになった』なんて、ケロッとした顔で言うものだから、聞かされた私の方が驚きで、その場で倒れるかと思ったわ。
どういった経路でそんなことになってしまったのか、まったくもって意味が解らない。
レイちゃんに聞いても、あまりピンとくるような返事が返ってこない。
ならばもう一方の相手に聞くだけだ。――私は意を決して部屋から飛び出した。
そして向かう先は、城の一室、ここにはレーディアスさんもいるはず。今日は騎士団との会議があるって、アーシュが言っていたもの。ここの廊下で待ち伏せしていたら、お目当ての人物に会えるはず。
しばらく待つと、一室から廊下へと出てきた人物が目に入る。大勢の人の中、人の目を惹きつける美貌は、私のお目当ての人。私はそのまま小走りに、彼に近寄った。
「レーディアスさん」
「メグさん」
近づいた私に気付いた相手は爽やかな笑顔を見せ、新緑色の瞳が優しげに輝いた。
その整っている顔で微笑まれたら、確かに夢中になる女性は多いだろう。
けれど、最近その余裕がなくなってきたんじゃない?誰かさんにはその魅力がなかなか伝わらなくて、焦っているんじゃなくて?
「レイちゃんと、決闘するんでしょう?」
私が面と向かって尋ねると、困ったように苦笑して、何も答えないレーディアスさんだけど、そんな態度のまま逃がすものか。大事な親友のことだから、余計なお節介も焼きたくなる。
「ちょっと庭でも散歩しませんか?」
そう言うと彼は、静かにうなずいた。
**
そうして私とレーディアスさんの二人で庭に降り立つ。珍しい組み合わせだわ。
「このサラディの花、今が満開ですね」
私が花の美しさを口にするけれど、彼はなぜここに連れて来られたのか、勘づいているはず。
ならば、早速――
「レイちゃんの行動はサバサバしていて男っぽいけれど、この白い花だけは好きなんですよ」
「花……ですか?」
そう言って不思議そうに花に視線を向けるレーディアスさんだけど、本当にレイちゃんのこと、解っているのだろうか。そんな彼に少しだけ、ほんの少しだけ、助言をこぼそうと思う。
「あの、私の独り言なのですが――」
私はしゃがみ込み、サラディの花を数本、手折る。少しだけ部屋に飾りたいと思ったのだ。その体勢のまま、レーディアスさんへ背を向ける。彼の表情は見えない。
「レイちゃんは恋愛ごとに鈍いの。自分のことになると、なおさら。けれど、一度火がつくと純粋に相手を想うの。それこそ裏切ることなんて考えないぐらい、相手に夢中になる」
私が花を手にして立ち上がると、ゆっくりと私の顔を見るレーディアスさんは何かを言いたげだ。いろいろ聞きたいのだろうが、それを彼のプライドが邪魔するのかしら。
けど、なりふり構わず手に入れようと思うぐらいじゃなければ、レイちゃんは任せられないと思っている。
「……それは、どういう意味でしょうか」
!!
きたーー!!
冷静さを装ってはいるけれど、気になるでしょう。食いついてきたレーディアスさん。瞳が真剣な輝きを放っているよ。そうこなくちゃ。
これはまるで、村の近くを流れる小川で、釣竿を垂らしていた時の気分に似ている。
今まさに、大物が喰らいついた瞬間。確かな手ごたえを感じる。
「レイちゃんは真っ直ぐなの。だから、その……今までのレーディアスさんのやり方じゃ、絶対伝わらないと思います」
「……」
「回りくどいやり方では、彼女は気づかない。性格も一本気だけど、好きになった相手には、愛情も真っ直ぐに注ぐの。昔、それを側で見ていたから、私には解ります」
「……」
次の台詞は言うべきか黙っているべきか迷ったけれど、彼の今後のためにも口にした。
「レイちゃん、昔、精一杯の愛情見せていた相手がいるの。――健太に」
健太のことは、私しか知らないレイちゃんの過去だ。
レイちゃんだけを見て、真っ直ぐな愛情を注ぐ彼と比較すれば、レーディアスさんの態度は真逆だ。若干、いやかなり回りくどい。
何事にも真正面からぶつかっていくレイちゃんに、恋の駆け引きは通用しない。
これじゃあ、レイちゃんの心にいつまでたっても響かないと思う。
これが最初で最後の私からのアドバイス。これを聞いて彼はどんな態度になるのかしら?
それとも恋に百戦錬磨のレーディアスさん。恋愛経験のない私の助言なんて、『へっ』って鼻であしらうかしら。その時は、もう知らないよ。
相手のためにどれだけプライドを捨てられるのか。それが恋というもの……
そう語っていたのは、ヘボン村の村長さんだったな。確か。
私なりに伝えたけれど、うまく伝わったのかしら。
相手の反応がないのが逆に怖い。恐る恐る顔を上げれば、レーディアスさんは、瞬きをすることも忘れ、口を少し開けていた。
「ケンタ……?」
「あ、でも、過去のことなので……それにもう、こっちにきて3年にもなるし」
最初は呆然としたのち、徐々に思いつめた表情に変わり、眉間に皺が深く刻まれていくのを見て、逆に私は焦った。
これはちょっと、いじめすぎてしまっただろうか。思っていた以上の衝撃を与えてしまったようで、少し罪悪感が胸を占めるが、思い返せばレーディアスさんには、私も色々と思うところがあるので、これぐらい大丈夫さ、きっと。
「じゃあ、もう行きますね」
そう告げると、そそくさとその場から立ち去った。
それにしても、あんな表情を見せるだなんて……レーディアスさんも私が思った以上に本気なんだ。
さあ、どうでるかな。今の時点では、健太のスタート地点にも立っていない気がするけれど、どう頑張るかしら?
これでもまだ、澄ました顔してレイちゃんを振り回すなら、レイちゃんを任せられないからね。
「メグ!」
険しい顔をして考えていると、いきなり声をかけられて、驚いて振り向いた先には、息せき切っているアーシュがいた。
「窓からお前の姿が見えたから、焦って来たんだが……なんでレーディアスと庭を歩いているんだ?」
「うん、ちょっとね」
今のは私の勝手な行動、いわばお節介だから、アーシュにわざわざ言うべきことでもないかな。それに教えたら、引っかきまわしそうな気もするし。
「もしかしてメグはレーディアスのことを好……」
喉をごくりと鳴らしたあとのアーシュの発言を聞いて、一瞬、キョトンとして目を瞬かせてしまった。
もしかしてアーシュは、たったそれだけで不安になって、ここまで走ってきたの?
レーディアスさんと歩いているのを見かけただけで?
か、可愛い人なのかもしれない……!
その考えにたどり着くと、思わず笑ってしまった。
「それはないかな」
思わず大笑いをすると、青空の下、声が響いた。鳥たちが驚いて、いっせいに飛び立った。
「レーディアスだって、メグの柔らかな手を握って庭を散歩したいとか、思っているかもしれないだろう!」
「はいはい。それはないと思うけどね」
レーディアスさんのその相手は、私じゃないでしょう。アーシュってば、こんなに周囲が見えなくなるものなの?
「つまりアーシュは私と庭を散歩したいの?」
「べっ、別に……!!」
そこで言葉にぐっと詰まるアーシュを見て、私から一つ提案をした。
「少しだけ庭を歩かない?」
それを聞いたアーシュは弾かれたような顔を見せたあと、赤い顔になって、そわそわと落ち着きがない。そしておずおずと手を差し出すか迷っている様子の彼に、苦笑する。
そこで私は迷いながらも、自分から手をスッと差し出した。
「行こう……か」
「おっ!おお」
アーシュは自分の手を、胸元で拭いた。そんなことしなくても、汚れているなんて思わないのに。
それが彼の優しさなのだと、最近では解ってきた。
この人、言葉遣いは乱暴なんだけど、根はすごく優しい人だと思う。
――やっぱり、そんなところがレイちゃんと似ている。
だけど握られた手はギュッと固く、結ばれた手は大きくて、男性の手だと感じた。
「……レイちゃん、大丈夫かしら」
「ん?なんか言ったか?」
赤い顔をしながらも聞き返してくるアーシュに、なんでもないと首を振った。やばい、私も顔が火照ってきたじゃない。
それからしばらく私達は、会話をしながら散歩を楽しんだ。もっともお互いの顔は赤く、会話には集中できなかったけれど、握られた手の温かさだけは鮮明に感じていた。




