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*レイ視点
噂の渦中の彼の出現に私は驚いたけれど、フンッとばかりに大袈裟に顔を背けた。今の私とあなたは敵同士。それに、先日の件を謝罪されるまで、口を利いてなんてやるもんですか。
私がレーディアスの視線を無視して立ち上がると、マルクスもそれに気づいたみたいだ。
「おっと、騎士団長様のご登場だ」
マルクスは、私の頭を撫でていた手を、サッと引っ込めた。
「行こう、マルクス」
そして私は練習用の剣を手に持ち、闘技場へと足を向けるべく立ち上がる。もう休憩は終わりだ。
そのままレーディアスの立つ入口とは別の方向から、休憩所を抜け出した。
それを見ていたマルクスが、慌てて私の後を追ってきた。
「ちょ、ちょっと、待て。いいのか?レイ」
「なにが?」
「騎士団長、お前に話があったんじゃないのか?」
「知らない。呼ばれてないし。私じゃないんじゃない?」
私はそっけなく答えるが、本当に呼ばれていないし、思い当たることなどない。
「だいたい、下級騎士のいるあの休憩所に来ることじたい、おかしいからな。それに、明らかに俺とお前が話しているのを見て、顔つきが変わったぞ」
「あっ、そう」
私は興味がないと言わんばかりの態度で、素っ気なく答える。
「そう、ってお前なぁ……。もしかして騎士団長ってお前に……いや、まさかな」
「なによ?」
意味深な台詞を吐いたマルクスに足をとめて向き合えば、彼は肩をすくめた。
「いや、騎士団長の趣味は、俺には理解できないってことさ」
「なんじゃ、そりゃ?」
「相当なじゃじゃ馬で、苦労するだろうな。……いや、すでにしているだろうな」
そしてそのまま、気の毒気に呟いたマルクスを連れて、稽古場へ向かった。
「いくよ、マルクス!」
「おー!負けた方が、夕飯おごりな」
それを合図に私とマルクスとで真剣勝負が始まる。
力じゃ男のマルクスには到底敵わない。だけど私には魔力がある。小細工を加えながらも、マルクス相手に剣を振るう。
魔力を込めて、剣をふるっている時が、余計なことを考えなくてすむ。汗を流すのも私は好きだ。
それに本当はちょっとだけ、ここまできたらワクワクしている私がいる。
だってレーディアスと手合せできるだなんて、滅多にない経験だ。それにこの短期間で、どこまで自分の力がついたのか、試してみたい気持ちもあるし。
レーディアスは、何にそんなに怒っているのか不明だけど、説明もせずに口づけする時点でアウトだ。ちゃんと理由を聞かねば、私は絶対納得しない。最悪、負けた場合でも、その理由だけは聞いておこう。でないと、今後はレーディアスとの付き合いを考えなくてはいけない。いきなり口づけされていたら、心を許してつきあうことすら難しいわ。
私はそう考えながらも、稽古に没頭した。
**
「えええっ!決闘!?レーディアスさんと!?」
「うん」
そして翌日、メグに報告すると予想通り、メグは騒いだ。
本当は事後報告にしようかと思っていたけれど、やめた。ばれたら怖いメグさんですから。それにまた泣かれたら困るし。
「ちょっと、レイちゃん、なんでそんなことになってるの!!」
「頑張るわ!!」
私は力強く拳を振り上げて、メグに誓った。
「って、そういう問題じゃないよ!!」
メグは呆れながらも心配そうな声を出し、怒っている。
「レーディアスさんも何を考えているのかしら!!もっとこう直球にいかないとダメなのに!回りくどい手や、雰囲気で察するなんて器用なことできないレイちゃんなのに、まったくもって、わかっていない!!下手に場数を踏んでいるからこそ、難しく考えすぎている。レイちゃんみたいに真っ直ぐで、単純思考の扱い方がわからないなんて!レイちゃんは駆け引きなんてできなくて、すぐに顔に出る、猪突猛進タイプなのに!!先が思いやられるわ」
「おーい、なにげに私への苦情になっていませんかー」
メグは私の代わりに怒っていると思ったが、私への不満へとスライドしている気がする。なんでだ。
「まあ、そんなことだから、あまり心配しないで」
「心配しない方が無理だよ!!」
だよねー。メグの言うことは、もっともだ。
「まあ、無理はしないからさ」
「なんでこうなっているのかしら……」
「うん、まあ、そこは双方の譲れない想いがあるんだよ」
主にファーストキスの恨みだけどね!だがしかし、言葉を濁して伝える。いくらなんでもこれを口にするのは恥ずかしいと思えた。私の表情を見たメグは、何かを感づいたらしく、しばらくすると大人しくなった。
「……ケガだけはしないでね、レイちゃん」
「うん、大丈夫。なんとか、レーディアスを倒せるよう頑張るよ」
メグが心配そうに私を見ているので、私も静かに見つめ返した。
「約束よ。絶対勝とうと思って、無理はしないでね」
「うん。ダメだと思ったら、一度は引くよ。仕切り直してまた後日、戦いを挑む!!」
「勝つまでやるつもりなの!?」
メグの呆れたような声を聞いて苦笑していると、
「聞いたぞ!!なんだか面白そうなことになっているな!!」
激しい足音と共に殿下が部屋に飛び込んできた。その表情は生き生きとして、輝いている。
私とメグが熱い友情を交わしている時に登場するなんて……
「……また面倒くさいのがきた」
「ん?なんか言ったか?」
殿下の怪訝そうな顔はこの際、無視するに限る。どうせ、殿下の耳にも入っているんでしょ。
案の定、全てを把握していたらしい殿下は感心したような声を出す。
「しっかし、あのレーディアスを振り回すなんてなぁ」
「振り回されているのはこっちだわ」
「しかし、俺はそんなレーディアスの方が好きだな。よっぽど余裕がないんだな」
ここ最近のレーディアスの行動が謎すぎて、こっちはため息もつきたくなるっていうの。
「まあ、応援しに行くからな」
「えー、来るのですか?」
「ああ、これ以上、面白い見せ場はないだろう?思う存分、ぶつかりあえ!」
面白そうにけしかける殿下の口を、今すぐ縫ってやりたい。やっぱりメグを任せようと思ったのは、考え直した方がいいかしら。
「……アーシュ」
その時、部屋の片隅からメグの低い声が聞こえる。
「私はレイちゃんを本気で心配しているのに、よくそんな事が言えるわね」
「わ、これは言葉のあやでな……」
「ひどい、アーシュは私の気持ちなんて、全然わかってない」
「いや、つまりだな……!」
しどろもどろになってきた殿下に向かって、私は心の中で舌を出した。
「では、私は行きますわ。メグまたね」
「……おい!まだ行くな!!ゆっくりしていけよ!!」
焦った声を出す殿下は、メグと目を合わせず、私に縋るような視線を向ける。
何だかんだで、メグも自己主張できるようになったみたいだ。殿下の隣にいるメグは自然体で、私はそれに安心した。
なので、殿下への説教はメグに任せよう。それが一番有効的だ。
「私は稽古がありますので、失礼します」
「おいっ!!待て!!」
殿下の焦った声を笑って無視して、そのまま部屋を後にした。




