39*
*レイ視点
「あの……どうかした?」
苦渋の表情を浮かべる彼に驚きながらも、私はおずおずと声をかける。すると突如、彼は肩を震わせ始めた。
「ああ!なんて面白いのか!!」
「え……!?ちょっと、どうしたの?」
動揺する私とは逆に、彼は天を見上げ、いきなり笑い出した。晴天の空に高らかに響き渡る声。
その反応に私は驚いて、一歩下がってしまった。
そ、そんなに面白かったかしら。あいにくだが、私には、どこがツボにはまったのか、ちっとも理解できない。笑うレーディアスに思わず引きつっていると、いきなり腕を掴まれた。
「本当に、最後の最後まで……振り回してくれる」
そして次の瞬間、物凄く強い力で、引き寄せられた。そして私の顔をのぞき込む彼の瞳は、苛立たしさが含まれていた。
「可愛さ余って憎さ100倍とは、このことだ」
「え?」
言われた言葉の意味がうまく飲み込めず、呆気にとられていた私の顎は強く掴まれた。
次の瞬間、唇に感じたのは柔らかな感触。
レーディアスの整った顔が至近距離で、私の視界に飛び込んできた。
爽快で、それでいて甘さを含む香りは、レーディアスが放つ香り。
熱い感触は彼の――
「……ッ!!」
口づけをされているのだと理解した瞬間、私は思わず両手でレーディアスの胸を力強く押した。一瞬で唇は離れたけれど、私は思わぬレーディアスの行動に混乱して、目を見開いていた。
「な、何を……」
「ああ、今のことなら、私は謝りません。あなたが私の仮の婚約者を名乗っていた対価です」
そ、そんなこと聞いていないわー!!
思わぬ口づけ、唇に触れた柔らかい感触は、間違いなくレーディアスの唇。思考がそれにたどり着くと、瞬時に顔が火照った。思わず指先で、自身の唇に触れた。レーディアスはそんな私の仕草を見て、鼻で笑った。
「もう私は用済みだと言わんばかりの態度、そして、あっさりと背中を見せて去って行こうとする姿。憎たらしくなったのですよ」
に、憎たらしい!?
私なりに誠意を見せたつもりでも、彼には物足りないというの!?
「そんなあなたに、決闘を申込みます、レイ」
「えっ、なんで!?」
突拍子もない申し出を受け、私は思わず声を張り上げた。
「あなたは以前、強い人を好むと言いましたね?」
「そ、それは……!!」
確かに美しい筋肉は好きだけど、それをレ―ディアスに言ったような言わないような……もう忘れたよ!!
「あなたも騎士団の立派な隊員だ。騎士団には昔から一つの習わしがあります」
「な、なんて!?」
「騎士団に入隊した者には、騎士同士の決闘が許されています。日頃気に喰わない上官に決闘を申込み、返り討ちにした例もあります。女関係で揉めた挙句、決闘により決着をつけた例も」
「だ、だから!?」
それが私とレ―ディアスの決闘に、何が関係あるの!?
「交換条件です」
「へ?」
首をひねり、思わず間抜けな声を出して、聞き返してしまう。
「婚約解消はしません。その代り、あなたが勝てば、私はあなたの望みを聞きましょう。婚約解消もよし、物をねだるでもよし。その代り、私が勝てば、あなたは私の望みを聞いて下さい」
「でも!!」
いきなりそんなことを言われたって!!
そもそも私の技術で勝てるのだろうか。相手は騎士団長様、様じゃないか!!いくら私が周囲の人達から反射神経、運動神経の良さを褒められていたとしても、所詮はその程度だ。
レーディアスの剣裁きはみたことがないけれど、伊達に騎士団長を名乗ってはいないだろう。
「もちろん、ハンデはあります。私は利き腕は使いません。そしてあなたは、魔力を使うのも許可します。全力でかかってきて下さい」
「それは……!」
「試したくはないですか?あなたのその力が、どこまで通用するのか」
私は言葉に詰まった。
レーディアスは、こう言えば、私のやる気が出るのを知っている。さらに――
「準備費用として1000ペニー払いましょう」
「のった!!」
あ、やばい。マネーと聞いたら、つい条件反射で口先が動いた。
それに、冷静になってくると、私の脳内はふつふつと怒りが沸いてきた。
それはレーディアスが先程私にした行為について、だ。いきなり口づけだなんて、いったい何をしてくれるんだ。
ファ、ファーストキスを返しやがれ~~~!!
その瞬間、私は力強くうなずいた。そして拳をギュッと力強く、握り締めた。
「決めた、私が勝ってレーディアスに先程の件を謝罪させる。そして、罰として私の拳でパンチを決めてやる。私がみごと勝利した暁には、私が騎士団を束ねてやるわ!!」
なんだか条件が多いけれど、これぐらい言ってもいいだろう。
そうだ、私ごときに負けるぐらいなら、レーディアスに騎士団だって任せてはいられないでしょうに!!
「いいでしょう、全て飲みますよ」
自分に不利な条件をあっさり了解するところが、格下に見られている証拠で腹がたつ。
腕を組み、薄ら寒いオーラを出すレーディアスだけど、そっちが怒るのは筋違いだろうに!この場合、唇を奪われた私にその権利があると思うのだけれど!!
まったく何よ、そのふてぶてしくも余裕な態度は。今までの優しさが、全部覆されたような気分だ。
「では、いつにしますか?」
「いつでもいいわよ!」
なんなら今すぐにでも、反撃したい気分。彼がこんなことをするなんて、思いもよらなかったわ!!
「そうですか、一ヵ月後にしましょう」
「解ったわ!」
私はその条件を受けてたつと、高らかに宣言をした。そして、
「それまでに首を洗って待っていろ、レーディアス!!私は唇洗って待ってるわ!!」
そう告げると不機嫌に彩られたレーディアスの頬が、ピクリと歪んだ。
「……楽しみにしていますよ」
そう言うとレーディアスは、ものすごい不機嫌なオーラを背中にしょって、私に背を向けた。
荒い足音を立てて、この場を去って行くレーディアスの後姿を、怒り心頭のまま見ていた。
**
「よう!お前!なにやらかしたんだよ!」
数日後、稽古の合間に休憩所で体を休めていた私に、快活な声がかかった。
私が騎士団の中で一番気が合う男、それがマルクスだった。ごつい見かけとは裏腹に、なかなか気のいい奴で、私のことを対等に扱ってくれるから、付き合うのは楽だった。
「聞かないで、マルクス。それよりも、皆が知っているほうが、私には驚きだわ」
そう、レーディアスとの決闘の件は、なぜかあっと言う間に広まっていた。
顔を会わせるたびに、いろんな人に声をかけられて、いい加減私だってうんざりくる。
私は休憩所の机に突っ伏した。
「今が旬な話題だぜ!それに賭けも始まってるぜ!!それが騎士団長とお前だと、皆が騎士団長に賭けてしまって、賭けにならん!!」
そのまま豪快に笑うマルクスの声を聞いた途端、私は顔をガバッと上げて叫んだ。
「ひどい!マルクス!友達だと思っていたのに!!」
「はは!じゃあ、俺はお前に賭けてやるか。しょうがねぇな」
「やるからには勝つッ!!」
「よっしゃ、その意気だ!せいぜい儲からせてくれよ、頼むぜ」
マルクスはそのごつい手で、私の背中を気合一発、ぶっ叩いた。ぐぇっと声を出せば、マルクスが「あ~悪ぃな」なんて言うけれど、本当に悪いと思ってないだろう、その表情は。
口から内臓が飛び出たら、どうしてくれるんだ。しかし――
「本当に、なんでこんな事になったのか……」
私は再度ぐったりと、机に突っ伏した。
「公開処刑だな。だが大丈夫、骨は拾ってやるぜ、レイ!!」
「何が大丈夫だぁぁぁぁ!祝いの宴の方を用意しておきなさいよね!!」
豪快に笑うマルクスは、私の頭をガシガシと撫でた。
「けどよ、ハンデも貰ったんだろう?じゃあ、練習、練習。策を練っておけよ!!」
「ここまできたら、頑張るしかないわ」
頭を撫でられながらも、顔を上げると、周囲がざわついた雰囲気になっていた。それと同時に、ふと視線を感じる。その先に顔を向けると、休憩所の入口には一人の人物が立っていた。
――レーディアスだ。
彼が腕を組んで仁王立ちをして、瞳を細めてこっちを見ていた。




