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扉を無理矢理しめたレイちゃんは眉根をしかめ、私に忠告した。
「メグ、あり得ないわ」
「レイちゃん……」
レイちゃんの表情は、これ以上ないぐらいに険しい。
「初対面の人間に世継ぎを産めとかって言う?ありえない、詐欺よ、これは。夢見がちな乙女を狙っての犯行かしら。それともこの世界では、これが普通なの?
いやいや、詐欺師なのはこの男なだけであって、常識人もいるはずだよね。この村の男性は優しいもの。でも、メグわかった?どんなに顔が良くても、笑顔が爽やかでも、変態かもしれないわ。だとしたら一番危険よ。わかる?綺麗なのは表面だけで、裏の顔は何を考えているか、凡人の私達には想像もつかないことを考えているのよ、きっと。趣味は深夜に裸で村探検とか、想像を絶する系かもしれないわ。だから理解しようなんて考えちゃダメ!!初対面で子供を産めなんて発言、ありえない」
「レイちゃん……」
そう言って彼女は、両腕をさすり始めた。きっと鳥肌がたっているのだろう。
私は扉向こう側で聞いているであろう男性の反応が怖い。
しばらくわんわんとレイちゃんが叫んでいたら、扉の向こう側が静かだと感じた。
それを伝えようと扉に視線を投げると、レイちゃんもそれに気づき、一瞬押し黙る。
「やけに静かだね」
「まさかレイちゃんの発言を聞いて、ショックで帰ったとか?」
「それならいいけど、なら何しに来たのよ。詐欺師が早々にあきらめたか?」
首を傾げるレイちゃんと私は、しばらく不思議な気持ちで扉の前に突っ立っていた。
そして足音が戻ってきたと感じると同時にトントントンと、扉が叩かれる音がした。
「やっぱり来たわね。このまま大人しく帰る訳がないと思ったわ」
レイちゃんと私が同時に息を飲む。それと同時に勇敢なレイちゃんがノブに手をかけて開け放ち、一気に叫んだ。
「変態も詐欺行為もお断り……!!って、あれ!?」
勢いよく開いた扉の先にいたのは、私達の恩人である村長が杖によりかかり、膝をがくがくといわせている姿でした。まるで産まれたての小鹿のよう。
レイちゃんの怒声に、驚いて腰を抜かしているに違いない。
「そ、村長~!!」
案の定、レイちゃんが慌てた声を出す。
「わ、わしゃ、ちょこっと話があって寄ったんじゃが……」
「大丈夫!?大きな声出してごめんなさい、村長!」
「わ、わしは……変態か……」
「もー違うってば!間違ったの、ごめんなさい!村長すねないで!!」
駆け寄って村長を抱き起すレイちゃんは、その後方にいた男性を睨んだ。
「このままでは、話すら聞いていただけないと思い、村長に話を通してもらうことにしました」
何事にも動じない様子で説明をする男性の態度は、私達が村長に恩があると知ってて、この態度なんだ。これじゃあ、追い返す訳にはいくまい。この男性はともかく、村長を無下には出来ない。レイちゃんは二人を、しぶしぶ家の中に招き入れた。
……だってもとはと言えば、村長の持ち家だしね。
「レイちゃん、私はお茶淹れるね」
「うん、お願い」
レイちゃんはこの男性にお茶を出すのは渋った様子だったけど、村長がいるならそうはいくまい。
お湯を沸かそうと思って火打石を缶から取り出す前に、レイちゃんが無言で釜戸に視線を投げた。その瞬間、火がついた。
それを見ていた男性の顔が、驚いたように一瞬見開かれた。
「いつもここで、メグからご馳走になるお茶がうまくてのう」
「ありがとうございます」
私は村長からお手製のお茶を褒められて嬉しくなり、いそいそと用意を始める。
畑で収穫して乾燥させて瓶につめておいたハーブを取り出した。
「で、お話とはなんですか?」
レイちゃんは尖った姿勢を崩さない。あんなことを言われたあとは、誰だって警戒して当たり前だろう。どこか緊迫とした空気が流れる中、村長が先に口を開いた。
「お前さん達が、この世界に来てもう何年になるかの?」
「三年ですが……」
村長が懐かしむかのような声を出す。村長は、レイちゃんのピリピリした態度にも気づかない。ある意味幸せな人だ。
「もう三年か……。それがの、異世界からの迷い人を保護したら、王都に報告する義務があったんじゃと」
「は!?」
「それがまあ、こんな村にそんな前例がなくての、わしもうっかりしておったわい」
カッカッカと笑う村長だけど、そんな義務は初耳だ。それにいまさら言われても困るし、私とレイちゃんの間に困惑した空気が流れる。
そしてこの部屋に入って初めて、レ―ディアスと名乗った男性が口を開いた。
「最悪の場合、この村長は、異世界人の報告義務を怠った件で、罰せられるかもしれません」
「ちょっと待ってよ!!村長はなにも悪くないわよ!!」
レイちゃんが声を荒げると、すかさず村長がフォローに回った。
「まあ、そう心配するな。わしゃ、見てのとおり、この老いぼれ。先行き短いが、更に短くなっただけじゃ」
わ、笑えないから、村長!!青ざめる私の表情を見て、男性はにっこりとほほ笑んだ。
「――では、私の話を聞いていただけますか?」
そこで、まるで交換条件だとばかりに、彼は切り出した。
「改めて、自己紹介から仕切りなおさせて頂きます。私は王都で騎士団長を務めております、レ―ディアス・ファランです」
柔らかな物腰で挨拶をしてくれたレ―ディアスさんを見た女性は、誰もが一度はドキッとするだろう。
新緑色の涼しげな瞳に、さらさらした金の髪。口元にあるホクロが、なんだろう、異様な色気を発していると思う。否応なしの美麗なお方だ。この部屋にいることじたい、違和感を感じる。黙っていても絵になる人だ。それに騎士団長だなんて、強いんだろうな。
彼に話しかけられた女性なら誰もが、きっとポッと頬を染めて恥ずかしそうにうつむくのだろうな。なんだかすごく想像がつくわ。
その時、目の前に座っていたレイちゃんが、口を開いた。
「……私はレイ」
おおっと!!
こんな滅多にお目にかかれない美形を前にしての、素っ気ないこの態度。女性なら誰もが見惚れると思ったけれど、早速例外がいたよ。
レイちゃんはレ―ディアスさんの美貌に頬を染めることもなく、もちろん媚びるわけでもない。あくまでもレイちゃんはレイちゃんらしい態度だった。




