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「それより、アーシュ……そしてレイちゃん。ちょっと私の側まで来てくれる?」
私はアーシュとレイちゃんの顔を、ゆっくりと交互に見つめた。
アーシュとレイちゃんは私に呼ばれたので、前まで歩を進めた。目前まで来たアーシュの瞳を見つめ、私は口端を上げて微笑むとそれにつられて、アーシュが頬を緩めた。私の視線よりずっと高い位置にある彼の瞳は、目的をやり遂げた達成感で輝いていた。
すごく整った顔つきだと思いながらも、私は深く息を吸い込んだ。そして次に、大きく口を開くと――
「このおバカ二人組!!!!」
自分でも思ったよりも大きな声が出てしまい、アーシュとレイちゃんの肩が揺れたのがわかった。
「脳みそ筋肉二人組!!」
それでも続く私の大声を聞いて、再度二人が身を震わせた。
「毎回毎回、後先考えずに突っ込むなー!」
私の叫び声は周囲に響き渡っているだろう。だが、今はそんなこと構っていられない。
「私のことを大事にしてくれるのは嬉しいけど、自分達の事も大事にして!!」
瞬きを繰り返す二人を前にして、私は感情を爆発させていた。
「レイちゃん!!」
「な、なに!?」
私は顔をレイちゃんへと向けると、レイちゃんが二歩ほど後ずさる。
「いつも言ってるけど、まずは私の話も聞きなさい!!思い立ったらすぐ行動するよりも、心配している人がいることも忘れないで!!」
「は……はいッ!!」
レイちゃんは姿勢を正すと、勢いよく返事をした。咄嗟に騎士団の敬礼のポーズを取ってしまったみたいで、礼儀正しい。
そして次に、そんな私達を見て呆気に取られている人物を、キッと見据える。
「アーシュ!」
「おっ、おお!」
急に名を呼ばれた彼は背筋を伸ばす。私より頭一つ分高い彼を見つめた。
「あなたもよ!!魔力が暴走したらどうするの!あなた自身はおろか、周囲を巻き込んで大惨事になるに決まっているでしょ!!少しは冷静になって!!」
私は一気に二人をまくしたてると、肩で息をする。やばい、ゼェゼェしてきた。ここ最近は、こんなに怒鳴った記憶がない。完全にキャパオーバーだ、限界点はとうに超えている。
これで私の想いが伝わったのだろうか。疲れている暇はない、確認しなければ。
顔を上げて目の前の二人に、視線を投げる。見れば二人して、罰が悪そうな顔をしている。
その表情を見ていると、あれ……?なぜか視界がぼやける。
「まったく二人して、私のことばかり優先した挙句にケガまで……」
私がアーシュの腕を見ると、サッと後ろ手に隠された。だけど私は、さっき腕から血が出ていたことに、気づいたのだ。今更隠されても、もう遅い。
「だ、大丈夫だ!こんなのケガのうちに入らない。だから、なっ!まず落ち着いて……なっ……?」
動揺して両手を振り上げるアーシュを見るけど、それのどこがかすり傷だというんだ。ラティナの魔力の塊を受け止めた時に出来た傷が痛々しく見え、血も流れていた。
「レイちゃんも、キズなんて作って……」
「あ、これ!?」
レイちゃんの口の端にも、少しだけど血が滲んでいる。私はそれを確認すると、涙が込み上げてきた。
「傷が残ったらどうするの!女の子なんだから!!」
「わわ!これこそ本当にかすり傷だから!舐めておけば治る!!殿下とは違って嘘つかない!」
そこで自分の名前が出てきたアーシュが、心外とばかりに口を挟む。
「お前、なんで俺が嘘つきになってるんだよ!」
「だって、どう見たって私より傷が深いじゃない!」
「俺だって寝れば治る!」
舐めておけば治るとか、寝れば治るとかって、二人してどれだけ野性児なの!!
そんなことより、自分をもっと大事にして欲しい。目の前で繰り広げられた戦いにハラハラするだけで、何も出来ずに守られている自分が、とにかく歯がゆかった。
「まあ、お前はどんな傷をつけても、レーディアスが嫁にもらってくれるはずだから、安心しろ!」
「なぜそこでレーディアスの名前が出てくるのよ!?」
そして、目の前で始まったいつもの光景だけど、私の思考が限界を訴えて、涙がこぼれ落ちた。
それにいち早く反応したのはレイちゃんの方が先だった。アーシュはギョッとした表情を見せ、うろたえている。
「あっ、メグ!泣くな、泣くな!ほら、殿下もなだめてよ!突っ立ってないで!」
「わ、わかった!俺が悪かったから!!なっ!?だからメグ泣くな!」
二人がかりで必死になだめにかかるけれど、困ったことに、涙が溢れて止まらないのだ。
こうも慰められると、逆に涙が止まらなくなる。完全に逆効果だ。
私は涙がポロポロこぼれ始めたみっともない顔を見られたくなくて、両手で顔を覆った。
そんな私に焦った声がかかる。
「メグ、メグごめんね?もうしないから、泣き止んで!!」
「……っ」
そんなこと急に言われたって無理だ。私は肩を震わせて涙する。
「うぉー!どうすればいいんだ!メグはどうすれば泣き止むんだ!!」
「もう!殿下の声が大きいから!メグがびっくりしているわよ!!」
「お、お前だって負けずにでかいだろう!!」
二人して、少し黙って泣かせてよ!!
最後にそう叫びたかったけれど、周囲はそうもさせてくれない。
しばらく流れる涙を自然に任せていたけれど、周囲の慌てっぷりが、そろそろ尋常でなくなってきた。
それに気づいた私は、ゆっくりと顔を上げた。
私の泣きはらした顔を見た瞬間、ギョッとした表情を見せた二人。
そしてそのまま二人並んで背筋を正すところがおかしくて、涙を流しながらも、つい笑ってしまった。
「やっぱり、アーシュもレイちゃんも、そっくりだ」
そう呟いた瞬間、
「冗談だろ!!」
「冗談でしょ!!」
二人で同時に叫ぶから、笑ってしまった。
それを見た二人があきらかに、ホッとしたような表情を浮かべた。
私が感情的になって二人を振り回したのって、これが初めてかもしれない。
それに気づいたら、急に脱力感が襲ってきた。
「はは……」
子供みたいに泣いて叫んで、感情をぶつけて。慣れないことをしたものだから、一気に力が抜けた。
「アーシュレイド殿下」
そんな時、声をかけてきたのは、レーディアスさんだった。静かに見守っていた彼は微笑を浮かべていた。
「何だよ、レーディアス。何が面白いんだよ」
その途端、アーシュがムッとしたような声を出す。
「これは失礼しました。殿下を怒れる人は滅多にいないので、つい見入ってしまいました」
それはもしかしなくても私のこと……だよね?途端に恥ずかしくなる。
「お前、性格悪いぞ」
照れを隠して強気な様子を見せるアーシュが、レーディアスさんに向き合うと、
「すみません。温厚なメグさんが感情的に怒る姿が珍しかったものですから。それにお二人が振り回されていらしたので、つい見守ってしまいました」
楽しそうに語るレーディアスさんに、アーシュが再度叫ぶ。
「お前、面白がるなよ」
「そうよ、レーディアス、趣味悪いわ!」
ついにはレイちゃんまで顔を赤くして叫ぶと、そこでレーディアスさんは怒っているレイちゃんに体ごと向けた。
「すみません。オロオロと動揺しているレイが――」
「なに?」
言いよどんだレーディアスさんは、口元へと手を持っていったあと、ふわりと微笑んだ。
「あまりにも可愛らしかったので、つい……」
レーディアスさんの笑顔を向けられたら、たいがいの女性は頬を染めるだろう。だが、相手はレイちゃんだ。
「は?」
眉根を寄せて、渋い顔をしている。理解不能とまでいわんばかりだ。
レイちゃんてば、またそんな顔をして!!せっかくの綺麗な顔が台無しだよ。まあ、そんな表情しても美人だけどさっ。
「レーディアスってば趣味悪ッ」
おまけにそんな悪態までついて……。だけど、レーディアスさんの方も、楽しげな笑みを絶やさないのだから、大概当たっているのかもしれない。打たれ強い……のかなぁ。しばらく頬を緩めていたレーディアスさんが、表情を引き締めたと同時に口を開く。
「一つ、あなたに聞きたい事があったのです、レイ」
そう問われたレイちゃんは、レーディアスさんに顔を向けた。




