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ロザリアさんはしばらくの沈黙のあと顔を上げると、口の端を噛みしめた。そして次にその美しい顔に、笑みを浮かべた。それはまるで、何かが吹っ切れたような、そんな清々しい笑みだった。
「アーシュレイド殿下。あなたにお話があります」
静かにうなずいたアーシュ。ロザリアさんは顔を真っ直ぐに、彼に向けた。心なしか瞳が潤んでいる。だがそれは、気のせいではないだろう。
「ずっと、あなたのことが好きでした」
「…………」
そう、その想いはラティナの告白を聞いた時から、この場にいる皆が知ってしまった。
ラティナは大好きなロザリアさんのため、候補者である私が邪魔だったのだ。全てはロザリアさんの笑顔が見たいがための行動。
「ラティナの行動は全て私を思ってのためだったのです。一国の王子に手を出して、ただで済むとは思っていません。いかなる罰も受けますので、どうか私に――!!」
「違います!!私が……私が勝手に……!!ロザリア様は悪くない!!」
お互いを庇いあう二人の前に、ずいっと歩み出たのはレイちゃんだった。
「ラティナ、これだけは言わせてもらうわ。だからって、メグを狙っていい訳じゃない!!あんたは本気でメグをどうにかしようとした。あんたがロザリアを大切に思うように、私だってメグを大切に思っている。自分が害そうとした相手にも、大切な誰かがいるということを、忘れるな!!」
容赦ない鋭い叱責に顔を歪めるラティナ。レイちゃんの厳しい言葉もまた、私を思っての行動だ。
そこでアーシュがラティナに向かい、静かに声を出す。
「俺も巨大な魔力が制御できずに、持て余していた。お前は今回、使うべき道を誤った。本来、こんなことに力を使ってはいけない。攻撃や威嚇をするよりも、大事な奴を守れるように、努力するべきなんだ。俺もお前も」
決意に満ちた声を出したあと、次にロザリアさんへ視線を向ける。
「ロザリア、俺は――」
「いいの。その先は言わないで欲しい。私はね、とっくに解っていたの。私のことを妹のような存在だと思っていたでしょ?無理だと解っていながらズルズル引きずっていたの。物わかりのいい、幼馴染のふりをしていたの。もっと早くに玉砕していたら、こんな風には、ならなかったのかもしれないわ」
「ロザリア……」
そこでロザリアさんは、地面に膝をついた。ラティナを抱きかかえ、まるで庇うかのように身を引き寄せた。
「だからどうか、ラティナのことは……許してとは言える立場じゃないと解っています。彼女が受ける罰の半分は、私が受けるわ。だから……お願いします」
罪を半分被ると言うロザリアさんは気丈に振る舞っている。それはまるで大事な妹を守る姉のような表情をしていた。
――どこか似ている。
そう、私とレイちゃんの関係に。
こんな表情を見てしまった私はいてもたってもいられず、緊迫した空気の中、咄嗟に口を開いてしまった。
「あ、あの……」
それまで黙っていた私の声が聞こえたものだから、一同皆が驚いたような表情を私に向けた。
みなの注目が私に集まっていると肌で感じながら、はっきりと口にした。
「ま、丸く収めるってのはどうでしょうか……?私は無事でしたし」
「メグ!?」
レイちゃんが異を唱えるけれど、私の耳は聞こえない。正確には聞こえない振りだ。
「ええと、ですね。相手を思いやるあまり、勝手な行動に走ってしまうのは、ありがちな行為だと思うのですよ。ただ、今回はやり過ぎでしたけれど」
いたずらでは済まされないレベルだと、私もそう思う。だけど――
「今回の件でラティナとロザリアさんに重い処罰を与えてしまっては、私が一生後悔すると思うのです。それは嫌です。だから勝手な言い分に聞こえるかもしれませんが、私の罪悪感の無い生活のためにも、お願いです」
「メグ……」
沈んだ声を出すレイちゃんだけど、私が決めたことだ。いくらレイちゃんでも、これは譲れない。
「ごめんなさい……ごめんなさい……メグ様、ロザリア様。怖い思いをすれば……城からいなくなってくれるかな、って思って……」
ひっくひくと音をたてて泣き出すラティアは、ことの重大さを解っていなかったのだ。彼女の中にあったのは、大好きなロザリアさんの想いを叶えてやりたい。ただ、それだけが重要で、その他のことは目に入っていなかったのだ。その気持ちは間違ってはいないけれど、やり方は違うよと、言ってやらなければならない。
それをこれから教えていくのが、周囲の人間の役目だと思う。
その時、一歩前に踏み出したのはアーシュだった。彼は自分の耳に手を当てて、何かを外す。そしてそれをラティナへと差し出した。
「受け取れ」
そう言って戸惑っているラティナの手を開き、半ば強引に何かを手渡した。
「一流の魔術師が作った、魔力制御のイヤーカフだ」
それは銀色に光り輝く、いつもアーシュが身に着けているものだった。
驚いて手の中のイヤーカフを見つめるラティナに向かって、アーシュは口を開いた。
「五年間、これをお前に貸してやる」
「え……」
「それである程度は、お前の魔力を制御できるだろう」
「……え……あ…これ……」
「俺はこの魔力制御の装飾品を、一つずつ外していかなければならない。自分で制御できるようにならないといけないんだ」
アーシュの耳には残された装飾品がいくつか光っていた。そしてその言葉は、自分自身へと言い聞かせているようだった。
「俺はこの力を制御できるようになると誓う。だからお前も道を誤るなよ。そして今後は、絶対誰も傷つけないと誓え」
最初は戸惑っている様子を見せたラティナは、その意味を理解すると力強くうなずいた。
「五年をめどに、魔力を制御できるようになり、その時に返してくれ。そしてそこから、王宮魔術団に所属し、その力を国のために使え」
「……は、はい」
それが、アーシュがラティナに下した決断だったのだろう。ラティナは受け取った装飾品をじっと見つめたあと、握り締めた。その決意が浮かんだ表情を見た私は全身から力が抜けて、ホッとした。
「そう。それはいいことだわ。せっかく恵まれた魔力ですもの!!」
つい軽口を叩き、私は笑う。そう、強すぎる魔力、その力を持て余し、向き合おうとしなかったアーシュも、ここにきて心境の変化があったのだ。
「そうね……手始めに、火打石をたくさん作らないとね」
私が冗談交じりにそう言うと、アーシュも口端を上げて微笑する。
「ロザリア……お前にはあとで、通達がいくだろう」
静かな声で語り掛けるアーシュの声を聞いた彼女は、そっと頭を下げた。ロザリアさんへの処分はどうなるの?丸く収めてくれるんだよね…?私はそう切り出したかったけれど、口出しできる雰囲気でもない。
そうこうしているとロザリアさんは、まだ涙の乾かないラティナを支えると、静かに、そして深く頭を下げた。振り返ることなく去って行くその後ろ姿を、私達は見送った。
「まずはこれにて解決、かな」
ポツリと呟いたレイちゃんの口調は、どこか安心めいていた。だがしかし――
一番肝心なことが一つ、残っている。
私は唇をぎゅっと噛み締めたあと、顔を上げた。




