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嫌な予感と共にしゃがみこみ、目を閉じてしばらくするけれど――
あれ?痛くない……?
私は恐る恐る瞼を開ける。しゃがみこむ私の前にはレーディアスさんが盾になって、羽織っているマントで私を覆っている。
さらにその前に、立ちはだかる人物が目に入る。
「ア……アーシュ……」
アーシュの手には、ラティナが私に投げてきたものだと思われる、魔力の塊があった。
それを手で掴んでいるのだから、常人の技じゃない。
ひとまず助かったと息を吐き出したと同時に、驚きと混乱で腰が抜けた。そのまま立ち上がれない。
「……お前を疲れさせてから捕えようと計画していたが、その考えが甘かったようだな」
その時、アーシュの声を聞く。それは、地を這うほど低く、そして暗い。聞く者を怯えさせる声。
やばい、やばい。
心臓がどくどくと鳴り響き、嫌な予感が脳内を駆け巡る。
私はこんな声を出す人物を、アーシュの他にもう一人知っている。こんな声を出す時は、怒っているということで、間違いない。
そして次に最悪の展開の予想がついた。思わず、ごくりと唾を飲みこんだ。
「――自分が何をしたのか、解っているのか」
空気が震える。ビリビリと何かが空間を走り、魔力に疎い私でもわかる。
魔力が彼の体から、大放出されている最中なのだ。それは空気を伝わって感じる。
同じく強い魔力持ちのレイちゃんですら、その力にあてられて表情が強張り、動けない。
その放出元はもちろん、私の前に壁のように立ちはだかる、このお方で――
「答えろぉぉぉ!!!!」
ぎぎぎぎぎぎゃあああああああああああ!!!!
アーシュがアーシュが!!今にも爆発寸前!!見ればほら、ラティナが投げた魔力の塊に、アーシュの魔力が混じり合い、塊が見る見る大きくなる。あっと言う間に、まるでボールほどの大きさになった塊は、まだまだ増長し続ける。
ラティナは恐怖に顔を歪め、首を振る。あの塊の狙いは自分だと理解しているのだ。
それが解って、恐怖で身が竦んでいるのだろう。その場に崩れ落ち、肩を震わせている。
周囲には、火の玉が流れ落ちる。これを放出しているのはラティナ?違う、アーシュだ。
完璧暴走前の、徐行運転中な気がするのですが、気のせいですか!?
だけどアレが、あの巨大な魔力の塊が、アーシュの手の上で抑えられなくなったら?
とっさに脳裏に浮かんだ言葉。それは――
『千年前に一度、怒りに身を任せた王族の一人によって、一つの街が火の海になるところだったのよ。その王族の血筋が色濃く受け継がれてしまっているのが、アーシュレイド殿下だわ』
そして人は彼のことを、
『破壊の王子』と呼ぶ――
ダ、ダメ―――――――――!!!
いやいや、だめだめ!抑えて、抑えて!!
暴走したらどうするの?私は冷や汗をかいた。怒りで周囲が見えなくなった彼を、今は止めることが先決だ。
「ダメ!!私なら大丈夫だから!!」
彼の腕を背後から、ガッシと掴む。アーシュは驚いた顔で、私の顔を見た。
「お願い!!」
その瞳を見つめ、力強く言い聞かせる。
「…………」
ほら、私だって側にいるよ。そんな巨大な力を放出させてしまったら、周囲は下手すれば死人が出る。
いくら私を狙っていたのがラティナだったとはいえ、相手はまだ子供だ。それに私を狙っていたのも、彼女なりの理由があるはずだ。それが知りたい。
例え、どんな理由であれ、幼いラティナを傷つけては、アーシュはあとから必ずや後悔するだろう。
だからまずは冷静になって!!
彼の腕を両腕できつく抱えれば、アーシュは目をギュッと瞑り、深く息を吐き出した。
呼吸はまだ荒いけれど、徐々に落ち着いてきたみたいだ。その証拠に手の中にあった塊が、勢いを失くした。
「……ああ、すまない」
額に汗を浮かべながらも、思いとどまった様子の彼は、我にかえったみたいだ。暴走寸前だった自分を恥じているかのように、力なく返事をするけれど、私にはそれだけで十分だった。
なんとかこの場を破壊することなく、落ち着いてくれたのだから。
そんな時、周囲に響いた声があった。
「ラティナ!!」
その声の主を見やると、そこにいたのはロザリアさんだった。
顔が青ざめて、手は小刻みに震えている。そしてラティナはというと、ロザリアさんの存在に気付いたあと、一瞬だけ顔をくしゃりと歪めた。
「ラティナ……なにを……何をしているの!?」
「ロザリア様……!!この者がいなくなれば……そうすればロザリア様は……!」
ゆっくりと私に視線を投げたあと、ロザリアさんに視線を戻したラティナ。
その動作だけで、ロザリアさんは全てを理解したように見えた。悲しげに首を振ったあと、
「おやめなさい!!」
いきなりロザリアさんが大声を発した。それも彼女の細い体から出たとは信じられないような、厳しい声だった。
「そのような……そのようなことは、私は決して望んではいません!!」
険しい顔つきで言い放ったあと、ラティナの体から緊張が緩んだ。その隙をついて、レイちゃんがラティナをなぎ倒した。ラティナは抵抗をしなかった。そこでレイちゃんがロザリアさんに向かって口を開いた。
「この子の魔力、私と同じ匂いがする。この力の大きさはなに?」
そこで観念したかのように、ロザリアさんはポツリと口を開いた。
「ラティナは赤子の時に、私の屋敷の前に捨てられていました。幼かった私が見つけて家で引き取ったのですが、まるで妹が出来たように嬉しかったのです。だけど成長するにつれ、徐々に魔力の大きさに気付きました。その魔力の大きさゆえに、きっと両親に捨てられたのでしょう。危険だと思われて……」
苦痛そうに顔をゆがめながらも、気丈に口を開くロザリアさんの声が周囲に響く。
「この子の魔力は計り知れない。だけど、情が入ってしまって、妹同然だと思っていたラティナを今更見捨てることなど出来る訳がありません。そこで私は数年前に、知り合いの魔術師に相談したのです。『ラティナの魔力を封じて欲しい』と。その頼みを聞いた魔術師は、ラティナの魔力を封印しました。そして首の後ろに封印の印を刻んだのです」
レイちゃんは息を一つ吐き出すと、顎をしゃくった。
「なるほどね、成長と共に、封じ込めておくことが困難になっていたんだろうね。その魔術師よりラティナの力が強いんだ。ここにきて、封印が溶けたんだろうね。――ほら、首の後ろから魔力が漏れ出している」
ロザリアさんがラティナの首を確認すれば、ハッと顔色を変えた。どうやらレイちゃんの言ったことは、図星だったみたいだ。
「ラティナ……」
「ごめんなさい……ロザリア様……使ってはダメだって言われていたのだけど……」
ラティナは大粒の涙で濡れる瞳を真っ直ぐに、ロザリアさんに向けた。
「だって、婚約者候補に選ばれてから、ロザリア様は本当に嬉しそうに、いつも笑っていた。だけどこの城に来てからは、徐々に元気がなくなった。少しでも元気になって貰えるように、お花を摘んで部屋に飾ってみたりしたけれど、ダメだった」
「ラティナ……」
「ロザリア様は、どうすれば笑ってくれる?どうすれば元気になれるの?って、ずっと考えていた。だからロザリア様以外の候補者がいなくなればいいって……。少し脅かして、いなくなってくれたらいいなって……」
ひっくひくと嗚咽を出しながらも胸の内を吐き出したラティナ。その瞳は大粒の涙が止まることを知らずに、とめどなく流れ落ちる。
「ロザリア様に元気に笑っていて欲しかったの……」
それを聞いたロザリアさんは悲痛な表情を見せたあと、うつむいた。




