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そして感じるのは異変。
首元が、正確に言えばアーシュから贈られた水晶のネックレスが熱い。熱くてたまらないのだ。まるで心臓の鼓動かのように、私の首元からジンジンと衝撃が伝わってくる。それはまるで、火傷しそうなほど、熱を放っている。
「熱いっ……!!」
耐えられそうになくて、首元を抑えてしゃがみ込んだ私が叫んだと同時に、水晶が音を出して弾け飛んだ。
その瞬間、周囲には竜巻と思われるほどの、砂塵に砂埃。石のかけらが周囲にキラキラと粉になり、輝きながら舞い落ちる。
その時、もうもうと立ち込める白い煙の中から飛び出し、姿を現した人物がいた。
混乱している私を前に、ホッ安堵したような声を出した人物は、しゃがみ込む私の前で瞬時に片膝をつき、安心したかのように顔を歪めた。
「良かった、間に合ったな」
その声からも安堵が感じ取れた。
「アーシュ、どうして……」
ここにいるの?
「約束しただろうが」
それだけを言うと、動揺している私の腕を掴み上げ、その場から立たせた。
「お前も守るって」
掴まれた腕と視線からも感じる熱に、私は胸の奥が熱くなった。
「メグーー!!」
「レイちゃん!!」
名を呼ばれて振り返れば、そこにいたのは剣を携えたレイちゃんの姿が。その隣にはレーディアスさんの姿までがあった。
どこから来たの!?
いきなり現れた人物達に動揺するのは私だけじゃなかった。ラティナも表情を強張らせ、唇を噛みしめていた。
「メグ、ケガはない!?」
「レイちゃんこそ、どうしてここに!?」
「ああ。それはこれよ」
そう言ってレイちゃんは胸元からネックレスを取り出した。それは私がアーシュからもらったネックレスと同じ石で出来ていた。だけど私のネックレスの方が若干、石が大きかった気がする。
「共鳴石よ。主とする持ち主に危険が及べば、その場まで転移させてくれるという、優れた石よ。並大抵の魔力の持ち主でなきゃ、作れないわ。それこそ私でも作れるのか、解らない。それを作ったのは他ならぬ殿下よ」
「えっ……!!」
貰ったネックレスにそんな重大な意味があったなんて。言葉を失うほど私は驚いた。
「それをメグの分を軸にして、私と殿下が持っていたのよ。あと、レーディアスね。メグに何かあればすぐに駆けつけるためよ。それに相手を油断させるためにも、私とメグは離れたのよ」
「えっ……」
私はてっきりレイちゃんが新しい世界に飛び立つと決めたのかと、さみしくなっていたところだ。だけど違ったんだ。そう思ったら、胸にじわじわと喜びの感情が浮かぶ。
「やるじゃない、殿下。しかも私より先に駆けつけるなんて。……くっそー!!」
そう言うとレイちゃんは、静かに前を見据えた。
「レ―ディアス!メグを傷つけないで!よろしくね」
「しかし!!メグさんのこともそうですが、あなたご自身の注意も!」!
レーディアスさんの焦った声を、初めて聞いた気がする。だけどレイちゃんはふっと笑顔を見せると、前を見据えた。そのまま私に背を見せると、ラティナの前へと立ちはだかった。まさかの前線……!!
「レイちゃ……!!」
「メグさん、あなたは下がって下さい」
思わず手を伸ばしかけるが、レーディアスさんによって行く手を阻まれた。
「あの二人は、あなたを守ろうと必死です。その気持ちを無駄にすることはできません」
ラティナの髪は逆立ち、目を吊り上げている。身にまとう空気も冷え冷えと、まるで別人みたいだ。彼女がそこまで変わる理由は何?
ラティナに向かいあったアーシュは、口を開いた。
「レイから聞いて、まさかと思っていたけどな。お前の目的はなんだ?俺の命か?だったらメグを狙わず正々堂々と俺に来いよ!ここは結界を張った。例え子供といえど、害をなすなら、とことん相手になるぞ」
「……ッ」
アーシュは視線をラティナに向けたまま、私の前で構えているレーディアスさんに声を投げた。
「レ―ディアス!!お前はメグを守れ」
「はっ!」
レ―ディアスさんは私を背に庇ったまま、鋭い返事をする。アーシュはその声の様子からいって、真っ向から対立する気が満々だと感じ取れる。
その横で――
「腕がなるわね!うずうずしてきたわ!!」
「レ、レイちゃん!!」
それは違う!どこか違うから!この戦いは遊びじゃないの!相手は真剣勝負だよ、下手すればケガだけじゃすまないの!!
「イッツア、ショーターイム!!」
どこか生き生きとしたレイちゃんが、そこにいた。慌てて前に立つアーシュを見る。出来れば止めて欲しいとさえ思って、どこか期待した私だったけれど、彼の瞳も輝いている。彼もやる気だ。
がっくり肩を落とした私の様子を見て、レーディアスさんだけはその意図を汲んでくれた。だが、静かに首を横に振るだけだった。つまりは――あきらめろ。誰にも彼等を止められない。そういうことだ。
勢いよく向かって行って、ケガだけはしないで欲しい。ただそれだけが気がかりだ。
私はこの期に及んでまだ、話し合いで解決できないものかと、考えあぐねていた。
甘いと思われるかもしれないが、私は平和主義。力づくは無理だし、言い方を変えればヘタレだった。
だがそんな私の思惑とは別に、周囲はやる気に満ち、一瞬即発の空気が流れている。
「邪魔者が増えた……!!」
ラティナは憎々しげにレイちゃんを睨んだ。対するレイちゃんは鼻で嘲笑う。
「それにしても、あんた、やっと本性出してきたわね。おかしいと思ってたんだよね。だって、あんたずっとメグを睨んでいたわよね。メグは気付いていなかったけれど。それにあんたからは魔力の匂いがする。それも私達が危険な目にあった時に感じた香りと同じ。うまく隠してきれてないところが甘い」
「…………」
レイちゃんは手にした剣をラティナに向け、言葉につまるラティナに尚も続けた。
「だから私は絶対裏があると思って見張っていたんだよね、あんたのこと!もっともメグは信用していたみたいだから、言わなかったけど、極力二人にしないように気を付けていた。まあ、私の天性の勘ってやつ?」
敵意丸出しのラティナに向かって、レイちゃんが吠えた。
「大人しい振りして微笑んで、何を企むわけ?まどろっこしいんだよね、裏でこそこそと!直球勝負で来なさいよ!!」
「うるさい!口出ししないで!!」
ラティナが髪を振り乱しながら叫ぶけれど、レイちゃんだって負けてはいない。
「ここまで巻き込まれた私達は、もう部外者じゃないわよ!!こっちを巻き込むなって言いたいわ!!」
「口の減らない……!!」
「それはお互い様だと思うわ。それに、あんたがこんなことをして、黒幕はロザリアってことで間違いないわよね」
「違う――!!」
その瞬間、爆発音と共に火が上がる。周囲が火の海になると思った瞬間、あっと言う間に白いベールのようなものが私達を覆った。これが、アーシュの張った結界の威力だと、瞬時に悟った。
しかしそれに構わずに、先に動いたのはラティナの方だった。手から巨大な火の塊を発して、レイちゃんに投げつけてきた。反射神経の良いレイちゃんが両手でガードするけれど、ダメだ!間に合わない!!
「レイちゃん!!!!」
「レイ!!!!」
私は声を振り絞って名を叫ぶ。それが、レーディアスさんの声と同時に周囲に響く。
「…………っ!!」
不意を突かれたレイちゃんが悔しそうに舌打ちをする。
なんとかレイちゃんの目前、寸でで弾けて散った魔力の塊は、レイちゃんにも傷を負わせた。幸い軽傷で、唇の端が少し切れたらしい。彼女はそのまま、腕で唇を拭った。
「油断するなよ、レイ!!」
「解ってるわよ!!」
アーシュにそう言われるとレイちゃんが悔しげに顔を歪めた。彼女の負けず嫌いが発動した瞬間だった。
そして間髪入れずにラティナが、手をかざすと、火の柱があがる。それを身軽にかわしたのはアーシュだった。
「おっと!危ない」
「殿下こそ、遊んでないで。相手は子供といえど、真剣よ!!」
ラティナにこんなに隠された魔力があったなんて――。
だが、アーシュとレイちゃんの二人がかりでは、圧倒的に力の差がある。ラティナが次々と放つ魔力の塊、それを剣でなぎ払うレイちゃんに、アーシュは手で受け止め、軽く握りつぶす。
「……っ!」
ラティナの魔力の底が尽きたのだろう、徐々に投げつける魔力の塊が小さくなっていく。
「――これで終わりか?観念するんだな」
アーシュがそう言って、距離をつめていく。行き場を失ったラティナは唇を噛みしめて、うつむいた。そして次の瞬間、私をきつく睨みつけた。
「あなたさえ……!!」
その直後、ラティナの手が輝き出し、魔力の塊が私に向かってくる。
あ、嫌――!!
あの二人が簡単にかわせる魔力の塊でも、凡人の私からしたら、ただじゃすまない。
下手したら、死――
両手で頭を庇い、とっさに目をギュッと瞑る。
痛いのは……怖い!!!!




