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【書籍化】破壊の王子と平凡な私  作者: 夏目みや


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「うん、応援しているから。頑張って」


なんにせよ、やる気が出るのはいいことだ。やっぱり彼はレイちゃんと似ている。レイちゃんとアーシュの共通点は『褒めて伸びる』タイプ。

笑って応援していると、静かに私の顔を見つめたあと、なぜか急に手を引っ張られた。ぐいと前のめりになり、バランスを崩しそうになったところで、体を支えられた。


「お前、本当に小さいのな」

「え?」

「腕だって細くて、折れそうだし」


そんなことはないと思うけれど。畑仕事をしていたし、なかなか腕は太いよ。

身長は低いと言われれば、そうかもしれないけど、そこは女だから彼からみて低いのは仕方ない。


「あ、そうだ。大事なことを忘れてた。これをお前にやろうと思って、ここまで来たんだ」


そう言ってスッと差し出されたのは、小さな石にチェーンがついていた。透き通る石は水晶のように見えるけど、光をあてると角度によっては七色に光る不思議な石。それがネックレスに加工されている。


「わあ、可愛い」


思わず本音が口から出れば、アーシュは満更でもなさそうに、鼻をかいた。


「俺の魔力が込められている。最近は見張りとかついて、窮屈な想いをさせていた。だが、これを着けている間なら、多少護衛と離れていても大丈夫だ」


そうなのだ。私がどこへ行くのも護衛付きで、正直窮屈に感じていた。身を守ってくれているし、彼等も仕事なのだけど、見張られているみたいで息苦しい。変なことは出来ないと、勝手に身構えてしまい、どこか緊張した毎日を送っていた。


「護衛が側にいると、自由がないのは俺がよく知っている。護衛は外すけど、この石だけは絶対に外すなよ。それが条件だ」

「わ、わかった」


そう言って両肩を掴まれた。その真剣な様子を見て、私は早速ネックレスを身に着けた。


「俺、お前のこと、守れるぐらいやるから。見てろよ」

「あ、うん」

「星降る丘の約束も、果たすから」


星降る丘とは、流れ星を見る場所。そういえば、連れて行ってくれるとか、前にも言っていたな。


「ええ、喜んで」


そう答えた瞬間、アーシュがパッと頬を染めて、嬉々とした表情を見せた。


「そ、そうか!じゃあ、俺はもう行くな!!」


そうして背中を見せて去っていく姿を静かに見守っていた私に、声がかかった。


「メグさん」


声がかけられた方向を見れば、そこにいたのはロザリアさん。いつからいたのだろう。話に夢中で全然気づかなかった。私は焦って視線をさまよわせるけれど、彼女は静かにその場にたたずみ、柔らかな笑みを浮かべていた。


「ごめんなさい。立ち聞きするつもりはなかったのだけど、ラティナを探していたら、声が聞こえてしまって。私ったら、はしたないわね」

「いえ、大丈夫です」


周囲に聞こえるほど大声で話していた私達にだって問題があるし。


「アーシュレイド殿下は…… いえ、アーシュは不器用に見えて、本当はとても優しいの。時折力が暴走してしまうけれど、最近では訓練に集中していると聞くわ」

「ロザリアさん……」

「私とアーシュは幼馴染なの。だから、彼のいいところはたくさんあるって、私は知っているわ」

「え……」


そこで私は気付いてしまう。ロザリアさんがアーシュの背中を見る眼差しが、熱を帯びていることに。

真っ直ぐに注がれるその視線の意味に、私は気付いていしまう。もしかしてロザリアさんはアーシュのことを……

その瞬間、少し胸が重くなった。


「ロザリアさん……」

「はい?」


もしかして彼のことを好きなのですか?

そう感じたのなら、質問をぶつけてみればいいじゃない。

もし私の感じたことがあたっているのなら、婚約者の件はどう思っていますか?

そして、フィーリアが辞退した今、私とロザリアさんだけは残っている。それについて、どう思いますか。

私の頭の中で質問がぐるぐると回るけれど、私が口にしたのは――


「あの……ラティナなら、先程部屋に戻られましたよ。行き違いになられたのではないですか?」

「あら、そうかしら」


困ったように首を傾げた彼女は、次にふわりと柔らかな笑みを浮かべた。

そんな彼女の笑顔はとても美しい。

そして賢くも優しい慈悲に満ちた笑み。ラティナじゃなくても、彼女を好きになるわ――

そう感じると、胸に小さな棘が刺さったかのように、チクリと痛みが走った。


大丈夫、大丈夫。私はこれがひと段落したら、レイちゃんと村に帰るのだから!!

胸に感じた痛みは気にしないことにしようと心に決め、首を横にふった。


**


それから私は、どことなく気分が冴えない日々を送っていた。レイちゃんも私に会いに来てくれるけれど、忙しそうに部屋から出て行くので、ゆっくり話をする時間もなかった。

あーあー。話を聞いて欲しかったのになぁ……。


そんな時私が脳裏に浮かんだ場所、それはミランダさん専用の温室。


そうだ、こんな時は心癒されるハーブに囲まれに行こう。ミランダさんから自由に出入りしていいと許可を貰っていたので、日中に顔を出すことが多かった。


ミランダさんから頂いたハバルの苗を育てていたこともあるし、温室の中までは護衛もついてこない。王妃様の領域だと心しているらしく、外で待っていた。だけど護衛の彼等を待たせていると思うと、ゆっくりしているのは気がひけたので、いつもは水だけをやると、すぐに立ち去っていた。

だが今日は私一人だ。護衛に囲まれる生活から解放された。その代わり、首元で光るネックレスは、どんな効果があるのかしら?数日つけてみたけれど、これといって目に見える効果はない。

そう思いながら温室へと足を向けた。


そして鍵を開けて中に入る。様々なハーブが元気に並んでいる。

ミランダさんとはあれ以来、鉢合わせをしていないけれど、こまめに来ているのだろう。

丁寧に作業している様子が、端々でうかがえたからだ。


温室の通路を真っ直ぐに突き進むと、三段になっている大きな棚が設置されている。

そこには鉢植えがずらりと並び、どれも世話をしやすいように配慮された位置に置かれていた。

私は二段目の端に、頂いたハバルの苗を置いていた。

そこで私の鉢植えを見て、愕然とした。


「なに……これ」


私の鉢植えだけ、苗が抜かれ、その地面には割れた鉢が転がっていた。


「ひどい……」


いったい誰がこんなことを?私はすごく悲しくなった。


最近まで、こんなことになっていなかった。それに温室に鍵もかかっていたはずだ。

これは明らかに私の鉢植えだと知ってやったの?命までは取られないとしても、悪質な悪戯だ。


それに、ミランダさんが私に育てて欲しいって言って頂いた苗は、ようやくここまで大きくなって、強い香りを放つようになっていたのに。

近づくだけで、その周囲に漂う香りは爽快で、枝の一本を部屋に飾るだけで、芳香剤になるほど香りが強い。


私はとても悲しい気持ちになったけれど、こうしてはいられないとばかりに、しゃがみ込んだ。

ハバルの苗は枝が数ヶ所折れていたものの、たいした損傷はなく無事だった。土から抜かれてそのまま地面に投げられていた形だった。棚にはたくさん鉢が用意されていたので、その一つを借りることにした。ミランダさんには、あとから伝えよう。

土を拾い集めて元通りに植えるけども、私の心は晴れなかった。


そして温室を出て、部屋へ戻る途中、広い庭園を横切る。どこからか甘い花の香りがする。

白いサフラの花の上には小さな蝶たちが、甘い蜜を求めて舞っていた。

その満開のサフラの中のたもとに、人影が見えた。その人物はしゃがみ込み、花を摘んでいた。

片方の手には色とりどりの花々。

きっとまた、ロザリアさんのために摘んでいたのだろう。必死に花を集めるその光景に私は頬が緩んだ。

驚かせようと思いながら、こっそりと近づいた。


「ラティナ」


彼女がゆっくりと顔を上げる。

その時、私はラティナの長い髪に、葉っぱがついていることに気付く。それにうつむいていると長い髪が肩から滑り落ち、作業をするには邪魔に見えた。


「ラティナ、ちょっと動かないで」


私はそっと、ラティナに手を伸ばした。


「えっ!メグ様、なっ……」

「ラティナは髪が長いから、作業をする時、邪魔でしょう。作業の間だけでもまとめておいて――」


髪に急に触れられて、ラティナは驚いたようだ。

私はポケットにある紐で髪をまとめてあげようと思い、黒い髪を手でまとめあげると――


「あれ、これって……」


彼女の首の後ろ、ちょうど髪から隠れる部分に紋章のような印が刻まれていた。

私は瞬きをして、その印を見入ってしまった数秒間。その直後に、私の手は激しく振りはらわれた。


「ラティナ……?」


見れば立ち上がったラティアが、険しい顔つきで私を睨んでいた。


「見ないで!!」

「ラティナ、それは……」


そして手を振り払われた時、鼻に微かに感じたのはハバルの香り。

香りの強いそれは、触れただけでも手に香りがうつる。それを彼女が身にまとっているということは……


「ラティナ、もしかして……」


たどり着いた可能性に、私は声を上げる。彼女は私に鋭い眼差しを投げ続ける。


「私……ロザリア様が一番大事なの……」

「ラティナ?」


今までの様子と違うラティナを見つめながら、私は動くことが出来なくなった。


「だからね、嫌なの」


目の前の彼女は手をギュッと握り一度うつむいたあと、顔を上げ、再び鋭い視線を私に投げつけてくる。


「ロザリア様の幸せを邪魔する人は、許せない……!!早々に帰らないあなたが悪いの!せっかく、もう少しだったのに……!!」


その瞬間、空気を伝って感じる感覚に息を呑む。それはまるで衝撃波のようで、私はとっさに目を閉じた。

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