29*
レイ(3/3)
翌日、騎士団の練習に行くと、皆が剣を奮っている。私はレーディアスの部下だというニケルに引き渡された。男性にしては小柄で童顔だけど、信頼の出来る人らしい。
人懐っこい笑みを浮かべる彼にだけは、本当の事情を話すことにした。何かあってメグの所に駆けつける場合は、練習を抜け出すこともあるだろうしね。
だいぶ端折ってことの成り行きを説明すれば、驚愕で瞳は見開かれ、口を開けていた。
『は?レ―ディアス様の婚約者?しかも仮?そんなお方がなんで騎士団に!?そもそも、なんでそうなってんの?』
そう思っていることが読み取れる。感情が素直に顔に出るタイプなのだろう。
しかし賢い彼は、得に何を追及するでもなく、ただわかりましたと、一言だけうなずいた。
「ニケル、彼女に指導を頼む」
「はい、レーディアス様」
尊敬のまなざしを送るニケルさんは、レーディアスを崇拝しているのか、その姿が見えなくなるまで頭を下げた。
「よろしくお願いします、ニケルさん」
「こちらこそよろしくお願いします。レイ様。自分の事は、ニケルとお呼び下さい」
ニケルさんはそう言うけれど、騎士団では上官にあたるはず。下っ端の私が、彼をそう呼んでいいものではない。むしろ、ニケルさんの方こそ、私のことは呼び捨てで構わない。
そう告げると彼は幼げな顔の口端に、困ったような笑みを浮かべた。
それから、腕に青地の線の入った白いシャツが手渡された。下は動きやすいようにズボンだ。
これが下っ端騎士の練習着らしい。青地は入団したての証。階級があがれば色も変わるそうだ。
彼に言われるがまま、袖を通す。
「うん、ピッタリです。ニケルさん、ありがとう」
騎士団の皆が剣で戦う姿を見ていると、私も胸が躍る。私もあの輪の中に入って、体を動かしたい。そんな気持ちが湧きあがってくるのが止められなかった。そうして私の騎士団への入隊が決まったのだった。
**
「ハーー!!」
「なんの!!」
掛け声と共に、勢いよく飛びかかる私と、それを軽々となぎ払う男。どうしても力では男にはかなわない。だからこそ、小細工が必要なのだ。
私は一瞬だけ目を閉じて、剣先に集中する。
「目を閉じるなんざ、余裕だな!!待ったと言われても、聞かねぇからな!!」
「望むところ!!」
声がかかった瞬時に瞼を開き、剣を振りかざしてきた男の攻撃を避けたと同時に、剣を振るう。
同時に燃え盛る炎が剣先から吹き出し、相手を執拗に追いかけた。
けど、迫りくる炎を上手く避けているところが、さすがだと思う。
「わ、わ、わ!!ちょっと待った!!」
「待ったは聞かない!!」
私はにやりと笑うと、そのまま剣先に力を込め、相手に向かって繰り出した。
「ぐあっ!?」
そのまま剣先からより一層、激しい炎が噴き出し、男目がけて一直線……かと思いきや、男の目前で止まり、姿を消した。後に残ったのは、地面に尻もちをつき、たった今まで私のよき練習相手になっていた男だけだった。
「驚いた?でも熱くなかったでしょ?魔力が見せる幻だもの」
「熱いとか熱くないとかの問題じゃなくて、びびるって!!勘弁しろよな!!」
人は目で見たことを信じようとするから、これが幻だと頭では理解できても、体は正直だ。
視界に入った瞬間怖いと思い、怖気づくことが多い。
不服そうにわめいている男は、マルクス。私のよきライバルだ。何のって?そりゃ、騎士団の中でのさ。私の中の血が騒ぐといいますか、体を動かしたいと思い立ったら、周囲の状況も考えずに入団を決めちゃったわけだけど、短期間で気の合う仲間も出来た。
その結果、すごーく楽しい。毎日が充実している。私の選択は間違ってなかった!
……ただ一つのことは予想外だったけど。
「レイ。レーディアス様がお呼びです」
何時の間にやら側にきたニケルさんが私を呼ぶ。騎士団長の名前が出た途端、周囲がざわめきたつ。
「レイ、お前なにやったんだ?」
「べ、別になにもしてないよ。……多分」
いきなりの呼び出しに内心動揺する。だって屋敷では顔を会わせることは珍しくないことだけど、訓練所ではあまり顔を会わせない。相手は上官だから、私にばかり構ってはいられない。それは当たり前だ。だからこうやって名指しで呼ばれることがなかったので、驚いていた。
しかし、ふと最近ではレーディアスの顔を屋敷でも見ていなかったことを思いだした。
ただ忙しいだけだと思っていたけれど、もしや、メグになにか……
思い付いた可能性に、瞳を見開くと、マルクスが私の様子に気づいてせかす。
「ほら、早く行ったほうがいいぜ。呼ばれてるんだろ?」
「う、うん」
「稽古用の剣は、俺が片づけておいてやるからさ」
気の利くマルクスにお礼を言って、私は小走りでニケルさんの元へ近寄った。
**
「レーディアス様、レイさんをお連れしました」
「入れ」
扉の奥からは、聞きなれたレーディアスの声が聞こえ、私は入室をする。一緒に入ってきたニケルさんは一礼をすると、そのまま退室をしたので、部屋に二人っきりになる。
「それでメグは?メグは大丈夫なの?」
「メグさん……ですか?」
嫌な予感がして詰め寄った私に、レーディアスは机の上で両手を組んで私に向き合った。
「先程お会いした時には、お元気そうに紅茶を飲んでいましたが」
「よ、良かった」
私は安堵のため息をつく。
「なぜメグさんの心配を?」
「ああ、レーディアスが私を呼び出すなんて珍しいから、メグになにかあったかと心配になって」
「それは悪いことをしました」
そう伝えるとレーディアスは微笑した。整った顔に浮かべる微笑みは、思わず見とれてしまうほど美しい。男性なのに、その美しさ、羨ましいと思いながら、口を開いた。
「じゃあ、私は行くね。訓練の途中なんだ」
「……待って下さい」
途端にレーディアスが不機嫌な声を出したので、去ろうとしていた私は振り返る。
「…………」
「…………」
何だというのか、レーディアスは何も言い出さない。痺れをきらした私が切り出す。
「何か用?」
「あなたは……」
やっと口を開いた相手に、ん?とばかりに首を傾げる。
「私と久しぶりに会ったのに、毎日顔を見ているメグさんの心配をするばかりで、私には何もなしですか」
「……ああ」
「なぜ、そこで声のトーンが下がるのか、理解できません」
「別に下がってなんか……」
「仮にも婚約者というのなら、もっとこう嬉しそうにするのが普通だと思いますが」
レーディアスは、こうゆう面倒なところがたまにある。出会った頃には感じなかったけど、最近では頻繁に感じていた。この点だけは予想外だった。
「最近、忙しいの?」
「ええ。三日間留守にしていました。……気づいてなかったのかもしれませんが」
そ、それは初耳だわ。
言われてみれば、顔を合わせるのは久々だ。
「今、アーシュレイド殿下が珍しく、やる気になっています。ですから、この際にみっちりと魔力の制御を教え込もうと周囲が必死ですので、私の方も泊まりこみです」
「そっか……」
あの殿下がやる気をねぇ……。こりゃ、メグに本気だな。当の本人はぼやぼやしている天然だから、ちっとも気づいていないだろう。だけど私から、わざわざ言うつもりもない。
それに恋愛なんて、周囲の人間がどうこう言おうと、くっ付くときはくっ付くし、ダメな時はダメなもんだ。
確か、そう言っていた。……ヘボン村の村長が。
だけど私は、メグがもし殿下の想いを受け止めたら?
その時私は、どうするのだろう。寂しいけれど、そんな未来も視野に入れておかないとね。
ふと、心の中が寂しい気持ちになるも、すぐに振り払う。
「考えたんだけど、騎士団の寮ってあるんでしょ?」
「ありますけど、それがなにか?」
「私、そこに入ってもいいかも」
「……本気で言ってますか」
低い声を出すレーディアスだけど、その顔は笑っているように見えて目が笑っていないわ。
「だって、その方が訓練に行くにも、メグに会いに行くのも、今よりもっと近い。それに何より、レーディアスだって屋敷に女を連れて来れる!!」
「……………」
相手から返事をもらう代わりに、冷たく凍える視線を頂いた。
「じょ、冗談よ!!」
名案かと思って提案してみれば、これだよ。
だいたいレーディアスは、過去に女のご友人がたくさんいらっしゃったという噂は、この騎士団に入ってからも、よく耳にした。どこかの人妻に言い寄られて、勘違いした夫に決闘を申し込まれて返り討ちにしたとか、日替わりデートしていたとか、そりゃあもう、レーディアスの恋の武勇伝を嫌でも耳にした。信憑性は定かではないが。
もっとも私が仮の婚約者だということを知らないので、皆が面白半分、話のネタで教えてくれるのだと思う。
そんなすべての女性を切ったうえで、私の婚約者に名乗り出てくれたらしいけど、怪しいもんだ。
あれだけのモテ男伝説を聞かされると、いきなり清い生活を送れ、って強要する方が無理だと思うんだ。
むしろ、欲求不満で不機嫌の八つ当たりは困る。
それに、なんだかなぁ、たまに面倒なことをチクチク聞いてくる。
「じゃあ、レーディアス騎士団長、私は訓練が残っているので、戻ります」
「……二人の時は、レーディアスと呼ぶと約束したはずです」
「戻るわ、レーディアス。マルクスが待ってる」
「マルクス……。誰ですか、それは」
「自分の部下ぐらい覚えておきなさいよ。私のいい練習相手で、気のいい奴よ」
ほらほら、来たよ、面倒な返しが。若干面倒だと思いながらも話を聞くが、ここは早々に撤退するに限る。
「じゃあ、戻りますね」
「ああ、レイ」
背中を見せた私は、レーディアスに呼ばれて振り返る。
「今夜の食事は一緒に取りましょう」
「わかった、楽しみにしているわ」
明るく笑って告げると、
「またあなたは……。何の含みもなく伝えているのでしょうが、それに振り回されつつある自分が、とても情けなく思えてきます」
ため息をついたレーディアスを尻目に、私は仲間の待つ訓練所へと戻った。




