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「美味しかった、ご馳走様」


私の作った朝ご飯を、レイちゃんはあっと言う間にたいらげた。もう少しよく噛んで欲しいのだけど、早食いは治らないと言い張るので、もうあきらめている。

レイちゃんは朝からとても満足した様子で、顔を洗う。癖の強い髪をまとめてすっきりさせたら、頭まですっきりしたみたいだ。


「さーて。働きますか」


元気に外に行くと、適当に転がっている小石を拾い集めた。そして軽くパチンと指を鳴らすと、石が光り出す。


「レイちゃん、いつ見てもすごい」


私はその芸を前にして、呑気に手を叩いて声援を送った。

褒められてすっかり気分が良くなった様子のレイちゃんは火打石をいつもより多めに作ってくれて、アルミ缶の中にまとめた。これでしばらくは足りるだろう。


「じゃあ、あとは何をしよう?」

「そうね……」


私達は毎日、こうやって相談をする。

なにせ、私達には時間が腐るほどあるのだ。

テレビもなければ、ラジオすらない、スマホなんて夢のまた夢。そんな世界ですることといえば、一日中畑で土をいじるぐらいだ。あとは二人でおしゃべり。

ここから、隣家までの距離が結構あるのだが、時折二人で村長に顔を見せに行っていた。

なんせ恩人ですからね。


この家から少し先にいけば森があり、川が流れているし、そこでは魚だって釣れる。

何もしたくない日は、そこでボゲーッとしているもよし。釣れたら晩のおかずが一品増えるし。夜は夜で満点の星空の下、よく星を観察した。

流れ星が一晩で何回流れるか、二人で数えたっけ。流れるたびに隣でレイちゃんが『金・金・金』って早口で願い事を言うから、笑ってしまう。


そんな私達の日常が、あっという間に過ぎていって、もう三年になる。私達はそれなりに快適なスローライフを二人で楽しんでいた。


「私、ちょっと森に行ってくる。甘い実を探してくる」


森にはラズベリーなどに似た種類の甘い実が豊富になっていた。レイちゃんは甘い物も大好きなので、これを摘んでくるということは、パンを作って欲しいとのことだろう。


「じゃあ、私は畑にいるわ。気をつけてね」


私の一言で今日は別行動が決まった。そうと決まれば早速出発しようとする彼女を慌てて引き止めた。


「待って、忘れ物」


急いで机の引き出しから布の袋を取り出し、そこに早朝に摘んできたハーブを入れた。


「はい。虫よけ」

「ありがとう」


あとはハーブとアルコールで作った自家製の虫よけスプレーを、レイちゃんに振りかけた。

そう、たかが虫だとあなどっていると、痛い目に合う場合がある。虫にさされて肌が腫れ上がって熱を持つ場合がある。そんな風にならないためにも、こうやって袋にハーブを入れて持ち歩くと、それだけで虫があまり近よってこないと村の人から聞いた。決して進んだ文明ではないけれど、こんな生活の知恵で人々は暮らしているのだ。


彼女を見送り、私は一人で畑仕事にせいを出す。

ハーブの収穫や作物への水やり。動き回ってそろそろ額にじんわりと汗をかきはじめた頃、空を見上げた。


「鳥が騒いでいる」


思わず呟いてしまった。空に舞う鳥も、いつもはそんなに多くはないけれど、今日は集団で飛んで鳴き声までうるさいぐらいだ。一体、どうしたのだろう。


「ただの気のせいだといいのだけど」


どこか不安な予感がして、眉をひそめた。


「メグ―!」

「レイちゃん?」


そんな時、森に出かけたはずのレイちゃんが、戻ってきた。いつもより早い時間の帰宅に、私は驚いて声をかけた。


「ずいぶん早かったのね?なんかあった?」

「……なんか、うまく言えないけど、森の空気がどこか違う」

「え……?」

「口ではうまく説明できないけど、何かが起こりそうな前触れ」


そのままレイちゃんは口をつぐんだ。レイちゃんは勘が良い。雨が降りそうだとか、そんな小さなことでもよく当てていた。いわゆる野生の勘だろうか。


「じゃあ、今日はもうお家でゆっくりしてようか」

「うん。それがいい」


私の提案にあっさり了解したレイちゃんの顔を見つめると、その後方から一人の人物がこちらに歩いて来るのが目に入った。

この村の住民ではないと、咄嗟に判断する。だって身なりも良いし、村の人なら全員顔を知っているはずだもの。あれは誰――?


そうして徐々に近づいてくる人物に目が釘づけになる。その場で立ち尽くし、私はその人物を凝視していた。

高い身長に、程よく筋肉の引き締まった細身の体。さらさらと風になびく、長めの金色の髪。森の緑を連想させる薄いグリーンの瞳。

その人物は形のよい唇の端を少し上げて、口を開いた。


「――見つけた」


その声を聞いて、私は目を驚きで見開いた。

それと同時に、森から帰ってきたばかりで、隣で呆けているレイちゃんの姿をとらえた。


「レイちゃん……!!」


逃げて!!


咄嗟にそう思ったのは、私の本能だと思う。

なぜなら、私は心のどこかでいつも思っていた。

レイちゃんの魔力の強さは並大抵じゃない。凡人である魔力なしの私でさえわかる。

本来なら、この村にいるべき人じゃないんじゃないか?って、ずっと思っていた。

それこそ王都へ行き、王族を守る魔術師になる、そんなレベルじゃないの?って。


だ か ら こ の 世 界 に き た ん じゃ な い の


私という、おまけを連れて――


とにかくレイちゃんの存在を、この男性に気づかれたくなくて、私は必死になる。

彼はきっとレイちゃんを連れに来た人。お願い、レイちゃんを連れて行かないで。

この世界での暮らしも、彼女がいるから楽しく過ごせた、私の大事な家族なの。

引き離さないで――


訝しむ顔つきのレイちゃんの手を素早く取り、微笑む男性に背を向けて走り出す。

そうして家の中へと慌てて入った。

その勢いのまま閉めたはずの扉に寄りかかり、私は動揺しながらも息を吐き出した。


「メグ?」


レイちゃんが私を心配する声も、私の耳には届かない。

しばらくすると、扉が叩かれた。その振動が扉に寄りかかっていた私の背中に伝わり、身を震わせた。

もう、ここまで来たのだ――。


しばらく感じる振動をそのままにしていたけれど、このままじゃ埒があかない。

いつまでも逃げてはいられないのだ。

私は観念して扉に向き合うと、そっと扉を開けた。

それと同時に、少し開いた扉の隙間に手がかかった。これは先程の男性の手だろう。大きな、それでいて長い指だと感じた。そのわずかな隙間から、先程の男性の綺麗な顔が見える。


先程見たエメラルドグリーンのその瞳は、緑の森を連想させる。とても魅力的な瞳だ。だけど、ここで負けてはなるものかと、目を逸らす。見てはいけない。吸い込まれそうだもの。男性の優しげな微笑み、口元のホクロが色気を放つ。


「お待ちください、順を追って説明しましょう」


男性が静かに、まるで語り掛けるかのような声を出す。その時、私の背後にいたレイちゃんが、つかつかと前に歩み出た。


「いえ、結構です」


そうかと思いきや凄い勢いで、そのまま扉をバーンと閉めた。


これには私の方が度胆を抜かれた。


レ、レイちゃん!!さすがに相手の男性、驚いていると思うよ!!

だけど相手も負けない。気づけば扉を少しこじ開けて、その隙間に長い足を入れている。


「不法侵入お断り!!」


レイちゃんは、その足に気づかない……いや、気づいていて、構わず扉を閉めようとしている。なんて強者。

ぐいぐいと追いやろうとするその気迫は、凄まじいものがある。

やがて相手の男性は、諦めて足を引いた。その瞬間、扉がバタンとしまった。

入口の扉向こうから、先程と変わらない低いトーンの声が聞こえる。


「お願いです、話を聞いて下さい」

「怪しい人物お断り」


レイちゃんが一言でぶった切った。


「私は怪しい者ではありません。少しでいいので、お時間を下さい」

「自分から怪しい人物です、なんて言う奴がいるか!!」

「この国の未来にかかわる、大切なお話なのです」


そこで私はおずおずと声をかける。


「レ、レイちゃん。ちょっとだけ話を聞かない?」


そうだ、彼がこのまま引き下がるとは思えない。なんの話かはわからないけれど、聞くだけ聞いてみよう。

どっちにしろ、聞くまで彼は帰らないだろう。そんな予感がする。レイちゃんは露骨に嫌そうな表情を見せたあと、少し考えてから口にした。


「メグがそこまで言うなら……少しだけね」


そしてそっと扉を開けると、その先にいた男性は、美麗な顔に、明らかにほっとした表情を浮かべた。


「初めまして。私はこの王国で騎士達を束ねる騎士団長のレ―ディアス・ファランと申します。お会いできて光栄です。そもそも私がここに来た理由をご説明すると、我が国一番の宮廷魔術師であるダーラが――」

「長い。もっと手短に。結論を先に言って」


長々と始まりかけた挨拶を、レイちゃんがまたもや一言でぶった切る。

レーディアスと名乗った男性は、少しも怯んだ様子を見せずに、ひと呼吸置いて続けた。


「この国の王子の、世継ぎを産む女性を探しています。ぜひ候補として――」

「帰れ」


その瞬間、レイちゃんが再び、扉をバタンと閉めた。

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[良い点] 不法侵入お断り…… もう、もぅもう。 臍を噛みしめて耐えてるけどやばい耐えられん 面白すぎるどうしよう耐えられない
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