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「え……あの……忙しいと思うので、他の人にでも頼んで下さっても……」
「なんだよ、それ」
そう言うとアーシュは、いささかムッとしたようだ。
「まだ魔力が制御しきれない部分もあるけど、ここ最近は、さぼり気味だった訓練にも力を入れている。だから、俺以外の男にそんなこと頼むなよ、絶対に!!」
手をギュッと握られた私は、その視線の強さに体を震わせた。
こうやって目の前に立たれると、体格差を感じて、男の人なんだなって改めて思う。
耳には魔力を制御しているという装飾品が輝いている。こんなにたくさんの枷が必要だなんて、彼の魔力の底が知れない。本気を出したら、いったいどうなるのだろう。
「メグが……メグが……」
その時、悲壮感溢れる声が聞こえたので、思わず顔を向けた。
見ればレイちゃんは、背中に哀愁を漂わせて、その場で膝をついている。
手の中の魔力の塊は、いつの間にか萎んで消えていた。良かった、本当に良かった……!!
この部屋を丸ごと破壊しなくて!!
しかし、レイちゃんの様子からいって、私がアーシュを頼ったことが、よほどショックだったのだろう。だってああでも言わなきゃ、レイちゃん、この部屋ぶっ飛ばしてたかもしれないんだよ?お金が大好きなレイちゃんに、弁償なんていう苦しみを味あわせてなるものですか。あとできちんと事情を説明するから。
そう思っていると、がっくりうなだれるていたレイちゃんが、次に顔を上げて叫んだ。
「もうこうなったら、手段を選んでなんかいられない!!私もレーディアスの仮の婚約者になるわ!!」
「ええっ!?」
なんでそうなる!!
「こっちからお願いしてでもいい!なってやる!そしてメグの側にいる!」
「で、でも、レイちゃん、それまたどういう心境の変化なの?」
そうよ、あんなに乗り気じゃない態度だったじゃないの。今度は私が焦る番だ。レイちゃんは私と向き合った。
「私が一番最悪だと思うのはメグと、殿下がくっつくこと。これ以上に最悪なことって、そうないわ。だから、もういいの。二番目に最悪だと思う、レーディアスの仮の婚約者になるわ。そしてメグの側にいる。他の方法を考えるより、一番簡単な方法に、流されることにした」
「レイちゃん、それって……」
「言うなれば、これは自棄よ!!」
ですよね!!
「レーディアスの婚約者になるのか。そりゃ、あいつも喜ぶだろうな」
「……なぜ?」
不思議に首をひねるレイちゃんだけど、レーディアスさんは、とってもレイちゃんの事を気に入っていると思うよ。だって、一緒の空間にいると、レイちゃんのことばかり見ているし、レイちゃんが時折面白いことをすると、ふっと優しげな笑みを見せて笑うんだよ。
まったく気づいていないレイちゃんに、逆に驚くわ。
今回、レイちゃんが婚約者として名乗りをあげたら、どうなるんだろう。
「大丈夫、私も仮でお願いするから。メグの未来がはっきりと決まるまでの間よ!!」
「そうか、じゃあ、善は急げだ。気の変わらないうちに、レーディアスにそれを告げたほうがいいだろう。おい――」
アーシュは部屋の外に構えていた兵士に声をかけた。どうやら、レーディアスさんを呼んでくるように告げているようだ。
「レイちゃん……本当にいいの?」
「ええ!それが一番手っ取り早くメグの近くにいれて、周囲も納得するのなら。だけどあくまでも『仮』だからね。婚約者のふり!!」
婚約者のふりだけだと豪語するレイちゃんだけど、それだけで済むかな……
なんだかちょっと、いやかなり不安だけど……
「しかし、あのいつも澄ました男が、どんな態度をとるかな」
アーシュはそう言って興味しんしんだ。
こんな状況だけどレーディアスさんは、どんな態度を取るのだろうか。
やがてレーディアスさんが部屋に駆けつけた。
「お呼びでしょうか」
「おっ、早速来たぞ」
ワクワクして上機嫌のアーシュは、さっそくレーディアスさんを部屋へと招き入れた。
部屋に入るとすぐに、レイちゃんが足を進め、彼の前に立つ。レーディアスさんもレイちゃんに向かって優しげな笑みを浮かべた。
レイちゃんは、一度だけうつむいたあと、決心したように顔を上げた。
「レーディアス、お願いがあるの。前回は断ったのだけど、私の仮の婚約者になって欲しい」
「…………」
そこまで一気に言ったレイちゃんに、レーディアスさんが一瞬だけ固まったようにも見えた。レーディアスさんは返事はおろか、瞬きすらしない。
私は彼の様子を見逃さないように、注意深く見つめた。
「レーディアスが、私の嫁ということでお願いしたい」
「…………」
れ、レイちゃん、それ違うから!お嫁に行くのはあなたの設定だから。
ああ、思わずツッコミたい。だけど、レイちゃんの顔は至って真面目だから、今は口を挟めない。
レーディアスさんの方から指摘して欲しい。
やがて、たっぷりの間があったあと、レーディアスさんは、さらりと口にした。
「私は三男なので、それも可能ですが……」
いっ、いいのか、レーディアスさん!!嫁だよ?、嫁!!
真面目に答えているけれど、そこは訂正するところ!
「ん?なんか、違う……?私がレーディアスの嫁になる設定なのか?」
首をひねるレイちゃんだけど、そうだから!
「しかし、いったい、どういった風の吹き回しですか」
「気が変わったの」
「気が?」
「ええ。自棄になり、考えることを放棄して、もうメグの側にいられるのなら、どうだっていい。よく考えてみれば、私がレーディアスにお願いする立場なのよね。仮の婚約者としてお願いします」
そこで頭を下げたレイちゃん。
こんなところが律儀だよな。しかも頭を下げたまま、レーディアスさんに向かって手を差し伸べている。
これじゃあまるで、男性が女性に、プロポーズをしているみたいな図じゃないか。
「見返りといってはなんだけど、魔力で出来ることがあるなら、何なりと使って」
「魔力ですか」
「ええ、魔力を使っての、騎士団の練習でもいいわ。私はコントロールできるし」
レイちゃんは、そこでチラリと視線を横に投げた。
「またそこで俺を見る!お前、結構根に持つ奴だな!!」
レイちゃんの意図に気づいたアーシュの反論は、軽く無視された。
そしてレーディアスは軽く微笑むと、レイちゃんの手をそっと取った。
「わかりました、レイ」
そして大切な物に触れるかのように包みこんだあと、ギュッと握り締めた。
「……ん?」
「仮にも婚約者なのですから、この呼び名が普通でしょう」
いきなり婚約者扱いきたー!あの涼しい顔の下はきっと、レイちゃんと婚約して上手くいったら、ああしよう、こうしようと計画を立てていたに違いない。
「別にいいけど、仮だからね。仮。もちろん、手を出すのはダメで、寝室も別だから」
「わかりました」
レーディアスさんは涼しい顔をして微笑むけど、絶対、心の中でチッと思ってそうだ。それに隙を狙いそうな雰囲気を出している。
「レーディアス、上機嫌になったな。獲物がみずからやってきたと言わんばかりの雰囲気を出してたなー」
私もそう思う。けれど、レーディアスさん。レイちゃんに変なことをしたら、私だって怒りますからね。
……まあ、そもそも彼女自身が撃退するとは思いますが。
本当にこれから、どうなっちゃうんだろ。
もしかして私、選択肢を間違えた?いや、でもこの部屋を爆破させるわけにはいかない。
そうなったらむしろ、一生ここでただ働きが待っている気がする。
ああ、私の頭痛の日々が、まだ続きそう。




