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「失礼しま――」
「お前、大丈夫だったか!?」
部屋に入ると開口一番に、アーシュが詰め寄ってきた。
え、なんのことだろう?
私は首をひねる。それにしても相手の神妙な顔つきが気になる。
「大丈夫ですが……」
「良かった!!」
ホッと息を吐き出したあと、いきなり手を強く握りしめられた。
その手の大きさを感じて私は動揺してしまう。彼は私の混乱に気付かずに、まくしたてた。
「お前の姿が見えないから探していたら、レイが『戦いの場に行った』なんていうものだから、どこへ行ったかと焦ったじゃないか」
レイちゃん、それはある意味当たっている。だけど遠回しな言い方は、この人は気付いていない。
「だからお前が、ケガでもしてくるんじゃないかと、心配していた」
目に見える場所にケガなど、してこないよ!その代り、ぐっさりと心をえぐられることがある。
それが女の戦い!!
突然、私の両肩を掴んだと思ったら、瞬きを繰り返す私に、力強い視線を投げてきた。
ち、近い顔が!
「何かあったら言えよ、俺に」
「え、なぜ……?」
「お前が俺の婚約者ってことは、つまり、あれだ!!」
「あ、はい?」
「自分の嫁を守るのは当然だろう!!」
「………………」
胸をはって言いますけど、それは決定事項なの?仮でしょう?まだ候補の段階でしょう?
私は不思議そうな顔をして、首を傾げた。
それを見て、私の肩を掴んで力説していたアーシュは、ハッと我に返った。
「や、や、や……今のはだな……」
「……?」
慌て始めた彼は両手を振りながら、耳まで赤くなっている。
「と、とにかく!俺に言えよ!」
「言ったらどうなるの?」
思わず興味本位で聞いてみた。
「そ、そうだな。場の状況を聞いて、公平な裁きを下すと思う」
そうか、彼なりに場を諌めてくれようとするのだろう。私はホッと胸をなで下ろすと――
「……その前に魔力が暴走しない自信がないな」
今、ボソッと怖いこと言ったーー!!聞き逃さなかったぞ!!
とりあえず、彼なりに私を心配しているのだということは伝わった。
自分の都合で私を振り回しているという自覚があるのだろう、きっと。
**
そして本日、ただいま私は意識を飛ばしております。
「田舎くさい村へ、さっと帰ればいいのに!!」
「……はぁ」
フィーリアに壁際に追いやられ、詰め寄られている私は逃げ場がない。女子の憧れ壁ドンも、こんなシチュエーションなら、絶対萌えない。レ、レーイちゃーん。
レイちゃんがちょっとお手洗いに行った隙を狙ってくるのだから、一人になるのを狙っていたのだろう。
そして標的である私は、しっかり拘束されています。ああ、この場をどうやって逃れようかと頭を張り巡らせる。
「あの、フィーリアさんは殿下をお好きなのですか」
「は?そんなこと、あなたに教えるまでもないと思うけど、教えてあげるわ」
そう言って口を開き始めた彼女だけど、結局教えてくれるらしい。
「相手はなんて言っても、一国の王子よ。そりゃあね、時折暴走するとか聞くけど、それぐらい、どうってことないわ。なんたって、顔よし、身分よしとくれば、たった一つの欠点ぐらい、目を瞑る気にもなるわよね」
「……」
「破壊の王子とか言われるけれど、噂が大きくなっているだけでしょ?」
その時、聞こえたのは、大気をつんざくような爆音。
その激しさに思わず目をつぶって耳を塞いだ。一体、何事!?
「なっ……!!」
そして再び目を開けてみれば、背後の壁に、亀裂が入っている。
それに気づいた私は慌てて壁から体を離す。
直後に、亀裂が軋み始めたと思ったと同時に、壁が崩れ落ちる。
壁に手をついていたフィーリアは、その崩壊と共に、体勢を崩してなだれ込んだ。
フィーリアは突然のことだったので、何が起きたか理解していないようだ。
呆けた顔で地面に転がっている。
「なかなか楽しそうな話をしているな」
「ア、アーシュレイド殿下……」
その出現により、即座に理解した。
魔力の塊を壁の一部にぶつけたのだろう。見事にプスプスとくすぶっている。
「ああ、すまん。魔力のコントロールが上手くできなくて、今は壁に当たったけど、次回当てたら悪いな。その時は避けてくれ」
「………」
さらっと言うけれど、それ簡単じゃないから。もっとも私は城にきた初日に、城の一室が吹っ飛ぶのを見ているので、さほど驚かない。慣れって怖い。
地面に転がっているフィーリアは、徐々に表情が青ざめていく。
「わ、私、用事を思い出しましたわ……!!」
そう言うとすっくと立ち上がったフィーリアは、一目散に駆け出した。
「これで俺に関する噂が嘘じゃないと、身を持って知っただろう。それこそ、幼い頃はもっと制御できなくて『化け物じみた力』なんて、よく言われたもんだ。……ま、言われ慣れたけどな」
アーシュの呟いた言葉を、ふと拾い上げる。
自嘲気味に言うけれど、そんなことを言われ慣れたなんて嘘だ。心が痛むに決まっている。
そう考えたら、自然と口にしていた。
「そんなことないよ。これからの自分次第だよ。化け物になるか、大物になるかなんて」
「…………」
ゆっくりと顔を私に向けるアーシュは、釣り目がちな瞳を、大きく見開いていた。
「つらい時に無理して笑うより、辛いって言ってもいいと思う」
ついポロリと口から出た言葉に、私自身が一番驚いた。
「あ、ごめんなさい。私、何を生意気なことを言っているんだろうね」
慌てて取り繕うけれど、アーシュは意外そうな顔をして瞬きを一度だけした。
その後も無言で何かを考えている様子を見せている。
もしかして怒らせてしまったのだろうかと、不安になった私は顔をのぞき込んだ。
その瞬間、ハッと我に返ったアーシュは私の顔を見つめた。
「……いや。俺は昔から、弱音を吐くなと教育されてきたから、正直意外なことを言われて戸惑っているだけだ」
「そ、そうかな」
「お前にそう言われて、何かが胸にストンと落ちて来たような不思議な気持ちだ」
どこかで発散して、それを機会にまた元気になれるのなら、弱音を吐ける場は必要だと思う。
一人で抱え込んで悩んでいたりするよりも、吐き出してしまった方が楽になれると思うし。
「化け物になるか、大物になるか、自分次第、か……」
まるで自分に言い聞かせるかのように呟いたアーシュは、次に私に顔を向けた。
「だけど俺、お前に出会えて良かった」
「え、え」
突然、あまりにも素直にそう言われたので、私は顔が赤くなる。
アーシュがそれを見て、フッと笑う。もしや私は、からかわれているのでしょうか。
「俺もどうせなら、大物目指すか!!」
やる気を出してきたアーシュの発言に、つられて微笑む。つとアーシュが私を見た。
そこには、先程までのおどけた表情はなく、瞳は真剣そのものだった。
「そしたらお前さ―― 俺と星降る丘に行くか?」
「え……」
星降る丘とは、最初にアーシュと出会った時に話していた、流れ星がよく見える丘のこと?そういえば、星を見に連れて行ってくれるって言ってたっけ。よく覚えていたな。
そこで私はあまり深く考えずに、
「ええ、いいわよ」
そう答えた。
その直後にアーシュはクルリと回れ右をした。
背中を見せたと思いきや、私に隠れてガッツポーズを決め込んでいる。
いったいどうしたのだろうと思って、その背中を見ていると、人の足音が聞こえた。
「メグ」
「レイちゃん」
レイちゃんが戻って来た。すさかずアーシュに視線を投げたあと、壁の崩壊した部分を見つめている。
どうやら気づいたみたいだ。……そりゃ、気づくか!!
「あら、殿下。この壁の崩壊はどうしたのかしら?」
「ああ。ここら辺、暑かったからな、穴をあけてやったんだ」
「それにしても風穴開きすぎじゃない!?」
「いや、ちょうどいい風穴具合だろ」
二人は言い争いを始めたけれど、軽口を叩きあって、どこか微妙に楽しそうだ。
なんだかこの二人って、ちょっとどこか似ている……?
そう思ったけれど、口にするのはやめておいた。二人に全力否定されると思ったから。
「だいたい『お前に出会えて良かった』って、どういう意味?」
「お前っ……!!聞いてたのか!!」
「聞いているもなにも、ずっと離れたところにいたわよ!邪魔しちゃ悪いと思って、私なりに気を遣って見守っていたけれど、前みたいに殿下に押し倒されたら困ると思って出てきたのよ!!」
「だ、誰が押し倒したっていうんだ!!」
うん、実に爽快にポンポンと会話を繋げる二人は、そのくせ楽しそうだった。
「そこメグ!笑わない!!」
顔を綻ばせていると、レイちゃんがすかさずそれを指摘してきた。
そこで堪えきれずに、つい声を出して笑ってしまった。




