21*
*レイ視点
いきなり私を婚約者だって!?胡散臭いにもほどがある。だいたい、にこやかに笑うレーディアスだけど、何を考えているのか、わかったもんじゃない。
「いい。レーディアスには、そこまで迷惑かけられないから」
「レイちゃん」
私が即座に断ると、メグが心配そうな声を出すけれど、大丈夫。私は必ずメグの側にいると誓うから。私がそう告げた後のレーディアスは、断られたにもかかわらず、笑顔を絶やさない。
「なぜですか?悪い話ではないと思います」
「なぜって、こっちが聞きたいよ」
私はレーディアスの整った顔を見つめる。その時脳裏に浮かんだ一つの可能性。
「あっ……!もしかして!!」
考えるよりも先に、口からついて出たのは――
「婚約者のふりをして、私から報酬をとるつもりとか!?」
誰がやるもんか!あの1000ペニーは私達の、いやメグのだし!まったく、金持ち金に卑し!がめついわ。
そこで呆れたように聞こえてきたのは、アーシュの声だった。
「おいおい。レーディアスは騎士団長だし、それなりの給金だって受け取っている。そもそも家だって由緒正しいファラン家であって、報酬のことなんて頭にあるかよ」
……でも善意だという気がしないのよ。何か思惑があるような気がする。
私は唇を噛みしめたあと、その瞳をのぞき込み、自分の意志をはっきり告げると決めた。
「レーディアス、他にお付き合いしている女性がたくさんいるのでしょう?表向きは私を婚約者の立場にして、裏では自由恋愛を楽しみたいのかもしれないけど、その女性達に失礼だと思う」
「特定の女性はいません」
「でも、城に来た初日に、メグが出会った女性のことは?」
そうメグからを聞いた話でも、彼女一人ではないだろう。レーディアスと必要以上にかかわって、無駄な嫉妬や恨みは買いたくはない。面倒だから。
「彼女とは、そんな仲ではありません。一度だけ、食事を共にしただけです」
「ほら、それ。自分が遊びのつもりでも、相手は本当にあなたに恋をしている場合だってあるんだよ。お互いが合意の上で、後腐れなく付き合っていける女性ならいいと思う。だけど、相手があなたに本気なら、私は同情するわ」
これは私の考えだから、彼とは違うかもしれない。
「レーディアスは自由恋愛のつもりかもしれないけど、私には理解できない世界だわ」
大勢の女性にもてるからといって、不誠実はNGです。なんかもう、生理的に無理なのだ。
つべこべ言ったところで、彼に伝わったのかはわからない。人の考えはそれぞれだし、価値観だって同じではない。相手の価値観を変えようとなんて、そんなこと無理な話だし。
だからといって私の価値観を相手に合わせるなんて絶対無理だし、なにより嫌だ。
「とにかく、私はあなたの周囲の女性から、恨まれるのは嫌なのよ」
そう本音をぶつけ、婚約者の件はナシとばかりに背中を見せた。
「――いませんよ」
「え」
いきなり強く腕を掴まれたと同時に、強い眼差しを向けられた。気が付けば私はレーディアスに顔をのぞきこまれていた。
いつもは穏やかな笑みを見せる新緑の瞳が、熱情を含んでいるようで、私の心臓が一瞬だけ高鳴ってしまった。相手はレーディアスなのに、不覚。
「特定の女性などいません。確かに食事をする友人はいましたが、あなたに誤解されるようなことは今後一切しません。もう、会いません」
「は?」
「そう告げた上で、あなたの婚約者を名乗り出ています」
困惑して眉をしかめる私の耳に、アーシュの冷やかすような口笛が耳にヒューっと聞こえる。
そこ黙ってくれる!?
「じゃあ聞くけど、私の仮の婚約者となったとして、あなたにはなんの得があるの?」
そうだ。私はお金もないし教養もない。特に美人という訳でもない。あるのは普通より強い魔力と有り余る元気だけ。
「……それは」
いつもスマートで紳士的な姿勢を崩さない彼だけど、どこか怪しい。仮に嘘をついたら、見破ってやろうと思って、レーディアスの新緑の瞳をじっとのぞきこんだ。目を少しだけ泳がせたあと、レーディアスは視線を逸らした。
「……レイさんの魔力にも興味がありますし」
「でも、暴走はしないレベルで、うまく使いこなしているってお墨付きをもらったわ。側で監視する必要などないはずよ」
そう判断を下されたのは、レ―ディアスも知っているはずだけど?
「メグさんが殿下の婚約者となり、レイさんがそのご友人とあれば、私の大きな人脈にも繋がりますし……」
「そこまでしなくても、もうすでに、殿下とは懇意な関係じゃないの?」
おい、そこレーディアス。勝手にメグを正式な婚約者に任命するな!
それにしても、彼が私の婚約者に名乗り出てまで、私を側に置きたい理由はなに?何をたくらんでいるの?殿下と大きく繋がりたいと言っても騎士団長だし、こうやって殿下と対等に話せる仲じゃない。
……見えない。彼の本意が解らないから私は慎重になるのだ。
「いいじゃないか。レーディアスは独身の中でも優良物件だぞ。見た目もいいし、何が不満なんだ」
誰のせいで、こんな目にあっていると思っているんだ!
ソファに腰かけて呑気に話す、この国の王子であるアーシュを殴りたくなった。どこか面白そうに余裕げに笑う彼を見て、一つの決意が頭に浮かぶ。
アーシュと呼ぶのはやめよう。親しく接すれば、それだけ情もわく。
やはりここは線引きをして、ある程度の距離を保つことが必要だ。でないと、どんな男か見極められないと思ったからだ。
やはりここは『殿下』だ、『殿下』。敬語は使わずとも、その呼び名で通すことにしよう。
「とにかく、少し考えさせて欲しい。メグと私にとって、何が一番いい方法なのか、考えてみるわ」
私ははっきりと告げた。それに、メグとも相談しなければいけない。あの子は何を望んでいるのか、どうしたいのか。言葉にするのが得意じゃないメグだけど、激情的な性格の私と違い、あの子は落ち着いている。私一人で決めることは出来まいと、いったん返事は保留にした。
**
翌朝、心配になってメグの部屋に行くと、予想していたとおり顔色があまり良くなかった。
聞けばあまり眠れず、食欲もいまいちわかないらしい。
そんなメグを庭へ誘った。土を歩く感触やメグの好きな花の香りを嗅げば、少しは気分転換になるかと思ったからだ。
「どうしよう……。殿下……アーシュは、なぜ私なんだろう」
青空の下、不安そうな顔を見せるメグだけど、私は言葉をグッと飲み込む。
『殿下は、メグの事を気に入ったからだと思う』
だけど、そんな事を私の口から伝えるべきではない。まだ確信した訳じゃない。ただの勘だ。だけど、殿下のメグを見る表情といい、息せききって迎えに来て、メグがまだ帰っていないと知って、明らかに安堵していた。
ひいき目じゃなくて、メグは可愛いと思う。控えめで自分の言いたいことを押し殺してしまう癖があるので、殿下の気性の激しさに押しきられそうで怖い。
もし近い未来に、メグが殿下を嫌だと拒否したら、その時はメグと一緒に村に帰ろう。どんな手を使ってでも――
それまではこうやって、相手の手の内で、様子をみてやるとするか。
空を見上げれば、高い城壁がそびえ立つ城。
だけどそのさらに上には、天高く、太陽が光り輝いている。どんな困難にぶち当たっても、その先にある光溢れる希望を忘れちゃいけない、ってことだよね。私は自分自身に言い聞かせた。
「大丈夫よ、メグ。何も心配いらないわ。殿下の婚約者騒ぎが落ち着けば、無事帰れるわ」
「レイちゃん」
「それにメグを含めて3人もいるんでしょ?心配いらないわよ」
「そっか……そうだよね!」
それまでうつむいていたメグが、顔を上げた。先程までにはない笑みを浮かべている。
「私ってば心配しすぎよね。アーシュはたまたま条件のあった私を側において、厄介事から逃げたいだけよね。うん、しばらくの辛抱だもんね」
「そうよ、それが終わったら、二人で観光して村に帰ろう!!」
そこでやっとメグが安心したような笑顔を見せた。
「あ~安心したら、何だかお腹が――」
メグが伸びをしながら、安堵した声を出した。
その時、何かが、空から落ちてきたと思ったと同時に、耳にドサリという鈍い音が聞こえた。
驚いて足下を見た私達の視界の先では、レンガが地に散らばり、足元で砕けていた。
「……」
「……」
私とメグは体勢が固まったまま、しばらく無言になる。散歩中、どこからか落ちてきたレンガ。思わず顔を見上げるが、そこにあるのは高い城壁だけ。人の気配など感じられない。
「このレンガ、ど、どうしたのかな?風でも吹いて、落ちたのかしら」
メグ、現実逃避はやめようよ。声が上ずっているよ。
「レンガは落ちて来ないわよ、普通」
そう、これは確実に誰かが私達を狙って落としたのだろう。それは誰が?何のために?
「誰かに狙われているのかもしれないわよ」
「えっ……」
それも、殿下とメグが噂になってからだ。
「……ああ、厄介事に巻き込まれてしまったみたいね」
「……レイちゃん」
なんて卑怯な真似を仕掛けてくるのだ。くるなら正々堂々と来なさいよね。
「メグ!これから先は一人で行動しないで!!なにがあるか、わからないから」
「わ、わかった」
「こうなったら、殿下に危険手当も請求してやる!!」
「……やっぱりそこか、レイちゃんの守銭奴」
そう言ってメグが呆れているけど、大事なところだから。




