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その日の朝までさかのぼります。

**


朝日が森全体を包む。

朝露のついた葉っぱ、靄がかかった空間に、清々しい朝が訪れようとしている。

私は簡素な木のベッドの中で、のそのそと動き出す。

少し肌寒いけど、これもいつものこと。伸びを一つして、せーのでベッドから起き上がる。

そして窓辺へと立ち、今日の空模様の確認をする。


「今日も晴れそうだな」


私はあくびをしながら、寝癖がついてぼさぼさになった頭をなでつけた。本来ならストレートな髪なので、すぐに元の髪型に戻る。


「さぁ、起きますか」


いつもの朝が始まろうとしている。


私の名前は桜井恵さくらい めぐ。なぜか日本から異世界トリップをしてきた生粋の日本人で、歳は18歳になる。

ある日の学校帰り本屋に寄ったつもりが、気づいたらこの世界の、このヘボン村にいたのだ。

最初はファンタジーな本を読みすぎたわー、ないわー、夢だわーなんて思って、笑う余裕さえあったけど、一向に冷めない夢に、これが現実だと認めた瞬間、私は泣き崩れた。


あれから三年。

どうなることかと思ったけれど、私はこの村で生活していた。ド田舎で自給自足がモットーなヘボン村。名前までも平凡で、取り立てて目立つような村ではなく、皆が力を合わせて、ひっそりと生活していた。

どこからかポツンと現れた怪しい私を、すぐに自宅に招き入れてくれた村長夫妻を筆頭に、皆が泣きじゃくる私に優しくしてくれた。

もしかして私が悪い人間で、金目の物を持ちだすような人間だったらどうするの?

そう私の方が心配してしまうほど、警戒心が薄かった。だが、それがすごく助かった。

しばらく村長の元に身を寄せて、この村についてのことや生活などを一通り教えて貰った。そうして半年が過ぎた頃、今は使用していない村の外れにある村長の持ち家の一つと、目の前に広がる広大な土地を貸してくれた。


『わしらはもう歳だから、いついなくなっても、自分で生活できるようにならなくてはいかんじゃろ』


そう言って、カッカッカと笑う村長だったけど、確かに村長は90歳をこえている。

その冗談は笑えない。

だが、村長の厚意をありがたく受け取り、彼の元から自立したのだ。

昼間は広大な畑で野菜やハーブなどを作ったり、近くの森で布を染める草花を摘んできたり。そんなこんなで、私の一日はスローライフにみえて、結構忙しい。

そしてまた、充実していたのだ。

野菜を植え、収穫する。そこで収穫した野菜や果実を村の中で物々交換などをして、生計をたてていた。

すぐ隣に広がる森は自然の宝庫で、食べられるキノコや木の実など、自然の恵みがたくさんあった。

そうして慣れてくると家畜の世話を任されるようになった。


もちろん私だって、そんなにすぐに、ここでの暮らしに馴染んだわけじゃない。

15の私が見知らぬこの世界にきて、もちろん泣いた。それも号泣レベルだ。夜になると故郷が懐かしくて、涙を流したことも数えきれない。

だけど、そこまで悲観的にならなかった理由が一つだけあるのだ。

それは――


「レイちゃん、起きなよー!!」


ダイニングキッチンから続く隣の部屋の扉を開け、ベッドを見る。そしてそこで、もぞもぞと動くブランケットの膨らみに声をかける。


「まだ……いま……起きる」

「もう!起きる気全然ないじゃん!!」


まったく起きる気の無い声を出して来たのがレイちゃん。

私と共に異世界トリップしてきたレイちゃんは、私と同年。というより半年ほどレイちゃんがお姉さん。レイちゃんも私と同じ本屋にいたはずが、気づけばこの世界にいたのだ。

異世界トリップ後に目を開けてみれば、レイちゃんも私と一緒に道端に転がっていたっけ。

そこから二人で叫んで、わんわん泣いて。動揺して混乱して取り乱して村長に保護されて――今に至る。


最初は二人暮らしも不安だったけれど、すぐに慣れた。というより同年代の女性の二人暮らしは楽しかった。共用のスペースを持ちながらも、個人のスペースもあったので、一人になりたい時は一人になれた。

辛いときには励ましあい、時には喧嘩をしながらも、仲良くやってきた私の親友であり大切な家族になったレイちゃん。


「もう朝だよ」

「朝じゃない」


これがいつもの私達の日課。レイちゃんは朝に弱いのだ。昔からここは変わらない。


「じゃあ、朝ごはん作ったら起こすからね」


レイちゃんが了解とばかりに、ブランケットから手を出して、ひらひらと振る。私は朝ごはんの用意をする前に、着替えて畑へと降り立つ。


広い畑には、さまざまな野菜が植えられている。

土の栄養がいいのか、食べきれないほど収穫できたりする。それを近隣の住民と物々交換したりして、生活が成り立っていた。

木の家に広い畑、完全な自給自足生活。この世界でも、日本と同じような食べ物がたくさんあって、それが救いだった。

畑に行き、今日食べる分だけのジャガイモを掘る。ゴロゴロと出てくると、顔がほっこりする。

ああ、よく実っている。これなら村のみんなも喜んで物々交換に応じてくれるだろう。その隣に植えてある、そら豆もそろそろ収穫時だ。これは茹でて塩をつけて食べても美味しい。私は次の収穫のめどをつけると、次なる目的の場所へと向かう。


「おはよう、モーモー」


次に牛小屋へ行き、牛のモーモーから、新鮮ミルクを搾乳する。鶏のコケ子は今日も卵を産んだ。やったね、そう思いながらそれを手にして、家へと戻る。

昨日焼いたベーグルがあったはず。早く食べないと固くなっちゃうわ。

そうだ、燻製肉も焼いて食べようかしら。塩味がちょうどよくて、焼くと旨味が出てきて、とてもジューシーだもの。レイちゃんは喜ぶわ。


まずは火をおこそうと思い、火打石を釜戸に投げいれると、そこから勢いよく火が発生する。

鉄で出来たフライパンを火にかけ、物々交換で得た燻製肉を少し火であぶる。


あたりは香ばしい香りが充満したので、窓を開けて空気を入れ替えた。ジャガイモを薄くスライスし、燻製肉を炙った時に出た油で、それを揚げ焼きにする。

ほどよく色のついた時点で、モーモーから絞ったミルクを入れる。ぐつぐつと煮えてきたら、塩とブラックペッパーで下味をつける。

そして最後に、以前作って寝かせておいた手作りチーズを貯蔵庫から引っ張り出す。ナイフで薄くスライスして、上からふりかけた。


そうそう、コケ子の卵も茹でよう。そう思った時に、次の火打石がないことに気付いた。

そんな時、真っ先に向かうのが、レイちゃんの部屋だ。

部屋の扉を遠慮なく開けて、声をかける。


「レイちゃん、火をつけて」

「ん~」


まだ寝ぼけているレイちゃんに、私の声が届いているのか疑問だ。こんな時は、必殺の台詞がある。


「でないと、ご飯つくれないよ」


食べることが大好きなレイちゃんは、この言葉に弱い。そう言った瞬間、レイちゃんの指が動く。軽くパチンとするだけで、ふわふわと明るい光が飛んできて、釜戸に火がともる。

まるで手品かと思う芸当だけど、私はいつしか慣れた。――人はそれを魔力とよぶ。

この世界にきて、初めて知ったことだ。


「ありがとう」


私はお礼を言って、釜戸まで戻った。

もう火打石がなくなってしまった。またレイちゃんに補充してもらわないとな。ゆでたまごを作りながら、そんな事を思っていた。

たまごがゆで上がるまでの間、ジャガイモの皮を剥きながら、私はこの世界について、ぼんやりと考えていた。


人々の基本的な暮らしや食べ物は、私達のいた世界と同じ。

だが、この世界と私のいた世界での決定的な違いがあった。

この世界の人間は、生まれながらにして魔力を持っているということだ。


村長に説明された時は、なにそれファンタジーと思い、半信半疑だった。

村長いわく、生まれた時から、その力の大きさは個々で違うみたいだ。

魔力を体から微かに放つだけで、これといった特技のない人が大半らしい。かと思えば、王族おかかえの魔術師と呼ばれるほど巨大な魔力を持つ人など、さまざまらしい。

一つ疑問なのだけど――

なぜか、私の親友レイちゃんは、この世界に飛ばされた時から、あっという間に魔力に目覚めた。体中からみなぎる何かを感じるらしい。そしてそれは、巨大な魔力の持ち主だと思う。だって村の中でも、レイちゃんほど魔力を使いこなしている人は見た事がない。


考えていると、卵が茹で上がったので、お皿の上にそれを盛り付けた。

燻製肉とじゃがいものクリームチーズ煮に、それに昨日のベーグルを皿に添えて、大きな声を出す。


「レイちゃんご飯だよー!!」

「お~今行く~」


何度起こしても反応が鈍いけれど、ご飯が出来た時だけ返事はしっかりするレイちゃんは、ちゃっかりしている。

そしてぼさぼさの頭で起きてきて、いつもの挨拶をする。


「おはよ、メグ。今日も朝から、めちゃくちゃいい匂い」

「温かいうちに食べちゃって」


あ、そうだ。

席についたレイちゃんに、忘れないうちに言っておかないと。


「レイちゃん、火打石なくなったよ」

「わかった、これ食べたら作る」


レイちゃんは当たり前のように返事をした。

火打石とは、そこら辺に転がっている石ころに、レイちゃんが魔力をこめた石。これを釜戸に投げ入れると、火が発生するのだ。これはお料理には欠かせないのだ。

私は大変重宝している品物だが、レイちゃんはあっさり作ってしまう。それを知った村の人達も、すごく驚いていた。やっぱりすごいんだな、レイちゃん。


――ん?私ですか?


私は魔力など欠片もみじんもない人間ですが、それが何か?

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― 新着の感想 ―
[一言] 楽しく読ませて頂きました。 最後まで読んで、ちょっと私が感じた点を載せたいと思います。 まず、(この最初の説明のページに)メグとレイが異世界トリップする前にどんな関係でこちらに一緒に来た…
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