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「ねえ、メグさん。――例えばそうね、あのハーブを見て」


ミランダさんに指差された先にあった場所には、ハバルという名の、緑の葉が生い茂るハーブがあった。


「ハバルは目立つほど大きな花をつけるわけでもないし、美味しい実がなるわけじゃないわ。だけど、その香りの作用は絶大な効果があるわ。人の心を落ち着けたり、虫よけになったり、お茶にもなるわ。優秀なハーブよね」

「ええ、本当にそう思います」


ハバルは市場にもあまり出回らなく、結構な値段がつく、大変貴重なハーブだ。大きな花はつけずとも、何より、爽やかないい香りがする。


「それは人にもいえると思うの。パッと目立つわけじゃないと、メグさんは自分で言うけれど、それぞれ特技があると思うのよ。誰にだって秀でている部分はあるはずよ。あなたは、自己評価が低いようだけれど、今のままのあなたを慕ってくれる人だっているでしょう?」


確かにそうだ。レイちゃんは私のことを大好きでいてくれる。その真っ直ぐな感情を疑ったことは一度もない。


「そんな友人のためにも、自分の評価をそんなに下げてはダメよ。もっと上げていかないとね」


ミランダさんの美しい顔は、笑うとえくぼも出て、もっと素敵だ。つられて笑ってしまう。


「じゃあ、そうね。メグさんには特別に贈り物を渡すわ」

「えっ……」

「ちょっと待ってね」


そう言うとミランダさんは、奥の方から一つの鉢植えを手にしてきた。その中には、緑色のハバルの苗が植えてあった。


「これを差し上げるわ」

「えっ……」


受け取った鉢植えと、ミランダさんを思わず二度見する。私は目を丸くして驚いた。ハバルは珍しく、大変貴重なハーブなのだ。それをなぜ私に――


「これをね、大事に育ててちょうだい。ここの温室において、面倒をみてくれないかしら?」

「私が……ですか」

「ええ。これはね、落ち込んだ時など、心が安らぐハーブよ。部屋に飾ると、部屋中に香りが広がるわ。それに緑で癒されるでしょう。元気を出して」


私は迷った挙句、ありがたく受け取ることにしてお礼を言った。

そしてハバルの枝を一本、パキッと折ると、それを部屋に飾ることにした。少し触れただけでも、手にはハーブの爽やかな香りが染みついた。人によっては香りがきついと感じるかもしれないけれど、私はすごく好きな香りだ。


「とても嬉しいです。ありがとうございます」


この鉢植えを貰ったということは、遠回しにこの温室にいつでも来ていいということだ。一人になりたいと言った私のことを、気遣ってくれたのだと思う。


「じゃあ、メグさんが話してくれたから、私も悩みをお話するわ。――内緒よ」


急に真面目な顔になり、声を潜めたミランダさんに、私も息を飲んで耳を近づけた。


「私はね、ハーブや花の栽培が得意なのだけどね……」

「はい」


神妙な顔つきのミランダさんから、私は何を言われるのだろう。想像するだけでドキドキしていると――


「料理がまったくダメなのよ」


予想外なことを言われた。

それも真面目な顔で言ってくるものだから、つい噴き出してしまった。

料理が苦手だといえば、レイちゃんもそうだ。彼女は料理に使う火打石を作るのは得意中の得意だけど、料理に関しては全く駄目だ。卵を一つ茹でるに関しても、なぜか爆発させてしまったりと、どうしてここまで出来る!?と不思議になるほどだ。だから自然と料理は私の仕事になり、料理に欠かせない火打石作りはレイちゃんの担当になった。

そうだ、得意分野は人それぞれで、足りない部分は補っていけばいいのだ、私もレイちゃんも。

そう考えたら胸の内が徐々にすっきりしてきた。


「ありがとうございます、ミランダさん」


心が晴れた気分で私はお礼を言った。


「私は何もしていないわ。それに、あなたは素敵よ。もっと自信を持つといいわ」


真正面から褒められて照れてしまうけれど、すごく嬉しい。ミランダさんに会えたことで、王都に来て良かったと思える私ってば単純だ。


「では、私はそろそろ行きます。本当にありがとうございました」


これ以上、ミランダさんの邪魔をしてはいけない。きっと今日も栽培に力を入れるのだろう。彼女の気合の入った格好を見れば、すぐにわかる。


「ええ、また来てちょうだいね」

「はい。ハバルのお世話にきます」


ミランダさんにそう言われて嬉しいと同時に、少し複雑な気持ちになる。だって私はもうすぐ村に帰るのだから。だけどそれは告げずに挨拶だけして、私は心癒されるハーブガーデンから出たのだった。


**


そうして迎えたのは二度目の舞踏会。前と同じドレスに袖を通し着飾った。

レイちゃんと私は二人で広間の扉の前に立つ。


「さぁ、メグ。これが最後の頑張りどころだよ」

「うん、解った。……って言っても、何もしないけどね」

「そうだね。ただ出席するだけでいいもんね」


そう言って二人で顔を見合わせて笑った。これを最後に村へ戻れるんだ。そう思うと緊張も少しだけ和らいだ。

それを合図に、私達は広間へ足を向けた。扉を開けた先には、楽師たちが音楽を奏で、華やかに着飾った人たちが集まり談笑し、ある者達は男女が手を組んで踊っている――わけではなかった。

私が想像していた光景ではなく、驚きで言葉を失った。


広間には女性が中心に集められていた。

あきらかに舞踏会ではないムードに私は動揺する。身を強張らせた私の側に、案内役が寄ってくると、中へ招き入れた。

これからここで、何が行われるのだろう。不思議に思い周囲を見渡すけれど、緊張した空気が流れていることだけを感じていた。

そんな私にお構いなしに、着々と物事は進んでいく。初老の男性が広間に響き渡る程の声を張り上げた。


「本日ここで、正式な発表になります。魅力的な女性達がお集まり下さる中で、アーシュレイド殿下の婚約者の候補が決まりました」


その瞬間、場がどよめいた。

え?この場が正式発表の場なの!?何も聞いていない私は驚いて声も出ない。


「まずは――フィーリア・カドス。カドス家のご令嬢であり、宰相補佐のお孫さんでもあります」


呼ばれた女性が一歩前に出て、お辞儀をした。私の場所から、その姿はよく見えず、後ろ姿しか見て取れない。


「次の女性は、ロザリア・サナトーラ。サナトーラ家のご長女として生を受け、殿下の幼き頃の遊び相手でもあります」


真っ直ぐに伸びた黒い髪が印象的な、落ち着いた様子の素敵な女性。控えめで清楚なイメージだ。一歩前に出た彼女は、スカートの端を持ち上げると、淑女の礼を取った。


一連の出来事を、どこか遠い世界かのように感じていた。その時――


「最後は――メグ・サエキ」


はぇ?

今、私の名前が呼ばれた気がするけど、聞き間違い?


「……出身はヘボン村」


読み上げた人は、どこか戸惑っている様子だったけれども、私の方が更に戸惑っていた。

へ……ヘボン村には、私と同姓同名はいなかった気がする……。


「メグ・サエキ」


なかなか名乗り上げないことに、痺れを切らした様子で再度名前を読み上げられた。だけど私は前に出る気はなかった。足が、全身が固まって動けない。


レイちゃんを見れば、眉間に深く皺寄せて口端を噛みながら、神妙な顔つきだ。こんな顔をする時のレイちゃんは、そっとしておいた方がいい。これは一緒に暮らしている私の勘だ。


「メグ・サエキ。……ここには、いらっしゃいませんか?」


だから、そこでなぜ私の名前があるのーー!!


何度も呼ばれて、白目を向いてぶっ倒れそうになったけど、レイちゃんが肩を支えてくれた。


「嫌な予感が的中したわね」


レ、レイちゃーん!意外に冷静なのは、なぜなの!?


「まずは部屋に戻りましょう。作戦会議よ」

「え、でも……勝手に戻っても大丈夫なの?」


これだけ何度も呼ばれているのに!?もっとも返事をする勇気は私にはない。


「いいわよ。これだけの人数の中、目立たないように、そっと出ましょう。ばれたら、体調不良だったので倒れる前に部屋に下がりました、って言えばいい」


さ、さすがレイちゃん、度胸がある――

しかし私も部屋に戻って状況を脳内で整理したい。それに、このままじゃ、本当に倒れそうだ。私は重い足取りで部屋へと戻ろうと、踵を返す。


その時、私達がいる場所より一段高い位置にある王座。そこに出現した人を見て、目を見張った。


壇上の王座に腰かける人物は、威厳を兼ね備えていた。

あれは――国王なの!?

体格の良い体から威圧感を醸し出しているのは、さすが一国の王だ。

その雰囲気に圧倒されて、周囲は静まり返っていた。


そしてその隣にあるのは、王妃様の席なのだろう。その場所に、ひっそりと腰を掛ける女性。私はそっと視線を向けた。

足首まで長い白いスカートは、とても素敵なドレス。細かい刺繍が入っているところが洗礼された美しさを醸し出している。私が徐々に顔を上げて、その顔を拝見した瞬間、驚きで目をひん剥いた。


そこにいたのは――


癒しの楽園ハーブガーデンの主、ミランダさんだったのだ。

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