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「今ここで、お前たちを帰す訳にはいかない」
そこでアーシュレイド殿下と目があう。射抜かれんばかりの眼力を感じて、思わず身がすくむ。
そこでなんで私を見るのかな、その気迫に驚いて、ますますレイちゃんの背中に隠れた。
「殿下、それにレイさんもメグさんも。ここは目立ちますから、いったんは部屋に戻りましょう」
レイちゃんは、レーディアスさんと対峙した。周囲のシーンとした張り詰めている空気の中、彼の提案をしぶしぶだが飲むことにしたらしいレイちゃんは、ため息をついた。
確かにこの場では目立ちすぎる。皆の注目の的だもの。
それにしても――
ああ、勝手に帰る計画が見事に失敗した。私は失望して暗い表情を隠すこともせずに、トボトボと来た道を戻った。
**
城につき、部屋に荷物を置くと、あらかじめ指示されていた部屋へと向かい、レイちゃんと扉を叩く。
「入れ」
入室を許可する声が聞こえたので、レイちゃんは扉を開けた。
「失礼します」
そして扉を開けた先には、広くて立派な机に頬杖をついて、椅子に腰かけるアーシュレイド殿下の姿があった。その横にはレーディアスさんが立っている。
舞踏会で会った時は暗がりでよく見えなかったけれど、こうやって見ると品のある顔つきをしている。口は悪いけれど、身なりはいい。服の素材も高級品だと一目でわかる。
それを見ると、本当にこの国の王子だったんだと感じる。大きな釣り目は意志の強さを象徴しているようだ。黒く輝く瞳に見つめられて、視線を逸らすことが出来なかった。
「悪いが、お前を帰せなくなった」
「な、なぜですか?」
軽く咳払いをした殿下は、私が焦ってその瞳を見つめていると、先に視線を逸らした。
「今、城内では噂がもちきりだ」
「あっ……はい」
私は先程聞いた噂を思い出す。あーあれか。殿下が女性を押し倒していたという…… 本当に噂って大きくなるものなんだ。じゃあ、それなら――
「それなら、ただの噂だし、気にしなければいいと思います!!」
「は?」
「私は全然気にしていませんし、殿下の立場だけを考えた噂に変えて、流して頂いて構いませんから」
そう、どんな噂を流されようと村に戻れば私の耳に入ることもなかろう。
女から無理矢理言い寄られ、押し倒されたのだとか、そんな噂を流せばいいと思う!!私が悪女役になりましょう!!それで問題ないはず。
「私は、ぜんっぜん、これっぽっちも、微塵たりとも気にしませんから!!」
「……」
私の勢いに押された様子の殿下は口を開いていた。その勢いのまま、私は続けた。普段は大声を出すことなどあまりないけれど、今回は私頑張った!
「殿下の方から『噂にされて迷惑だ』と、大っぴらにアピールして頂いて、構いません!!」
笑顔と共に強調すると、アーシュレイド殿下の目が点になった。
「……帰さない」
「はい?」
突如、聞こえたのは低い声。思わず耳を疑って、疑問形になる。
「帰さないと言っているだろう!!だいたい、お前の魔力がゼロなのが悪い!」
あ、あれっ!?どうしてその展開にいくの?私は驚きで瞬きを繰り返して、口をパクパク開けた。
「ちょっ……!!」
その時、私が怒るより先にレイちゃんが、身を乗り出した。だけど、いつの間にか側にいたレーディアスさんに肩を抑えられて、なだめられている。
「舞踏会が急遽、三日後にもう一度開かれる。噂になっているお前を絶対返すなと、直々の命令だ」
「誰よ、そんな命令をしてくるなんて!!」
すかさずレイちゃんが、大声で叫ぶ。殿下はため息をつき、天を仰ぐ。
「――俺の母だ」
「は?」
「え?」
それを聞いた私とレイちゃんは、二人で間の抜けた声を出した。
「面倒な人物の耳に入った」
アーシュレイド殿下の母ということは、この国の王妃様だ。そんな方の耳に入っただなんて、どういう風に伝わったのだろうか。しかも王妃様は体が弱く、あまり公の場には出ないとレ―ディアスさんが言っていたことを思い出す。
「いいからとにかく、絶対、三日後の舞踏会に出ろ。それまでは自由にして過ごせ。俺が許す」
嫌だー!村に帰ります!
そう言いたいけれど、そんな言い方をされて拒否できるほど、私の心臓は強くない。
ちっとも乗り気ではなかったけれど、渋々返事をした。……するしかなかったのだ。
**
アーシュレイド殿下から許可を貰った私は、自由に過ごすことにした。
部屋にいても、『メグ様、メグ様』と、構われ過ぎて、胃がキリキリする。正直、構われることに慣れていないので、そっとしておいて欲しい。以前の対応の方が、私にとってはマシだったと思う。
「メグ様、どちらへ行かれますか?」
「レイちゃんと約束がありますので」
質問してくる侍女にそう答えると、部屋を出た。
……だけど、これは嘘。レイちゃんは今日、レーディアスさんと騎士団の見学に行った。メグもどう?とお誘いを受けたけれど、私は断った。騎士団には興味がわかないし、何よりレイちゃんと隣に並ぶレーディアスさんに気を遣ったのだ。レーディアスさんはきっとレイちゃんと二人の方が喜ぶだろう。私は空気を読んだのだ。
侍女達にレイちゃんと一緒だと告げると、誰もしつこく私を構ってはこない。
それこそ初日の青虫事件がきいたのだ。あの件で、下手にレイちゃんを刺激してはいけないと、彼女達は学んだのだ。
私はやっと一人に慣れた時間に、胸をなで下ろした。
「はぁ……」
村へ帰ろうとしてアーシュレイド殿下に引き止められて以来、私はすっかり気落ちしていた。どうにも気分が駄々下がりしてしまう。
そうだ、こんな時こそ、癒しの楽園へと足を向けよう。ミランダさんはいつでも来てもいいって言ってくれたし。
そうして私は早速ハーブガーデンへと足を向けることにした。入口には鍵がかかっていたので、ミランダさんに言われた場所を探す。確か、並べられた鉢植えの中で、一番大きな鉢の下と言っていた。
「あ、あった」
重い鉢を持ち上げてみれば、そこにはくすんだ銀色の鍵が隠されていた。置かれていた鍵を使って温室の扉を開けた。
一歩足を踏み入れた瞬間、鼻につくのはハーブの爽やかな香り。私は深呼吸をして胸いっぱいに吸い込んだ。
**
「あら、先客ね」
しばらくベンチに腰かけて、身も心も休めていた私に、女性の声がかかった。
「お邪魔しています、ミランダさん」
「来てくれたのね、嬉しいわ」
手には小さいシャベルとバケツを携えた彼女は、今日もやる気が感じられる。ザ・職人さんという格好をしている。
「この香りと緑に、すごく癒されますね」
そう言って笑うと、ミランダさんは手に持っていた道具を置いて、私の隣に腰かけてきた。
「どうしたの?前に会った時よりも、どこか冴えない表情をしているわ」
出会って間もない彼女に悟られるぐらい、落ち込んでいるのがばれてしまうだなんて、相当表情に出ているのかしら。
私の顔をのぞきこむミランダさんからは、甘く優しい香りがする。それが何だかすごくホッとしてしまう。
「実は、少し落ち込んでいるのです。一人になりたくて、ここへ足を向けてしまいました」
「それはいけないわね。私で良ければ話してみて。無理にとは言わないけれど、気持ちが楽になるなら、ね?」
優しく言われると、少しだけ甘えてもいいのかな、って思ってしまう。
「私、実は舞踏会に出る為に村を出て、ここまで来たのですが――」
「まぁ、やっぱりあなたもそうだったのね」
ここでミランダさんが、驚いた声を出した。
「今は舞踏会のために多くの女性が集められているって聞いたし、あなたもそうかも、って思っていたのよ。だけどね、他の女性達とは雰囲気が異なって感じられて、もしかして違うのかしら?って、思っていたの」
「……はは」
ミランダさんの言葉は的確に突いてくる。何のとりえもない私、特に目を惹く程美しくもない私が、舞踏会に出ること自体が異質なのだ。
「自分でも舞踏会に出るのは場違いだって感じていました。なぜ目立つ訳じゃない私が、この場にいるのかと考えたら、全てが苦痛になってしまったのです。それで少し落ち込んでいたのです」
――しかも一度の出席では帰れないみたいだし。
私はため息と共に、想いを吐き出した。ミランダさんは一度だけ瞬きをしたあと、ゆっくりと口を開いた。