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「で、お前は、広間に人が多いと言うが、別に普通だろ」
「あれが普通ですって!?」
気が付けば、私達は結構な時間、話し込んでいた。今はこの舞踏会の規模について。私は人の多さに酔ったといえば、彼は大したことなどないと言う。
私は思わず目を見開き驚いた反応を示すが、彼は平然と答えた。
「国王の生誕祭とかになると、もっと集まるぜ?」
「そりゃ、あなたから見れば普通のことかもしれないけど、私から見たら異常なの」
会話から察するに、この人は給仕か警護する仕事をしているのだから、大勢の人間を見慣れているのだと感じた。
「だいたい、私は一日に、多くても五人ぐらいにしか会わない生活だったから、それだけでキャパオーバーよ」
「どんな生活だよ。そこは。人が住める場所なのか?」
苦笑する相手に、説明することにした。
「そうね、とりあえず、隣の家までは距離があるわ。村の人口も30人ぐらいかしら」
「ド田舎だな」
辛辣な言葉を投げつけるこの人は、結構口が悪いと思いながら話を続けた。
「だけど、水は綺麗だし、自然に溢れていて、その恵みで食べていけるわ。私はその方が落ち着く。夜は満天の星空を眺めながら、温かいミルクを飲んで流れ星を数えてみたり」
「流れ星なら、王都でも見れる」
そう言って彼は空を見上げたので、私もつられて空を見た。
「そうね。同じ空を見上げているのだけど、王都よりも村の方が星が綺麗な気がするわ。なんでだろう」
「……」
それはやっぱり、私があの場所が大好きだから、そう感じるのかもしれない。気分的にリラックスしていると、同じ景色も違って見えるのかもしれない。私は空を見上げながらも、隣の男性が私の顔を見つめているのに気づいた。なに?と言わんばかりに顔を向けた。
「王都でも『星降る丘』と呼ばれる場所は、もっとも空に近い場所だって言われているけどな」
「星降る丘……?」
「ああ、一番空に近い場所と呼ばれていて、流れ星なんて、すごく綺麗に見れるぞ」
それだけ近くで見れたらきっと綺麗で感動するんだろうな。それはとても幻想的な世界なのような気がした。
ふと見れば、隣に腰かける男性が頬杖をついて、こっちを見ていた。何かを考えているかの様子で、私をじっと見ている。
「な、なに?」
私が問いかけると、彼は組んでいた長い足を反対側に組み直した。
夜でもそうと解るほどの、くっきりとした二重瞼の大きい瞳を私に向けていた。
「……別に、連れて行ってやってもいいけど?」
「……え」
急な申し出だったから、正直驚いた。
それにずいぶん長い時間話しているけれど、私達は初対面だ。そういえば、お互いの名前すら名乗っていない。ここでうんと言っていいものか悩む。だけど行ってはみたい。しかし、そんな簡単に返事をしてはいけない。
頭の中で返事をぐるぐると迷っていると、私は重大なことを思い出す。
「あ、ありがとう。けどね、私はもうすぐ帰るのよ」
「帰る?」
「ええ」
そしてたっぷりの間があったあと、先に口を開いたのは男性だった。
「じゃあ聞くが、そもそもお前はなぜここにいるんだ?舞踏会に出るために来たんだろ?」
「それは……」
改めて聞かれると、なんでだろう。1000ペニーで身売りされた気分。
「そうね、そもそもここにいること自体が、何かの間違いだって、自分でも不思議に思う。だけどもうすぐ帰れるわ」
そう、この舞踏会が終われば、お役目ご免。あとはレイちゃんと観光して、村の皆にお土産を買って、帰るだけだよ。
「……どこに帰るんだよ」
「もちろん、村よ。畑を耕し、食べ物を作って、自給自足ね。月に一度は近くの街から行商が来るから、そこで必要な物はまとめて購入するわ。逆に作り過ぎた野菜を売ったりしたり。それにレイ……友人がいて、私と違って魔力が強いの。その力を使って、まぁ二人で楽しく過ごしているわ」
その時、一瞬だけ、男性のこめかみがぴくりと動いたような気がした。私は構わず話し続けた。
「その友人とやらは、その魔力をどうしているんだ」
「そうね、火打石を作っているわ」
「それだけか?」
「それだけって言うけどね、とっても助かることなのよ」
火打石はどこにでもある品物だけど、作り出すのは、そんなに簡単なことではない。
レイちゃんほど実力があるなら、ものの数秒で作り上げるけれど、私には無理だもの。誰にでも出来る芸当ではないのだ。
「田舎だから、正直そんなに便利な暮らしではないわ。だけど友人は火打石を作って村の皆に分け与えたりしている。そしてそのお礼に森で仕留めた動物の肉を貰ったりして、物々交換している。ようは、自分で出来る範囲のことをやって、それで人々の生活に役立っているというスタイルかな」
そう、私のレイちゃんは、基本困っている人の味方だ。だから火打石も村の為に作って分け与えている。村人はそれを喜んでいる。なんせ、今までは遠い街まで行って、わざわざ購入するか、街からくる行商にまとめ買いしていたらしいのだから。
「残念ながら、私にはそんな力は全然ないわ」
「残念……か」
ポツリと呟いた相手に視線を向けた。
「けれど、あれば皆のために使うわね」
「……皆のためって、どうやってだ?」
急に低く真面目な声が聞こえたので、私は頭を悩ませながらも答えた。
「そうね、とりあえず、火打石を千個ほど作って、村の皆に配るかな」
「そんなことかよ!」
男性は急に笑いだしたので、私は思わず力説する。
「笑うけれど、火って大切でしょう。火がなければお湯も沸かせないし、料理も作れないし。ランプの火がなければ、部屋だって暗いままでしょう」
「ああ、そうだな」
「だから私は火打石を千個、ううん、一万個でも作りたいわ!!」
そう叫んだ私に対して、彼はますます笑い声を上げた。
「さっきから火打石の話ばかりで、お前はそれしかないのかよ!」
この男の人は暗闇でもわかるほど、整った顔つきをしていると、ふと気づく。長めの黒い髪、少し吊り上がった大きい瞳は猫みたいだ。彼が肩を揺らして笑うと、耳と首元に輝く銀の装飾品が、揺れて繊細な音が響いた。
なぜ、私はこの場所で、初対面の男性に火打石の素晴らしさを語っているのだろう。そもそもこの男性は誰……?私と一緒に舞踏会を抜け出してきた給仕の人ではないの……?
疑問に思って男性の顔を見ていると、それに気づいたらしく、笑いをやめた。
そしてふと眉間に皺をよせた。そして首を少し傾げると、鼻を少し動かす。
そして、グイッとその綺麗な顔を近づけてきた。
「変だな、お前……」
「え?」
ちょっ!近い近い!美麗な顔が近づいてくる!!
「魔力の匂いが、まったくしない……。微塵たりとも感じられない」
「ちょっ……」
「おかしい。お前、人間か?」
人間じゃなければ、なんなのかー!!
「もうちょっと近くに来てみろ」
そう言うと男性は私の手を掴んだ。
「や……っ!」
急なことだったので、パニックになった私は、手を上下に振り上げた。そして何かに当たる感触がした。ハッと気づいて顔を上げれば、一瞬呆気にとられた様子の彼は、自身の頬に手を添えた。
どうやら頬に当たってしまったらしいけど、この場合は正当防衛を主張する!
「っ!お前なぁあ!!」
「きゃあ!!」
「ちょっと側に来いって言ってるだけだろ!!」
手を強く握られて、思わず身をすくめる。その瞬間、私の服の袖口のレース部分は少しだけ裂けた。ビリッとした音がしたもの。先程まで穏やかに話していただけなのに、急に近づいてくるんだもの!!それもあり得ないぐらいに近い!吐息が感じられる距離まで詰めてくる彼の顔を見れずに、私は顔を下に向ける。
「あ、お前!ちょっとこっちを向けって!!」
そんなこと言われても、真正面から対峙する勇気は私にない。それこそレイちゃんが昔から言っていた『男はオオカミ。油断をするな』その言葉が蘇る。なんて思っている矢先から、逃げ場がない!手首を掴まれ、いつの間にか体を倒され、押さえつけられている!背中に感じる冷たさは、噴水のふちに倒されているから!もしかして私……押し倒されている!?
ギョッとして顔を向ければ、不思議そうな表情で私を見下ろす男の顔があった。眉根を寄せ、首を傾げながら、大きな瞳で私を凝視している。
「メグーーーー!!」
その時聞こえた声は、私にとって救世主。――レイちゃんだ!