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そして私とレイちゃんはレーディアスさんの案内の元、舞踏会の開催されている広間へと足を向けた。


中は華やかで人の熱気がすごくて、私は気遅れしてしまう。綺麗に着飾った女性が大勢いるけれど、ここにいる皆さんが、王子の婚約者志願者なの?こんな綺麗なお嬢さん達が大勢集まって、私に白羽の矢が立つことはまずないだろうと、安堵する。

しかし、こんなに大勢の人間をいっぺんに見るのも初めてだ。さすが王都。


私は特に何をするでもなく、壁に寄りかかっていた。立食形式なので、レイちゃんはお料理に夢中だ。給仕たちは、人手が足りないように、忙しく動き回っていた。私は時間が過ぎるのをすごく長く感じながら、ため息をついた。

もうすぐの辛抱だ。この舞踏会が終われば、役目は果たしたはずだ。

そこから先は大金を手にして、王都を観光して帰るのだ。そうして元のスローライフへ戻るのだ。

そのためにも、今日という一日、いや舞踏会の時間だけを我慢すればいいのだ。

だが、主役であるはずの王子が、いっこうに姿を現さない。

特に気にもしなかったけれど、舞踏会が始まって、結構時間が経っている。

いったいどうしたのだろうか。周囲の人々も徐々に気にし始めてきたようだ。会場全体がざわついている。

そんな時、広間に響き渡る大きな声で、初老の厳格そうな男性が声を出した。


「アーシュレイド殿下は、本日体調不良で舞踏会には遅れます。それまで皆様方で楽しんでいてください」


それを聞いて、肩から力が抜けた。

こんな格好までして、一応は気を張って準備していたのに、肝心の王子は遅刻らしい。緊張して損をした。だけど体調不良じゃ、仕方ないと思う。王子も人間だもの。体調を悪くすることぐらい、あるわよね。遅刻というより、出れないんじゃないのかしら。


もしかして私と同じで緊張していたりして。まさかそれはないと思うけどね。

側にいたレーディアスさんに視線を投げれば、目を細めて若干険しい顔つきをしていた。


「……まったく。後から私も様子を伺ってくるとしましょう」

「でも具合が悪いのでは?」

「まさか。王妃様はお体があまり丈夫じゃありませんが、王子は健康そのものですよ」


じゃあ、王子は仮病なの?そう言われてみれば、私は自分のことばかり考えて、肝心の王子はこの件についてどう思っているかなんて、考えたこともなかった。

婚約者を決められることに反対をしているのか、それとも受け入れているのか――

どう思っているのだろう。だけど、そう思ったのはほんの一瞬で、すぐに私にはあまり関わりのない身分の高い人だということを思い出した。


「メグさんも、この場をお楽しみください」


そう言うとレーディアスさんは、私の元から離れて行った。一人になった私は、ため息をついた。

場違いな華やかな場、お酒のアルコールと、女性の化粧や香水の香り。

私は、自分自身がここにいることに違和感を感じる。

ふと顔を上げれば、視線の先にはお料理を片手に持つレイちゃんが、知らない男性に話しかけられている。そこですかさず、レーディアスさんが登場した。なんてタイミングの良さだ。

相手の男性は苦笑いを浮かべながらも、すごすごと退散したのが見れた。もっとも、レイちゃんは食べることに夢中なので、あまり男性に関心を示していなかったけれど。


レイちゃんはどこにいても、我が道を行くので、それなりに楽しんでいるだろう。羨ましいことだ。

レーディアスさんと談笑している姿は、なんて絵になる二人だろうと思いながら見ていた。

そして私は人混みとむせかえる匂いに疲れを感じたので、風にあたろうと思い、バルコニーから一歩外へ出た。どうせ王子はいないのだから、この場にいなくても、問題はないだろう。


見上げると空には満点の星空。村にいた時より、空が淀んで見える。それは気のせいなのだろうか。

私はついこの前までは、村にいたはずだ。

夜になるとレイちゃんと一緒に、なにもない地面にシートを敷いて、よく寝転がったものだ。

その方が星空を眺めることが出来る。私達は地面に寝転がって、よくいろんな話をした。

畑の収穫の話や、次に植える種の相談。くだらないことから、時には真剣な顔をして、深夜までよく語り合っていた。

そうして体が冷えてくると家の中に入り、モーモーのミルクを温めてから飲んで眠りについた。


それが短い期間で、ここまで変わってしまう事態が信じられない。

ガラス越しに会場を見れば、レイちゃんはレーディアスさんと話している。元より順応力のある彼女だか

ら、あの場所が懐かしいとは私ほど感じてはいないと思う。どことなく気分が浮かないのは、私だけなのかな。


それが何だか、さみしいと思ってしまう。


こんな考えじゃいけないと、もう少し風に当たりながら歩くことにした。バルコニーから下まで続く階段を使って、庭園まで降り立った。


ふらふらと歩く庭園は一定の間隔に彫刻や噴水が設置され、その石は夜なのにほのかに明るい光を放つ。

これはどういった仕組みだろうと考えながら、私は何かに誘われるように、フラフラと噴水近くまで足を勧めた。


「……あっ」


その時、私は思わず驚きの声を上げた。

そこには先客がいたのだ。噴水のふちで足を組んで横になり、寝そべっている人物がいた。


私の声と足音に気付いたその人は、すごく驚いた形相でいきなり起き上がった。

ほのかな灯りに照らされてわかるのは、整った顔つき。長めの黒い髪に大きくて釣り目。何よりも目を引いたのは、耳元を飾る装飾品。数までは数えられないけれど、結構ゴテゴテつけていると思う。彼は瞬時に立ち上がった。私の出現で、彼を驚かせてしまったのかもしれない。

背が高い男性に見下ろされ、私は身をすくめた。


「ご、ごめんなさいっ……」

「――なんだ、違った」


しかし相手の男性は私の顔を確認すると、安心したようにため息をついて、再び噴水のふちへと腰かけた。その台詞からいって、誰かと勘違いしたのだろう。


「……」

「……」


沈黙の落ちた空間がいたたまれない。私は場所を移動しようと足を進めると、背後から声がかかった。


「待てよ」

「はい?」


私は振り返ると、男性が顎で指し示してきた。


「お前、どこへ行く気だよ」


しばらく一人になりたいと思ってここまで来てみたが、ここは先客がいたようだ。ならば、他の場所まで移動するしかない。そう伝えようとする前に、彼が口を開いた。


「この噴水から先からは、なんもないぞ。それに灯りもない」


言われた先に視線を向ければ、た、確かに。今は月明かりで明るいが、月が隠れてしまっては、周囲は暗闇に包まれるだけだろう。

わざわざ忠告してくれた男性は軽装な格好で、先程広間で集まっていた正装の人達とは違う。もっとラフな格好だ。きっと給仕か警備の人なのだろう。だとしたら――


「あの、行かなくていいのですか?」


仕事をさぼってはダメだろうと声をかけると、ギロリと睨まれた。

ううっ。余計な事を言ったか。


「言われなくても、わかっている」

「で、ですよね」

「いちいちうるさい」


面倒くさそうに吐き捨てられて、ちょっとムッとした。だいたい、その偉そうな態度はなんなの。


「けど、それが仕事だと思う。それに広間は忙しそうで、人の手が足りていない様子だったし。あなたもそれでお給金を貰っているなら、なおさらよ」


お給金泥棒といわれるより、働いたほうがいいだろう。他の人は忙しそうだというのに。

私がつい声を荒げてしまったのは、この男性が私と同年代だと思ったからだ。

男性は大きな目を不思議そうに瞬かせたあと、自身の格好を見下ろした。


「………………ああ。そうか」


なんだか一人で納得したみたいで、たっぷり間があった。

そして私に顔を向けると、


「中の様子はどうだ?」

「熱気がすごくて、息苦しいほど盛り上がっているけれど……」

「くだらない。早く終わってしまえばいい」


吐き捨てる彼だけど、それが仕事でしょう。しかもさぼっている癖に、何言ってるのよ。働いていないじゃない。


「さぼってるくせに」


つい声を出してしまった。


「は……?」


言われた男性は顔をしかめて、明らかに面白くないような表情を見せた。あ、しまった。余計なことを言った。けど、間違っていない。だけど……言わなければ良かった。そう後悔し始めた矢先――


「じゃあ、お前は?こんなところにいるお前だって、俺と同じだろう?」

「うっ……」


そりゃそうだ。つい説教してしまった私だけど、図星さされて顔が引きつった。


「わ、私は、人の多さに酔ってしまったので、少しだけ涼もうと思っただけ。すぐに戻るわ」

「でも、今はさぼっているじゃないか」


ズバッと言い当てられて、返す言葉もなく、顔が引きつってしまう。口喧嘩に自信がない私は、こんな時はどう逃れようか必死になって、考えを張り巡らせる。


「クッ!……ハハハ!」


瞳をさまよわせる私を見て、男は最初堪えていたが、ついには声を出して笑いだした。


「だ、だって……」


猛烈に格好悪い思いをしている私は、顔から火が出そうだ。偉そうに説教したくせに、自分も同じだったなんて。人のことを言っている場合じゃないわ。目の前の彼はひとしきり笑ったあと、自分の横の空いているスペースを顎で指した。


「まあ、いい。座れよ」


なんだか偉そうな態度を取る人だと思いながらも、私はどうしようか迷ったけれど、なるべく離れるようにして腰をかけた。


「さぼっている者同士、お前と話でもしてやるよ」

「……はあ」


態度だけじゃなく、言い方も偉そうだと感じたけれど、それは私が田舎者だからかしら。

初対面で失礼な人だと思ったけれど、それをあえて指摘する気にはならなかった。

だって、どうせこの場だけの縁だし。特に気にもせずに、私は彼と取り留めもない話を始めた。

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