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そうして私達は王子にお目見えするという、舞踏会に出席する準備をすすめた。と、いっても、衣装合わせをしただけだ。だいたい百人以上の出席者がいるらしいので、私なんて視界の端にも入らないだろう。

それ以外は、毎日ボーッと過ごしていた。だけど、こんなことではいけない。

私も動かなくては体がなまってしまう。レイちゃんは、レーディアスさんから魔力についての話があると言われて連れ出されていたし、私だけ暇を持て余していた。


そこで庭園へと足を向けることにした。

こんな大きな城では、どこへ行っても人と会うので、正直疲れる。もっとも、行動できる範囲は限られているので、とても窮屈だ。

私の世話を焼いてくれる侍女達も、青虫の一件以来、私には近づいてこない。

むしろ話しかけると、ビクッと肩を揺らすので、何だか可哀想になる。

部屋にいると、すごく気を遣われているのがわかるので、たまに一人になりたいと思ってしまう。そんな時は、ぶらぶらと庭園を出歩いていた。ここだけは行動範囲を制限されてはいなかったのだ。

私はふと視界の端に、ある建物が目に入った、あの建物はひっそりと、庭の裏手の方に建っている。先日見つけて気になっていたので、私はその建物を目指した。

しばらく歩くと、レンガ造りの建物が目の前に現れた。天井部分だけガラス張りになっているので、日当たりは抜群だと思われた。

なんだろう、この建物は、小さな温室みたいだ。中を見たいけれど、生憎壁はレンガ造りなので見ることができない。


中は何を栽培しているのだろう。見たいな。

そんな思いで、なにも考えずにノブに手をかけた。その直後に、思いもよらない手ごたえを感じて、思考が止まった。


「……」


開いているのだ、扉の鍵が。……つまり今なら中を見ることが出来るのだ。


私は迷った挙句、そっと扉を開けた。少しだけ、ちょっとだけ見るだけならいいよね。そう思って、ドキドキしながらも足を一歩、踏み入れた。


「わぁ素敵」


思わず声に出てしまったけれど、そこは一面にハーブが広がっていた。清々しい香りに包まれて、私は感激の声を上げる。ここはハーブガーデンみたいだ。

私の畑にはない、たくさんの種類のハーブ達。それこそ、これだけ栽培していたら、管理が大変だろうに。

ハーブは好きだ。村にいた時は、畑の一角に小さいながらもハーブガーデンを作っていた。

レイちゃんは、食べられないじゃないの、と最初は渋った。だけどもハーブを乾燥させて部屋に飾ると、よい香りもするし、虫よけにもなると知ってからは、栽培を手伝ってくれるようになった。そうやって二人でハーブの栽培にも力を入れていた。

つい先日までそうしていたのに、なんだかすごく懐かしく思えてしまう。きっとそれは、私が土いじりをしていないからだろう。ああ、土いじりが懐かしい。

だからついふらふらと、この建物へと足を向けてしまったのは、本能で土の匂いを感じとったからかもしれない。


きっとここは、王宮で使用するハーブを栽培しているのだろう。

だが、鍵が開いているのは不用心じゃないのかな?自分で忍び込んでおいて、そう思う。

高級な値のつくハーブをあるし、万が一にでも悪戯で荒らされたりでもしたら大変だ。もっとも、こんな場所に建ててあるので、誰もそんなことをする人はいないか。そう思った矢先――


「誰かいるの?」


その声に思わず、ビクッと肩を震わせた。鍵が開いているということは、誰かが中で作業していたのだ。

恐る恐る振り返るとそこにいたのは、一人の女性だった。

泥がついてもいい作業用のためなのか、大きいエプロン。化粧っけのない顔だけど、とても美しいと感じた。そう、生命力にあふれた女性という感じだ。年齢は私より10歳ほど上だろうか。


「ここは立ち入り禁止よ」

「ご、ごめんなさい!鍵が開いていたので、ハーブを見たくてつい入りこんでしまいました」

「鍵?」


女性は怪訝な顔をしたあと、思い当たったようで、うなずいた。


「私ったら、鍵を閉め忘れていたのね。誰もここへは近づかないものだから、うっかりしていたわ。それじゃあ、私が悪いわね。お嬢さんは、どうしてここへいらしたのかしら」

「あの、温室のような建物が気になって、そして扉を開けたらハーブの香りがしたので、つい……」

「まぁ!あなたもハーブが好きなのね!」

「ええ。人によっては臭いとか好みもあると思いますが、心が落ちつきます」


私は周囲をキョロキョロ見渡すと、一面に植えられているハーブ達に、感嘆の声を上げる。


「ああ!あそこはレモンバーム!!あっちにはカモミールまで!」


私はいつしか興奮していた。そんな私に最初は驚いた様子を見せた女性は、クスリと笑った。


「どうぞ、見て行ってちょうだい。私の自慢のハーブガーデンよ」

「あ、すみません。いきなり入ってきて」


私の、ってことはここの管理人さんなのだろうか。見れば、大きな土作業用の帽子にエプロンに手袋。長い黒髪を一つにしばり、邪魔にならないようにまとめている。この装備は完璧だわ。


「私はメグと言います。実は私もハーブが好きで畑で育てていたのですが、ここまでたくさんの種類のハーブを見て、ちょっと興奮気味です」

「私はミランダよ」


そう言って目の前の女性は柔らかな笑みを浮かべてくれた。


「また来てちょうだい。いつもはここに鍵をかけているのだけど、そうね……鍵は温室の前に並んでいる一番大きな鉢植えの下に隠してあるから、それを使ってもいいわよ」

「でも、いいのでしょうか」


私がここに堂々と入り込んでもいいものなのだろうか。そのお言葉に甘えてもいいのかしら。


「いいのよ。普段は誰も近づかないわ。それに人に見て貰えるほうが、ハーブ達も喜ぶわ。それに私もね」


優しい言葉に甘えた私は、それからじっくりハーブを眺め、その香りを楽しんだ。そしてすっかり心が癒された気分になり、ミランダさんにお礼を言う。


「ありがとうございました。心が落ち着きました」

「いいえ。しかし、あなたも変わっているわね。あなたみたいに若い娘さんなら、綺麗な花の方が好みではなくて?」

「いえ、華美さはなくても、心癒されるハーブが好きなのです」


そう告げれば、ミランダさんは笑みを浮かべた。そんな彼女に挨拶をすると、温室をあとにした。少しの時間だったけれど、心が癒された。やっぱり閉じこもっているだけじゃなくて、少し行動範囲を広げて良かったと心から思った。


**


そしてついに迎えた、舞踏会当日。

一人では心細いので、レイちゃんに同伴してもらう。それが条件で舞踏会へ出席するのだ。だいぶ緊張するけれど、これが終われば、私達は自由の身!晴れて大金を持って村に帰れるのだ。村長への土産のラビラの帽子も忘れずにね!

私は侍女から渡されたドレスに袖を通す。

用意されたドレスは薄いクリーム色の可愛らしいデザインだった。

胸元と袖口には可憐なレースがあしらわれてあって、ウェストラインから足元へとふんわり広がった、柔らかな印象のドレスだ。髪は巻かれてクルクルして、トップだけねじってまとめ上げている。そこに白い花を挿して、華やかな印象に出来上がっていた。

自分自身を着飾ると、やはりテンションがあがる。これもいい思い出になるのだろう。

こんな豪華なドレスを着て着飾ることは、もうないのだから。


「うわぁー!メグ、可愛いねぇ!そのドレス似合っているよ!!」


レイちゃんが部屋に入って来ると同時に、私を褒めてくれるものだから、照れてしまう。

だけどそんなレイちゃんこそ、体にピッタリとフィットしたドレスを身に着けていた。細身だけど、出るとこは出ているレイちゃんだからこそ似合う、薄いブルーの着る人を選ぶドレス。そして、裾広がりのドレープ素材がなんともいえずに素敵だと思う。それに合わせて髪をまとめ上げ、そこから見えるうなじにおくれ毛が、魅力的だ。


「レイちゃんこそ、そのドレス、すごくピッタリじゃない!」


お世辞なしにそう褒めれば、レイちゃんは少し頬を染めて嬉しそうに微笑んだ。そんな表情を見て、こんな部分は女の子らしいと思ってしまう。たまにはこうやって着飾ることも大事だよね。

あ、なんだかお互いを褒め合って、背中がこそばゆくなってきた。そんな時、ノックされたので返事をする。

見ればレーディアスさんが登場。胸には勲章のついた上着を羽織り、長い足に沿ったブーツは、細身の彼によく似合っている。きっとこれが騎士団の正装なのだろう。

これまた絵になるお方だ。


「お二人とも、よく似合っています」


はいはいはい。すっごく社交辞令だとわかる。なぜなら彼の視線は――


「レイさん、素敵です」


部屋に入って来るなり、真っ直ぐにレイちゃんに注がれていたからだ。しかも、いつになく熱い視線だと感じるのは、いつも以上に綺麗なレイちゃんを見て、軽く興奮状態なのかもしれない。危険な香りがする、要注意だ。ここはよく見張っておかないと。


「やはり細身のデザインを選んで正解でした」


え……その言い方はまさか……。私が気づいたように、レイちゃんもその意味に気付いたようだ。

レイちゃんは身に着けている自身のドレスを見回しながら、


「え、これレーディアスが選んだの?」

「ええ、そうです」


なんてことはない風に微笑むレーディアスさん。レイちゃんは、そんな彼の顔を真正面から見つめると、瞬きをしながら、口を開けた。


「なんていうか、慣れてるねー。さすがだわ」


レ、レイちゃん、またそんなストレートに食らわせてしまって、大丈夫なのだろうか。

だが、全く嫌味を含まない言い方なのが、さすがはレイちゃんだ。思ったまま素直に伝えただけだ。


「でも、ありがとう」


そしてお礼も忘れない。首を傾げて笑みまで見せた。化粧をしているレイちゃんは、いつも以上にとても綺麗だと思う。

きっとこの笑顔を見れただけでも、レーディアスさんがドレスを選んだかいがあったんじゃなかろうか。そんな表情だった。


「じゃあレーディアス、場所まで案内お願いね」


レーディアスさんはそんなレイちゃんを、どう思っているのだろうか。

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