表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/49

11

広い廊下を進むと、一室の扉が目の前で開いた。そして中から、血相を変えた侍女が一人、転がるように飛び出してきた。


「だ、誰か……!!」


言葉にならない叫びを聞いて、この部屋で間違いないと確信した私は、部屋へと飛び込んだ。


「ほら、遠慮しなくていいわよ!!」


うぉーーー!!しまった、遅かった!!間に合わなかった!!


「これが極上の焼き菓子だと言うのなら、食べてみなさいよ!!」


私が目にした光景は、一人の侍女の上に、レイちゃんが馬乗りになっていた。そしてレイちゃんの手には青虫がのっていた。クネクネとその存在を、アピールしていた。そして、その手は馬乗りになった侍女の口元へと、今にも押し付けられそうになっていた。


ひどく眩暈がした。


侍女は手で口を押えながら、青虫を食べさせられないように必死だ。もう涙目だ。


侍女たちは、一番喧嘩を売ってはいけない人物に、喧嘩を売ったのだ。

それを今は、身をもって知っている最中だろう。

現に誰も彼女を止められない――


「ほら!!美味しいからどうぞというのなら、食べてみせてよ!どんな味かを教えてよ!!」

「レ、レイちゃん……」


空気が凍っている。周囲の皆、ドン引き。

私が声をかけると、その場にいた侍女達がいっせいに私を見た。まるで、彼女を止めてくれとでも言いたげな視線を投げてくる。

自分たちが蒔いた種でこうなって、ここで私に頼むのは少し調子がいいんじゃないの?そう思ったけれど、そんなことも言ってられない。


「自分がねぇ、されちゃ嫌なことは、人にしてはダメなんだよ!これ常識!!――わかった!?」


馬乗りになられた侍女は、涙目になりながら、コクコクと頷いた。この場にいる誰もが彼女を止められずに、呆然とその光景を見ていた。


「……レイちゃん」

「あ、メグ!!」


再び、私が名前を呼ぶとレイちゃんは、パッと顔を輝かせ、馬乗りになっていた侍女から離れた。


「レイちゃん……この騒ぎは……」

「あんまりにも、ねちっこい女みたいな嫌がらせするからさ、ちょっと怒ってやったよ!!」


いや、レイちゃん彼女達は女性ですから。


「もしやメグ……」


レイちゃんがハッとして顔を上げた。


「あんたもやられた?焼き菓子に混じって青虫出された?」


ひっ……!!

レイちゃん、顔怖い怖い。声が低くドスがきいてる。レイちゃんの様子を見て、周囲の侍女達がますます顔を青くして、目を伏せた。やっぱり、皆グルだな。


「よーし!!メグに青虫出した侍女に、今から食べさせに行くか!!」


部屋を出て行こうとするレイちゃんの腕を、慌てて掴んでとめる。


「レ、レ、レイちゃん!私は大丈夫だよ、焼き菓子だけしか出されてないよ」

「……本当?」


レイちゃんが探るような眼差しを向けてくる。これは、絶対怪しんでいる。


「うん、美味しい紅茶と一緒だったよ!!」

「ふーん」


どこか腑に落ちない表情をするレイちゃん。


「なんで私にだけ、意地悪するんだろ。頭にくるわ。もしかして私が大人しそうだから、反抗しないとでも思ったのかしら?」


素で不思議そうに首を傾げるレイちゃんだけど、それはない。

むしろ、このレイちゃんによくぞ、こんなことをした。あっぱれ、逆に褒めてやりたい、侍女達のその根性を。

昔からレイちゃんは、やられたらやり返す。大人しく黙ってなんていない。

その分、情にも厚い性格なので、私が嫌がらせをされたら、自分のことのように怒ることもしばしだった。ただ、『倍返し』が基本なので、その光景に、私が青くなる場面も多々あった。


シャーと牙を出して威嚇するレイちゃんは、まだ怒り冷めやらぬといった様子だ。

無理もないか。青虫を出されるなんて、イタズラでもやり過ぎだ。


「いい?集団で嫌がらせされたらね、一番ボスだと思う奴にかかっていくんだよ。下っ端一人を潰したところで埒があかない。主犯格だと思う奴に当たりをつけて、そいつを真っ先に潰すんだよ。昔、先輩がそう教えてくれた」


あの……学生時代はどんなだったの?レイちゃん……。

レイちゃんなりのケンカ道を語ってくれましたけど、それって必要な知識なのかしら。


その時、騒ぎに気付いたらしい年配の侍女が一人、飛んで来た。どうやら侍女頭らしく、事情を聴いている。

侍女たちは罰が悪そうな顔をしてうつむいている。無理もない。ほんの悪戯のつもりが、返り討ちにあったのだから。


状況を尋ねられたレイちゃんは、


「いえ、大丈夫です。美味しいお菓子を出して貰っただけです。その時に彼女達が、少し粗相をしてしまったのです」


意外にも、侍女たちを庇った。これには私もびっくりしたが、侍女たちが一番驚いているだろう。

口を半開きにして、瞬きを繰り返している。


「まぁ!!それは申し訳ありません」

「いえ、彼女達も次からは気を付けてくれるでしょう」

「お優しい言葉をありがとうございます」


深々と頭を下げた侍女頭に、レイちゃんは頭を上げるように言い、優しい口調で語りかけた。


「ですが、次に同じことがありましたら、その時にはさすがに私も、怒ると思います」


美人なレイちゃんがにっこりと微笑むと、その破壊力は抜群だ。しかし、その笑みの真の意味を知っている私と侍女たちは目を伏せた。こ、怖い――。 侍女達よ、あの微笑みを見て、レイちゃんを敵にまわすなんて馬鹿な考え、即効捨て去るべし!


レイちゃんを怒らせると大変だ。なにせ、火の玉みたいな彼女なのだから。

しかしもう二度と、同じことはないと思うよ、レイちゃん。


そして皆に退室してもらい、レイちゃんと二人っきりになると、ドッと疲れが出てきた。

ソファに腰を掛け、深く沈みこんだ。


「しかし何で、こんな嫌がらせをされたのかしら。私が悪いことをしたなら、謝るけどさ。身に覚えもないわ」


どこかまだ納得していない様子のレイちゃん。

白黒はっきりつけたい性格の彼女だから、そう考えるのが普通だ。

だから私は先程見た、レーディアスさんと女性とのやり取りを、隠さずに教えた。ここは正直に話すべきだと思ったのだ。仮にレーディアスさんがレイちゃんを気に入ってたとしても、彼を庇う義理は今のところない。それどころか、今後のレーディアスさんとの関係をレイちゃんはどうするのだろう。今すぐじゃなくても、選ぶのはレイちゃん自身だ。その為にも、耳に入れておくべきだと判断したのだ。


「そうなんだ、罪な男だね、レーディアスも」

「うん。そう思う」


先程目にしたことをレイちゃんに話して聞かせると、レイちゃんは呆れたようにため息をついた。


「まぁ、人それぞれだし。私は自分に害がなければ、誰が何してようと別に構わないけどね。でも、個人的にそんな男は好きじゃないかな」


――はい、レーディアスさんの株が下がったよ。


「私も女性に不誠実なのはダメだと思うよ」

「ん、珍しいね?メグがそう言い切るなんて」


そう言って笑うレイちゃんだけど、当然ですよ。私の親友の未来が掛かっているかもしれないのだから。下手な男性にレイちゃんのことを、渡せないよ。――さて、今後は名誉挽回することは、あるのかな。


「ところでレイちゃん、魔力の試験はどうだったの?」

「うん。コントロールが出来るところを見せたら、あっさりクリア。この魔力で、国に仕える王宮魔術師にならないかと誘われたけど、お断りした」

「断ったの!?」

「うん。面白くなさそうだし」


ケロッと言うけれど、レイちゃん、それは凄いことだと思うよ。才能ある人にしか出来ないし、お給金だって破格だよ。それを伝えてみると、


「だって、人に縛られた世界で自由がない。それより火打石を作って、村民に配っていたほうが、魔力が役立っているって実感するわ」


忘れていた、レイちゃんは面倒なことが嫌い。


「村の皆の喜ぶ顔も見れるしさ。それに畑仕事をしたいよ。土が懐かしいわ」


それは同感するといわんばかりに、私も深くうなずいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ