表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/49

10

そして私達は無言のまま足を進めた。


長い廊下をしばらく進み、角を曲がると、一室の前に人影があった。どうやら壁に寄りかかっているみたいだ。私がそれに気づくと相手も気付いたようで、壁からパッと離れた。


「あ!来た来た!!メグ―!!」


レイちゃんの声だ。私に気付いて手を振っている。少しの間だけ離れただけなのに、その姿を見てホッとするなんて、私はレイちゃん依存症かもしれない。


「レイちゃん」


その時、私は隣を歩くレーディアスさんの顔をそっとのぞき見る。レーディアスさんは、レイちゃんを視界に入れたあと、一瞬口元を綻ばせた。そして新緑色に輝く瞳に宿る色が、優しくて甘い感情を示していたのを、感じ取ってしまった。

決定的な瞬間を見てしまった気がして、私は慌てて前も向く。

もしかして、いや、やっぱり、レーディアスさんってレイちゃんのこと、気に入ってる……?だって、先程会った女性とは、対応の差がすごい。

それに、すっごく優しげに目元を綻ばせたこと、自分で気付いていないのかな……?

私の予感が当たるのか、これから見極めが大事だ。レーディアスさんの気持ちも、人柄も。


「良かった、遅かったから、心配していたんだ」


何にも気付いていないだろうと思われるレイちゃんは、いつもと同じ明るい声を出す。


「レイちゃんこそ、早かったんだね」

「うん、あっと言う間だったよ。楽勝」


魔力を量るとか言っていたけど、案外簡単だったみたい。あとでじっくり話を聞こう。


「私はすぐに解放されたんだけど、ここがメグの部屋になるって聞いて、扉の前で待っていたんだ。私の部屋は、ここからもうちょっと先だよ。私も部屋に戻って着替えるわ。そしたら、また来るからね」

「うん」


そうして私達の会話がひと段落ついた頃、レーディアスさんが微笑みながら口を開いた。


「レイさん、無事に終わりましたか」

「あ、レーディアス」


レイちゃんが驚いたように片眉を上げた。

まるで、今気づきましたと、言わんばかりの言い方に、私はギョッとする。私の隣に立つ彼に、気づかないなんて……。こんなに目立つ人なのに。よほど私しか目に入っていなかったらしい。それに対するレーディアスさんは気にした風もない。


「じゃあ、今から着替えに戻るわ」

「うん、わかった」


レイちゃんが忙しそうに踵を返す。せっかちな彼女は、早く着替えて私と合流したいのだろう。私も話したい事がたくさんある。


「あ、それと……」


数歩進んだところで、レイちゃんがクルリと振り返る。


「レーディアス、メグの着替えをのぞいちゃ駄目だからね!!」


真面目に言うレイちゃんだけど、何を言い出すのか。むしろ私より、レイちゃんの着替えの方が見たいだろう、レーディアスさんは。

笑いながら手を振って部屋に戻るレイちゃんを、隣で並ぶレーディアスさんと見送ると、彼が口を開いた。


「レイさんは、いつでも天真爛漫ですよね」

「ははは」


少し呆れたように言うレーディアスさんだけど、自分で気づいてる?ずっとレイちゃんを目で追ってるよ。そして嬉しそうだよ?さっきの女性を相手にした時とは、まるで違う表情をしているよ?


「あ、そうだ、メグさん」

「はい、何でしょう」


思い出したように口を開いたレ―ディアスさんは、急に顔を引き締めて私と向き合う。


「先程の女性のように、私にあしらわれた女性が少なからず、この城にはいます」

「は、はい」


そりゃ、あの女性一人だけじゃないだろうな。もてそうだしね。


「ですので、メグさんとレイさんは、私が連れてきた女性ということで、周囲から冷たい対応をされるかもしれません」

「えっ!?」

「何か問題がありましたら、すぐに私に知らせて下さい。即、対処します」


にっこりと笑うレーディアスさんだけど、それって……。

そして私は気づく、気づいてしまう。

もしかして私達は敵の中。あらぬ誤解や女性の嫉妬を受けることになる立場?だけどそれは、私達は関係ないし、レーディアスさんの問題じゃないの?女性達にどんな態度を取ってきたのかは、よく知らないけど、ま、巻き込まれたくない……!それに『対処』って、どうするの?き、気になるけど、聞けない……!


そんな言葉は胸の中にしまった。口に出せない私は小心者なのだ。

そしてレーディアスさんと別れ、あてがわれた部屋に入る。着替えなどを一通り済ませた頃、三名の侍女が、カートを押して部屋に入ってきた。

どうやら紅茶を淹れてくれるらしい。喉が渇いていた私は、ありがたく頂くことにした。

ああ、やっとホッと一息つける――

私は革張りの高級ソファに腰を沈め、流れてくる紅茶の香りを楽しみながら、心待ちにしていた。


**


「さあ、お召し上がり下さい」


紅茶と共に差し出された皿の上には、甘い香りと軽く焦げ目がついて、シナモンがふってある焼き菓子がのっていた。バターの香りがして、とても美味しそうだ。

だが、侍女たちは顔を見合わせ、クスクスと笑っている。

そして私はこの場で一人、凍りついている――


「さぁどうぞ」

「……」


私は無言になる。なるしかなかった。


なぜなら皿の上の焼き菓子には、お客様がいたのだ。

焼き菓子の上でもぞもぞと動いているのは、青虫ちゃんズ。

最初は焼き菓子の飾りかと思って目を疑ったが、どうやら錯覚ではないらしい。

元気に動く飾りなど、あるものか。


いーち、にーい、わぁ、数えてみればなんと、三匹ものっていた。


焼き菓子がもったいない!なんてことをするのだ!!

正直、畑仕事をしていた私から見て、こんな青虫ごとき、摘まんでポイとするのは朝飯前なのだが、幼稚な嫌がらせにため息が出る。


美味しい野菜を食べている時に捕えられ、焼き菓子の上に乗せられて、青虫からみても迷惑な話だ。もちろん私にとっても。

それにこの虫は細いほうだ。畑仕事の最中には、私の親指ぐらいにプリプリに太った虫もいたぐらいだから。

さてどうしようか……。

レーディアスさんと離れた瞬間、早速の嫌がらせ。きっと彼と離れることを、侍女たちは待っていたのだろう。

しかし、ここで平気で青虫を摘まんでしまえば、次からもっと手の込んだ嫌がらせをしてくるだろう。

だったら、キャーとか言って叫べばいいのかな?その方が今後のためにも、得策かしら?


あー、どうしようかな。

侍女達が私の反応を、今か今かと思って見ている。ここはやっぱり期待に添えて……

私はすうっと息を吸い、軽く叫ぼうと思ったその瞬間、ハッと我にかえる。私は一番大事なことを思いだしたのだ。こうしちゃいられない!!

強い力で机に手をつくと、大きな音がする。その勢いで立ち上がると、側にいた侍女は驚いた顔をしていた。


「レイちゃんは!?」

「はい?」

「レイちゃんはどこ?彼女にはこんなこと、してないわよね!?」


私は必死の形相になって、青虫のいる皿を指でさした。


「さぁ?わたくしには、なんのことですか、さっぱり……」


私の動揺を面白そうに顔を歪めて見ている侍女達は、何かを勘違いしている。それが、なんとも言えずにもどかしい。


「教えて!!」


思わず声を荒げたその時、どこからか、何かを切り裂くような甲高い声が聞こえた。

――女性の叫び声だ。

それが聞こえた瞬間、私は一目散に部屋から飛び出し、その声を頼りに走った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ