空色
少年はその日、長い眠りから覚めたばかりであった。
「まずはこれを見てくれ」
年配の男にそう言われ、ベッドから上体を起こした少年は、じっとスクリーンを見た。画面はただ一つの色で塗り潰されていた。他には何も映っていない。
「何だと思う?」
年配の男が訊ねる。
「空……ですか?」
少年は答えた。
「よろしい。じゃあ、次」
プロジェクターと繋がれたパソコンを男が操作する。一瞬間の暗転の後、画面はまた、一色に塗りつぶされた。今度は先ほどと別の色で。
「何だと思う?」
「黄色……?」
「じゃあ、次だ」
再びの暗転の後、スクリーンに映し出される、またも違う色。
「これは?」
「ええっと、血ですか?」
「オーケー。ちょっと休憩しよう」
そう言って。男は席を外した。部屋に一人取り残された少年は、手持無沙汰からか、ただ天井を見つめていた。
背は高いが、まだどこかあどけなさの残る顔つきの女性。廊下を歩いてくる年配の男に気付いた彼女は訊ねた。
「例の子、どうでした?」
年配の男は暫し考え込む様子を見せてから答えた。
「ううむ。一応、後で改めて目の検査もするがね。少なくとも今は……青色を見て空だと答え、白色を見て白色だと答えた」
途端、女性は目を丸くした。かと思うと大きく溜息を吐いてから言う。
「まだ混乱してるんじゃないですか? 空は白いに決まってるのに」
同調して頷く男と並んで、女性は廊下を歩いて行った。
翌日。まだ空の色が“青”だと言い張る少年を連れて、二人の研究者は外へと出た。ほらどうだ、と言わんばかりの二人をよそに、少年は笑いながら言った。
「やだなあ、曇ってるじゃないですか。こんなのずるいですよ」
一本取られたとばかりに笑い続けている少年に、男は恐る恐る訊ねた。
「くもってる、ってなんだい?」
この時人類は、いや、地球上のすべての命は、もう一万年近く、晴れた空を見たことがなかった。