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 死体の上を移動してきたヌエに気付けなかった数馬。

 突然すぎて、ヌエと対峙している自分に実感が持てない。身長180センチあまりの数馬は、しゃがんでいる状態。ヌエを見上げる格好になっている。目の前のヌエが階段に横たわる死体の上に乗っていることもあって、実際の見かけより、はるかに大きく見えた。

〈ヒョロロロロロロ!〉

 翼をぱたぱたと小さく動かし、大きな声で鳴くヌエ。

 数馬の全身に2つの戦慄が走る。全身の表面が波打ち、毛が逆立つ〈恐怖の戦慄〉。そのあと、全身を芯から凍らせる〈死の戦慄〉。全ては一瞬のことだった。

 数馬が銃口を向けるよりも早く、ヌエが飛びかかってきた。

「うっ……」

 扉に背を打ちつける数馬。鉄扉が音を立てた。飛びかかられた衝撃は大きかったが、のしかかられた重みはさほど感じない。

 ヌエの攻撃をとっさに銃で受けた数馬。うまくいった。直接()みつかれることはなかった。銃の側面をくわえるヌエの息がヘルメットのシールドを曇らせる。

「ううっ……」

 〈ゴツッ、ゴツッ〉と、鈍い音がヘルメット越しに聞こえてくる。のしかかったヌエが数馬のヘルメットを貫こうと、その異様に長く先端の尖った尾を器用に打ちつけてきたのだった。

〈サトちゃん! ……ボゴボゴボゴ……〉

 無線から女性店主の声が聞こえてくるような気がするが、よく聞き取れない。まるで水中にいるようだ。今の数馬の感覚は全て視覚に注がれていた。

 ――実際、女性店主が無線を握りしめて叫んでいたのは、次のようなことだった。

「サトちゃん! ふんばって! すぐに旦那が行くから! がんばるのよ!」

 叫ぶ女性店主の後ろで、モニターを見ていた茜が、ぱっと駆けだそうとした。しかし、その直前、強化防護服姿の男性店主に左腕で抱きかかえられた。

「俺のかみさんを悲しませるな……」

 と、男性店主は穏やかな口調で言うと、茜を女性店主のそばに置いた。

 大切なものを扱うように茜を抱え込む女性店主。

「行ってくる」

 と、男性店主。右手に持っていた古風な自動散弾銃を肩に担ぎ、小走りで長椅子をすり抜けて、通用扉に向かう。ロッカーのそばでうずくまる三浦に冷たい視線を向けると、通用扉を出ていった。

 その姿をじっと見送る女性店主。茜は、自分の二の腕に手を添える女性店主の力が、ぎゅっと強まるのを感じた。

 ――そのころ、数馬は、ヌエを牽制(けんせい)しようと、銃がくわえられた状態で、その引き金を絞った。

〈ダタンッ!〉

〈カンッ!ツンッ!〉

 銃の反動で頭を揺さぶられながらも頭を押し込んでくるヌエ。銃声には動じない。跳弾の音がむなしく吹き抜けに響く。

「うっ……、うっ……」

 必死にヌエを押し返そうとする数馬。

〈ドスッ、ドスッ……〉

 ヘルメットに打ちつけていた尾の先を、防弾防刃チョッキに刺してくる。そのチョッキと、生物化学兵器用の強化防護服を着ていなければ、生きていなかっただろう。

〈ギッ、ギッ、ギッ……〉

 絹鳴りのような、しかし繊細さのかけらもない音が聞こえたと同時に、左腕に刺激を感じた数馬。その方向をちらりと見ると、別のヌエが扉の隙間に前足を入れ、鋭い爪で数馬の左腕をひっかいていた。その動きは、まるで猫だ。

 銃を握っていた右手を放し、腰のナイフをまさぐる数馬。

〈フヌゥ……、フヌゥ……〉

 聞こえるのはヌエの鼻息。数馬は左手だけでヌエを押し戻す。ヌエは、鋭い左爪で数馬のヘルメットをひっかく。

「んあッ!」

 右手につかんだナイフをヌエの首に突き立てた数馬。一瞬、〈プツッ〉というような感触のあと、果物を切るよりもたやすく、その刃がヌエの首に奥深く入っていった。スポンジでできたぬいぐるみに刃物を刺したら同じような感覚を得られるだろうか。

〈ピキイイイイイッ!〉

 銃から口を放し、鳴き声を上げるヌエ。数馬は、この機を逃さず、ナイフから手を放して、銃を構えると、引き金を絞った。

〈ダタンッ!〉

 ヌエの頭部が熟れたトマトをつぶしたように()ぜた。その凶暴な見かけに似合わないほど、柔らかい。

 頭部が吹き飛んだヌエを押しのける数馬。体を起こすと、今度は、扉の隙間に銃口を向け、別のヌエの頭を狙って引き金を絞る。

〈ダタンッ!〉

 ――強化防護服姿の男性店主が、その2発の銃声を聞いたのは、避難階段の扉を抜けた直後だった。

「サトちゃん! 大丈夫か!?」

 無線を入れる男性店主。

『大丈夫です!』

 数馬の答えが返ってくる。

「そこで待てるか!?」

『はい!』

「すぐ行く!」

 と、言って、自動散弾銃を構え、周囲を警戒しながら、階段を上る男性店主。

「こりゃあ……、ひでえ……」

 男性店主が思わずつぶやいた。

「いろんな戦場をわたってきたが、こんなの見たの、初めてだ……」

 階段を上る途中、死体に足を取られ、よろめく。数馬の時と同じだ。

 ヌエの死体からナイフを回収する数馬の姿が見えると、構えていた散弾銃を小さく上げ、合図を送る男性店主。

 数馬は、会釈してそれに応えた。

「扉は、俺が押さえとこう」

 と、男性店主。よろよろと死体の上を歩きながら近づいてくる。

「遺体がつっかえて、扉が開かないんです」

 安全装置をかけて、銃を肩に提げる数馬。

「よし、一緒に開けよう」

 と、店主。散弾銃を肩に提げ、数馬のそばまで来ると、扉を強引に押した。

 扉に寄りかかった状態で、そのまま体重をかける数馬。床の死体が滑り、うまく押せない。しかし、扉は少しずつ動いている。

「よし、ここまで開けば大丈夫だ。任せてくれ。ヌエが来ないように見張ってくれ」

 と、男性店主。扉は人ひとりがやっとすり抜けられるくらいの幅になった。そこに自分の体を滑り込ませると、両手と片膝を使って、強引に押し開く。人ひとりが楽に通れる幅まで開くと、さらに足の裏を扉の枠に押しつけて脚をぐいっと伸ばした。

 扉は、1階のホールとコンコースの一部が見渡せるほどに開いた。

 手前には、太く四角い柱。無機質な避難階段の扉がホールやコンコースの通行人から直接見えないよう、美観的な意味も込めて設けられた柱だろう。足元から奧まで、人の死体散らばっている。さらに奥に見えるのは、地階へ通じるエスカレーターの一部のようだ。今いる位置からは見えないが、柱の向こう側には、2階に通じるエスカレーターがあるはずだ。

 ほの暗いホールの奧から、白い固まりが急速に近づいてくるが見えた。ヌエだ。

〈チャッ……〉

 扉に背中を預け、扉の枠に足をかけた状態で、自動散弾銃を構える男性店主。ヌエの顔が見えたところで、引き金を絞った。

〈ズダンッ……タタアアアン……!〉

 荒々しい銃声が館内に大きく響く。思わず目を閉じる数馬。銃弾を受けたヌエは、ふらりとよろめくだけで、なおも向かってくる。しかし、最初の勢いはない。

 男性店主の後ろでしゃがむと、男性店主の脚の間からヌエを狙う数馬。いつでも援護できるようするためだ。

 男性店主は、ヌエの顔がはっきり見えたところで、もう一度引き金を絞った。

〈ズダンッ……タタアアアン……!〉

 大きな銃声が響く。ヌエは、血しぶきを上げ、手前で転がり倒れた。

「もっと手強(てごわ)いと思ったが、12番の鹿撃ちで行けるな……」

 そうつぶやいて弾を継ぎ足す店主。

「サトちゃん、悪いけど、股をくぐって進んでくれ。扉は俺が押さえとくから」

 という店主の言葉に従う数馬。四つんばいでくぐり抜ける数馬の目に、幾重にも顔が裂けている死体が映った。ヌエの鋭い爪にやられたのだろう。丸い形をとどめていない眼球が顔からはみ出ている。

「サト! 動くなッ!」

〈ズダンッ……タタアアアン……!〉

 大きな銃声と、その音響に思わず肩をすくめる数馬。プラスチックの薬莢(やっきょう)が床に落ちて軽い音を立てた。店主が発砲したのだった。

「まだ動くなよ!」

〈ズダンッ……タタアアアン……!〉

 ホールやコンコース、避難階段の吹き抜けに跳ね返った発砲音が複雑に反響し、少し遅れて耳に届く。

「動いていいぞ! まだいるかもしれん! 気を付けろ。サトの背後と避難階段は俺が見張っているから」

 数馬をまたぐような形で声をかける店主。

「はい!」

 と、返事をして体を起こす数馬。避難階段の扉を背にし、銃口を向けながら周囲を確認する。

 右に、鉢植えの木を並べて仕切られたコンコースの脇通路。店主が仕留めたヌエの死体が2つ、人間の死体に混じって転がっている。

 正面に見えるのは、ホール。ここにも人の死体が至る所に転がっている。遠くの突き当たりに飲食店が軒を連ね、視線を上に移すと、2階に通じるエスカレーターの裏側が見える。エスカレーターの下にあるのが配電室の扉だ。

 左には、折り重なる死体の向こう側に、清掃用具室の扉と、入り口共用の男女別トイレが見える。

 今のところ、ヌエの姿は見えない。

 数馬は、正面に見えるエスカレーターの下に向かうことにした。

〈ヒョー、ヒョー……〉

 どこからか、ヌエの鳴き声がする。

『油断するな……。来るかもしれんぞ……』

 店主からの無線が入る。

 銃を構え、身を低くしながら慎重に歩を進める数馬。次の瞬間、上空から白い固まりがぶつかってきた。

「うぐっ」

 後ろによろめいて尻もちをつく数馬。銃を向けた瞬間、ひらりと空中に舞い上がった。ヌエだ。姿が見えなかったのは、吹き抜けのホールの上で浮遊していたからだった。

〈ヒョロロロロロロ……〉

 バサッ、バサッ……っと、羽ばたきながら、攻撃態勢を取るヌエ。数馬が銃で狙おうとした次の瞬間、右の方向から獣が駆けてくる音が聞こえてきた。

〈チキチッ、チキチッ、チキチッ……〉

 音のする方へちらりと視線を向ける数馬。エスカレーターの脇から、ヌエが駆けてくる。

 もう一度正面へ視線を戻す数馬。飛んでいたはずのヌエの姿が消えていた。

 焦る数馬。羽音の方向から、自分の背後に回られたと悟った。

 ますます焦る数馬。エレベーターの脇から駆けてくるヌエは、もう目の前に迫っている。

〈ズダンッ……タタアアアン……!〉

 次の瞬間、大きな発砲音がホールに響いた。

 銃声が聞こえた方を向く数馬。空中にいたヌエが落下している。

 それを見た数馬は、エスカレーターから迫り来るヌエに集中する。ヌエは頭を下げ突進する体勢を取っていた。毛並みまではっきりと見える。距離は2メートルもない。

〈ダタンッ!〉

 引き金を絞る数馬。ヌエの肩が血しぶきを上げる。勢い余ったヌエは、数馬の足元に突っ込んできた。

 足を取られ、前のめりになる数馬。

〈ピキイッ! ピキイッ……!〉

 数馬の足元でヌエがじたばたと暴れている。数馬は、立ち上がってやや距離を取ると、ヌエの頭を狙って引き金を絞った。

〈ダタンッ!〉

 ぐったりとする目の前のヌエ。

〈ピキイッ!ピキイッ……!〉

 しかし、ヌエの鳴き声はやまない。

〈ズダンッ……タタアアアン……!〉

 館内に大きく響く銃声。墜落したヌエに、店主がとどめを刺したのだった。

「敵が多すぎる! 2人で行こう」

 店主が駆け寄ってきた。

「背中合わせで行くぞ! 弾はいくつ残ってる?」

 弾を継ぎ足しながら聞く店主。

「5発です……」

「4発じゃないのか!?」

 店主は、数馬が誤って1発排莢(はいきょう)していたのを覚えていた。しかも、避難階段で撃った銃声も全て聞いていたらしい。

「あっ……」

「大丈夫か? 忘れるなよ!」

 店主は、軍隊の教官のような口ぶりで言った。

「よし! まずは、自動階段の下だな」

「はい!」

 銃を構えてエスカレーターの下へと向かう数馬と店主。数馬は進行方向、店主は後ろをを向いて進む。

 今のところ、ヌエの気配はない。

 エレベーター下の何も書かれてない鉄扉にたどり着いた2人。数馬が、右手で銃のグリップを握ったまま、ドアのノブを左手で握る。

〈ガチャガチャ……〉

 施錠されているようだ。

「中から鍵をかけてるかもしれん。一応、戸を叩いて、声をかけてみよう」

「はい」

 ドアをノックする数馬。

〈ダンダンダンッ……〉

「誰かいますかあ!?」

 扉に耳をあて返事を待つ数馬。しかし、扉の向こうからは何も聞こえない。

〈お~ぃ……ぁれか~……タン、タン、タン〉

 それとは別に、全く別の方向から男性の声と壁を叩く音が聞こえてくる。

「どうだ?」

 と、店主。

「いないみたいです……。別の所から人の声が聞こえませんか?」

「ああ、聞こえた。誰か生きているな。手洗い場に行ってみよう……」

「はい」

 トイレに向かう2人。自動小銃を構えた数馬が先頭、自動散弾銃を構えた店主が背後を警戒しながら進む。

〈ぁれか~……お~ぃ……タンタンタン〉

 男性の声と壁を叩く音が再び聞こえる。

「サトちゃん、焦るな。ゆっくりでいいぞ……」

 店主が数馬の背後から声をかける。

「はい」

 トイレの入り口の付近にも死体が転がっている。逃げ切れなかった人たちだろう。

〈誰か来てくれ~! 町方のひとォ~! 兵隊さ~ん!〉

 トイレから男性の声がはっきりと聞こえる。〈町方の人〉とは、この世界の警官のことである。

 数馬の視界には、左側に避難階段の扉、右側にトイレの入り口を捉えている。普段なら10秒前後で移動できる距離も、今は想像以上に遠い。

 トイレの入り口から不意に小型のヌエが飛び出してきた。真っすぐ数馬に向かってくる。

 銃口を向ける数馬。ヌエの頭部と、小銃の照星、照門が合った瞬間、引き金を絞った。

〈ダタンッ……!〉

 乾いた銃声が館内に小さくこだまする。頭を破壊されたヌエは、床に転がる人間の死体につまずいてもんどりを打った。

「まだいました……」

「ああ、油断するな……」

「はい」

 慎重に歩を進める数馬と店主。

〈ワタシはここにいます! ここです……!〉

〈ダン、ダン、ダン〉

 声と音がトイレからはっきりと聞こえる。

 トイレの入り口にたどり着いたところで、店主が、さっと体の向きを変え、数馬に先行した。

 トイレは男女別だが、その入り口は共用になっている。左側が男性用、中央が多目的、右側が女性用だ。

「女子トイレの中を確認してくれ!」

 と、言いながら、店主は、銃を構えて、正面の多目的トイレの中をぱっと確認すると、男性用トイレに向かった。

 店主の指示に従い、銃を構えながら、女性用トイレの中をうかがう数馬。ヌエはいないが、凄惨な光景が目に映った。

「早く、助けてこい!」

 すでに店主は、トイレの入り口に戻ってきていた。自動散弾銃を構え、その銃口を外側に向けている。

 数馬は、まず、中央の多目的トイレを確認することにした。先にざっと確認した店主は何も言わなかったが、数馬はその光景に絶句した。

 ヌエが体当たりしたのだろうか。それともあまりに多くの人が押し寄せたのだろうか。引き戸がレールから外れ、トイレの向こう側に倒れている。さらに、その上には何人もの人が折り重なって横たわり、血糊もべったりと付着してる。

 一見、避難場所としての条件を備えていそうな多目的トイレ。しかし、目の前にあるのは地獄絵図だ。

 斜めになって内側方向に倒れている引き戸。その下で人が下敷きになっているのは容易に想像できる。ひとりやふたりではないだろう。

 その扉の向こうには、壁に追い込まれた状態で倒れている人々。もう息がないことは、ひと目で分かる。壁を背にへたり込んでいる死体。頭を抱え込んでいる死体。仰向けに倒れている死体。うつぶせになっている死体。横になっている死体。皆あらぬ方向を向いて絶命している。

 その時の阿鼻叫喚が目に映るようだ。

〈ここです! 出ても大丈夫ですか……!?〉

〈ダン、ダン、ダン〉

 男性用トイレから聞こえてくる声と音が、数馬を現実に引き戻した。

 店主が振り向いて大声で答える。

「今行きます! 落ち着いてください! そこにいた方が安全です!」

 その銃口は、トイレの外に向いている。

 一方、念のため中を確認しようと、戸の上に横たわる死体の隙間に、おそるおそる足を乗せる数馬。戸を通して柔らかい感触が脚に伝わる。

〈ヒョー、ヒョー〉

 どこからかヌエの鳴き声が聞こえてくる。

「サトちゃん! 急いで!」

 店主の言葉に急かされた数馬が思い切って死体の上に両足を乗せ、体重を乗せた次の瞬間、下から〈うっ……〉と、か細いうめき声が聞こえた。

 慌てて戸の脇からトイレの内側に降りる数馬。

「人です! 人の声がします!」

 と、店主に伝え、倒れた戸の奧に移動する。

(うっ……)

 眉をひそめる数馬。

 戸の下から人の後頭部が見える。つやつやとした栗色の髪。しかし、その頭頂部からピンク色の皮膚がのぞいている。髪の毛がない。それが頭蓋骨だと分かるのにそれほど時間は要しなかった。頭にかじりつかれたのだろう。よく見ると、手で頭を隠すような格好で絶命している。手や腕、首筋、肩が幾重にも切り裂かれていた。ただ、背中が盛り上がっているのが気になる。

〈ズダンッッッ!!!!!〉

 散弾銃の銃声がトイレに響く。店主が発砲したようだ。

「急げ! 弾が持たなくなる!」

「はい!」

 銃を肩に提げると、戸の上端をつかんで持ち上げる数馬。やむを得ず、その頭をまたぐ姿勢で、戸を持ち上がる。強化服に使用されている微電伸縮素材のパワーアシスト効果により、意外と簡単に持ち上がった。

 再び眉をひそめる。

 血だまりの中に、4人がそろって数馬の方に頭を向けて倒れている。一番右の死体は仰向けで右腕を失い、首が幾重にも裂けている。隣の死体は、うつぶせで顔がない。鋭利なもので繰り返し傷つけられたようなあとがある。鋭い爪でヌエが何度もひっかいたのだろうか。その隣は、さっきの栗色の髪をした死体だ。一番左の死体は横向きで損傷が最もひどい。脚から頭にかけてヌエに何度も何度も引っかかれたのか、肉や骨が露出している。戸に乗ったヌエが隙間に手を突っ込み、ぐちゃぐちゃとかき回した様子が想像できる。

 声は確かに戸の下から聞こえた。

 頭皮を削がれ背中の盛り上がった死体。数馬は、両手で支えていた戸から右手を放し、そのジャケットの後ろ襟をつかんで、ゆっくりとずらす。

 果たして、その下には、少女が横向きで丸くうずくまっていた。

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