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 ロッカーに背中をさえぎられた三浦。茜は、一切の動揺を見せずにそのまま近づき、左手で静かに銃身をつかむと、三浦の方を平手打ちした。

 動揺した三浦から、銃を引きはがす茜。

「あなたには撃てない……。他人(ひと)を脅迫するなんて最低な行為よ……」

 と、言って、銃の安全装置を見た。案の定、かかったままだ。

「うぅ……、ううっ……ううううう……」

 ロッカーに背中を預けたまま、泣き崩れる三浦。

 場内に張りつめた空気が緩んだ。

 壁に寄せられたケースに銃を戻す茜。どの客も、両手を床についてすすり泣く三浦の方をちらりと見て、作業に戻りはじめた。

 少年は、三浦をじっと見ながら、防音仕様の通用扉の向こうに静かに消えていった。

「ありがとう、田中さん……」

 しゃがんで銃をしまっている茜の背中に声をかける数馬。

 茜は銃ケースのファスナーを閉め、施錠すると、ケースの外側あるポケットから手錠を取り出した。

「田中……さん?」

 その様子を背後から見ていた数馬が声をかける。

 何も答えず、手錠を手にしてすっくと立ち上がる茜。ひっくひっくと背中を律動させてむせび泣く三浦につかつかと歩み寄ると、横座りしている相手の左足に片方の輪を、相手の右手を背中に回してもう片方の輪をはめる。

 三浦は抵抗しない。

「ふっ……あなた……、そんな趣味があるの……」

 うるんだ声で言う。

「荷物の防犯用です……。今は〈ヒト〉の防犯用ですですけど……」

 と、言って、茜が立ち上がったとき、男性店主と女性店主が、少年を連れ立って入ってきた。

「おいおい、茜ちゃん、それはまずいよ……」

 男性店主は、三浦にはめられた手錠と、そばに立つ茜を見て、全てを察した。

「この人は、佐藤さんを銃で脅迫しました……。正当防衛です。現行犯で捕縛しただけです。みなさんが見ています。町方に連絡してください……」

 と、茜。

「緊急電話がつながらないんだよ……。その前に、まずいよ。御法度のことはよくわからないけど、不当逮捕とか、監禁罪とかになるんじゃないか?」

 と、言って、助けを求めるように女性店主を見る男性店主。

「茜ちゃん……。彼女、怖い思いをして冷静でいられないと思うの……。許してあげて?」

 女性店主が言った。

「うっ……、うう……、ううううう……」

 女性店主の言葉を聞いて、再び泣き崩れる三浦。声を上げて泣いている。

「ボクは、この人に賛成です。世界に終末が来ようとしている今、人類は一致団結しなければならなりません。救世主が現れるまで、乗り切らなければならないんですから……」

 客のひとりだった少年が茜を弁護した。線が細く、目は切れ長。神経質そうだが、ひと言で表現すれば美男子である。

 困った様子で少年を見る男性店主。少年の言葉はまとまっていないが、今は一人ひとりがわがままを言っている場合ではないと、言いたかったのだろうと受け取った。

 そして、誰もが黙ってしまった。

 長椅子の脚とコンクリートの床が、グググとこすれる音が聞こえてくる。2人組の男女が作業を再開したようだ。

「僕、外の様子を見てきます……。誰も外の状況がわかりませんし……」

 茜の後ろに立っていた数馬が口を開いた。

「佐藤さん……!」

 顔をしかめて、首を横に振る茜。思いとどまれと言いたいようだ。

「そうだ……。テレビをつけよう……」

 数馬の言葉を聞き流して、その場を離れる男性店主。

「おふたりさん、ありがとう……。ええ、席はそんな形でいいと思います。これなら、みんなでテレビが見られますね……」

 男性店主は、〈く〉の字型に配置された長椅子の間を横切る際、配置を整えてくれた男女に頭を下げ、カウンターに向かった。

 カウンターに載ったテレビのスイッチを入れ、防犯カメラのモニターをのぞく男性店主。正面入り口にいた3匹のヌエの姿が消えている。

〈……繰り返します。本日正午ころ、関東南部から、東海、関西地方の沿岸部に、多数のヌエが飛来し、大きな被害が出ています。死傷者の数は入ってきておりません。各州の軍が出動し……〉

「サトちゃん、よしなさい! 危ないって!」

 テレビの音声を破って、女性店主の声が聞こえてきた。

 声のする方を向く男性店主。

 視線の先には、銃のマガジンに弾を込める数馬の姿があった。

「サト! それを外に持ち出したら……」

「違法ですよね、わかっています……。でも、行かせてください。店長は、僕をきちんと止めました。義務は果たしていますし、ここにいるみなさんが証人になってくれます。ここには防犯カメラだってあるし……。ご迷惑はおかけしません」

 と、言って、数馬はマガジンを小銃にはめ、コッキングレバーを引いた。

 いつの間にか、茜も銃を出していた。

「茜ちゃん……。お願いだからやめて……。茜ちゃんに何かあれば、私が助けに行く、私に何かあれば、主人が助けに行く……。何が言いたいか、わかってくれるわね……? 私を悲しませないで……」

 女性店主は茜の肩に手を置いた。茜の手が止まった。

「バカヤローだ、お前は! ほんっっっとうに馬鹿野郎だよ!」

 数馬に怒鳴る男性店主。

「ちょっと待ってろ! 早まるな!」

 と、言って、カウンターの内側に行き、地下収納庫を開ける。

「待ってろよ!」

 地下収納庫をがさごそとまさぐりながら、数馬をけん制する男性店主。

 やがて、何かをエプロンのポケットに入れると、数馬の方へつかつかと歩み寄り、その腕を乱暴につかんだ。ポケットからは、何か〈柄〉のようなものがのぞいている。

「こっちへ来い!」

 店主の言葉に戸惑う数馬。

「いいから来い!」

 数馬を怒鳴りつけて促す店主。

 数馬は店主に腕を引かれて通用口の2重扉を出ていった。

「こっちだ……」

 と、促す店主についていく数馬。店主は、バックヤードの通路にある〈倉庫弐〉と書かれた扉を解錠し、数馬を招き入れた。

 ビニールやプラスチックといった石油製品の臭いや段ボールの臭いに(ほこり)の臭いが少し入り交じった空気。それが数馬の鼻腔を突く。

 扉を閉めると、店主は、数馬を頭からつま先まで品定めするようにじっと見る。

 緊張する数馬。

「サトちゃん、こっち」

 倉庫の奧に進む店主。数馬もあとをついていく。

 ある棚で立ち止まり、じっと眺めて、フルフェースヘルメットを取り出す店主。

「かぶってみろ……」

 受け取る数馬。見た目よりずっしり重い。バイクのフルフェースヘルメットのような形状だが、耳の高さから後頭部にかけてひと周り大きくなっている。

「早くかぶれ!」

 そう言って、段ボール箱から服を引っ張り出す店主。

 数馬は、慌ててかぶった。サイズは問題ない。

「かぶり心地は!?」

「大丈夫です」

「じゃあ、下着になってこれを着てくれ」

 店主は、濃紺のつなぎの服を差し出した。

「これは……?」

「対生物化学兵器用の強化防護服だ。微電伸縮素材が使われていて、普段よりも力が出せる。気休め程度だが、防弾・防刃性能もある。その格好で行くよりマシだろ?」

「あ、ありがとうございます……」

「早く着る!」

「あっ、はい!」

 服を受け取る数馬。店主は、別の段ボールをあさりはじめた。

 ヘルメットを外し、男性店主に手渡すと、着替えはじめる数馬。店主は、小さな箱を2つ取りだし、中身を取り出すと、ヘルメットについているものと交換しはじめた。バッテリーか何かのようだ。

 着替え終わった数馬。

 店主が数馬の全身を確認する。

「う~ん、やっぱり細くて背が高いから、だぶだぶだな……。まあ、電源を入れれば大丈夫だろ」

 と、言って、ヘルメットを返した。

「これをかぶって電源を入れてみてくれ。電源はココと、ココだ」

 店主は、自分の手首の内側と、顎の付け根あたりをとんとんと叩いた。

 店主の指示に従い、電源を入れる数馬。全身が引き締まるような感覚に包まれ、衣服の(しわ)がなくなり、体に繊維が密着した。ヘルメットの駆動音のようなものも頭に伝わってくる。

「きつくないか?」

 店主の質問に、相手に伝わるよう、大きな動作でうなずく数馬。

「しゃべっても大丈夫だぞ」

「あっ、すみません。大丈夫です」

 と、数馬が答える。

「よし、ちょっと失礼するぞ……」

 持っていた鍵の先で、数馬の二の腕を突く店主。その周囲だけ繊維が硬くなった。

「よし、きちんと動いているようだ。こっちに来てくれ」

 店主は別の場所に移動した。数馬もそれについていく。

「動きづらくないか?」

「大丈夫です」

 数馬の返事を聞きながら、店主は、棚から防弾防刃チョッキを取り出した。

「その上から、これも着ておこうか……。いったんヘルメットを外さないと着られないが……」

「はい」

 数馬は店主の言葉に従った。

 数馬がチョッキを身に着けている間、店主は、ひとりで別の場所に移動し、別の棚からモニターを取り出して戻ってきた。

「それなら、生身よりはずっといいはずだ。お前に何かあったら、俺もその格好で駆けつける」

「はい……。何から何までありがとうございます」

 着替え終わった数馬は、肘や腰を動かしてみる。

 エプロンのポケットから平たい物を取り出す店主。革製の鞘に入ったナイフだ。

「そして、これはお守りだ」

 左手で数馬の右手をつかみ、その手のひらにナイフをがっしと載せた。

 ずっしりとした重みが数馬の右手から全身に伝わる。

 鞘から出してみる数馬。非常に幅広の諸刃のナイフだ。異国情緒漂う形状で、柄は革製。刃の根元に彫金が施されている。

 腕を伸ばして遠くから眺める数馬。幅広の刃に弾痕のようなものが見える。

「ストラスブール動乱の時に同僚からもらった短剣だ。窮地の時に助けられた……。弾帯に着けとけ……」

 と、店主。

「はい……。ありがとうございます」

「大切な短剣なんだ。帰ってきたら返してくれよ」

「はい」

「じゃあ、部屋に戻ろう」

 モニターを抱えた店主が言った。

 ナイフを鞘に収め、強化服のベルトに装着する数馬。2人は、倉庫を出ていった。

 射撃場に戻ってきた男性店主と数馬。男性店主はカウンターへ向かい、数馬がそのあとをついていく。

 途中、〈く〉の字型に配置した長椅子の間を通る。その際、数馬の姿は、長椅子に座っていた人の目にも触れる。

「あっ、〈化特隊〉の装備だ!」

 数馬の姿を見て最初に口を開いたのは、2人組の男女の男性だった。年の頃は大学生くらい。中背できりりとした顔立ち、そして立派な体格をしている。

「カトクタイ?」

 隣に座っていた若い女性が聞き返す。やはり大学生くらいに見える。顔立ちは、連れの男性と同じようにきりりとしているが、あどけなさもかなり残っている。

「対化学兵器特殊部隊、略して化特隊(かとくたい)。服が丈夫な素材でできていて、しかも生身では出せない力も出せる出せるんだ。先の植民地戦争の時に開発されて、実用化されたときには、今の平和な時代になったんだけど、似たようなのは俺の田舎(いなか)でも農作業用に売ってるよ」

 男性が答える。

「へえ……。さっすが、詳しいね」

 退屈そうな表情を一瞬浮かべたものの、それを抑えて笑顔で答える女性。顔のあどけなさが強調された。

「ごめんね……。映画館に行く途中で、こんな所につきあわせちゃって……。しかも、こんなことになるなんて……」

「ううん……。上映まで時間があるし、齋藤(さいとう)君が興味のある物を見てみたかったし……」

「ありがとう……」

 男性も笑顔を浮かべた。

 この男性が説明した強化防護服が発達してきた背景には、生物化学兵器の存在がある。核兵器のない、この世界では、生物化学兵器が人類の究極兵器と言っても過言ではない。兵器の禁止条約は存在しているものの、地域・国家間の紛争を抑制する国連のような組織はなく、条約の批准国も少ない。また、批准国さえ、裏では先を争って研究を行っているのが現状だ。

 話を戻そう。

 一方、男性店主は、モニターをカウンターに置き、ボタンやスイッチを操作していた。カウンターの上にあるモニターは、テレビを含めて、3台になった。

 続いて店主は、突っ立っている数馬のヘルメットもいじり始める。

 やがて、モニターには、壁に寄りかかって立っている茜の姿が映し出された。

 作業の行方を見守るようにカウンターの方を見ていた茜。自分の姿がモニターに映ったのを見て突然そっぽを向いた。その顔がほんのり赤らんでいる。

「おい、どこ見てる」

 男性店主は、数馬のヘルメットをぽんと軽く叩いた。

 慌ててモニターを見る数馬。モニターにモニターが映っている。自分が見ているものが皆に見られていることに気付いて、瞬時に顔が熱くなる。

「これで、よし! サトの防護帽のカメラに入った()がここに映るようにした。何かあったら、俺も行く。いいな」

「はい」

 数馬の返事を聞いた男性店主は、三浦の方を向いた。

 三浦は部屋のロッカーのそばにうずくまっている。手錠はかけられたままだ。

「そこの方、そこの方!」

「三浦さんです……」

 後ろから数馬が言った。

「三浦さん!」

 店主の声に顔を上げる三浦。泣きはらして化粧が崩れている。

「その……誰だっけ?」

 数馬に助けを求める店主。

「鈴木係長です……」

「鈴木さんは、確かにこの店に向かえと言ったんですね!?」

 強い口調で言いながら、三浦に歩み寄る店主。数馬もあとをついていく。

 店主の言葉に、三浦は、こくりとうなずいた。

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