※12
10章~12章の中では、性的にかなりきわどい描写をしています。15禁に配慮し、できるだけ抑えたつもりですが、猟奇的な雰囲気を残したいと思った結果、それでもそれでもかなりきわどい表現を使用していると思います。判断は運営者の方にお任せしたいと思いますが、18禁と判断された場合は、削除などの対応を行うかもしれません。ご了承ください。
※12
「……運命の人はキミではなく彼女だったのか!?」
納得顔で振り返り、茜を見る少年。茜の全身が凍り付く。
うずくまる少女に向き直る少年。
「……だから、キミはあの男の人にいつもくっついていたんだね……。ボクは、キミに精神的な幼さを感じていたけど、ボクの勘違いだった。キミは育てる側の人だったんだ……。あの人と、お互いに引きつけるものがあるんだね。じゃあ、よろしく頼むよ……」
と、言うと、少年は立ち上がって、強化防護服を着はじめた。
どうにか動く指先で、数馬の左手をぎゅっと握る茜。
「きっと助けてね……。信じてるから……」
見つめ合う2人。数馬も、茜の指をしっかりと握り、深くゆっくりとうなずいた。
着替え終わった少年が少女を抱えて近づいてくる。その手には、生理の血が付いたタオルも握られていた。
少年は、数馬の右側に少女を静かに降ろすと、茜の方を見た。きっと少年をねめつける茜。一方、少年は笑顔だ。
「すみません。ボクの勘違いでした。ちょっと待っててくださいね……。あっ、テープが外れてしまっている……」
と、言って少年は、小走りで、長椅子に駆け寄ると、粘着テープを持って戻ってきた。
その間、茜も数馬も互いの手をしっかりと握っていた。2人の手の中には、最後の希望になるかもしれない、あの弾が入っている。
茜の口を粘着テープでぐるぐる巻きにする少年。さっきは口の大きさに1枚貼ってあっただけだが、今度ははがれることはないだろう。数馬も同じくぐるぐる巻きにされた。少年の意識が2人の口をふさぐことに向いたため、腕と胴との間に開けた穴には気付かれることはなかった。
2人の口がしっかりとふさがったことを確認すると、テープをころころと床に転がし、タオルを持ったまま、扉の向こうに消えていった。
茜の目を見てうなずくと、すっと優しくなでるようにして、茜の手を静かに放す数馬。希望の弾は数馬の左手の中に入っている。そして、緩み始めた左腕を前後左右に振り、状況の打開を試みる数馬。少年が戻ってくるまでにテープをはがせれば、勝機があるかもしれないと考えた。
しかし、無情にも、数馬が思うよりもはるかに早く、少年は戻ってきた。
いったん動きを止める数馬。一方、少年は、茜の前にしゃがんだ。
茜は尻を支点にして、膝を曲げると、少年の向こうずねに蹴りを浴びせた。
「おっと、乱暴ですね……。元気な子どもを生んでくれそうだ……」
という、少年の言葉に、身の毛がよだつ思いをする茜。しかし、少年は、全く意に介すことなく、左側から茜の上半身を抱えると、引きずるようにして、マットの方へ運んでいった。遠ざかっていく茜の瞳。茜が少年の陰に隠れるまで、数馬はずっとそれを追っていた。
茜を仰向けにしてマットに寝かせる少年。茜は膝を使って、すぐにその場を離れようとした。もちろん、本気で逃げようとしているわけではない。数馬の手が自由になるまでの時間稼ぎを狙ったにすぎない。ただ、数馬にその真意が伝わるかどうかが心配だった。数馬との今までのやりとりで、茜が強く感じたのは、数馬の勘の悪さだ。一抹の不安がよぎる。
一方、腕を振り回すのはやめ、弾丸の先端を使って、もう少しテープに切れ目を入れようと考えた数馬。紙に入ったミシン目を切り離すように、実包の先端を使って、穴の開いていない所を、ぷつり、ぷつり、と、ひとつずつ切り離していく。左腕の筋がつりそうになる。時折、テープの粘着剤が弾の先端にからみつく。はやる気持ちを抑えて根気よく進めていく。
左手に神経を集中させながら、数馬は、ふと、右側にうずくまる少女に目をやった。白い肌がろうそくの明かりにゆらゆらと揺らめいている。背骨の筋も、肩甲骨の筋も、透き通るように白い。何かの拍子に、今にも壊れてしまいそうだ。それが、捨てられた子犬のように小さく震えている。官能的なものは一切感じない。あるのは、息が詰まるほどの悲壮感だけだ。泣きたくなる。切なくなる。苦しくなる。
数馬の位置から、少女の横顔も見える。うつろに、ぼんやりと、遠くを見つめる目。昔、どこかであんな目を見た気がする。そうだテレビだ。肉食獣に首を押さえられたレイヨウの子どもの目だ。全てを諦めている。全てを成り行きに任せている。
大切に守ってきたものを傷つけられ、踏みにじられたような感覚。数馬に怒りが込み上げてくる。
少年はというと、仰向けで尺取り虫のようにマットから離れる茜を追おうとはしなかった。不気味な笑みを浮かべて、すっと立ち上がる少年。カウンターの上から、新品の粘着テープを手にすると、封を切り、茜に見せつけるように、ピーッと一直線に延ばして見せる。
茜に近づく少年。さすがの茜の顔にも、恐怖の色が浮かぶ。少年の笑みが、薄気味悪すぎる。
テープを延ばしたまま、茜の両膝を抱え込む少年。強化防護服のパワーアシスト機能も手伝って、やすやすと押さえつけられてしまった。その力に、茜は、ほとんどあらがえない。
少年は、粘着テープで、茜の腿と膝下を片方ずつぐるぐる巻きにする。茜は、もがくが、抵抗らしい抵抗はできない。少年は、次に、茜の足首に巻き付いていたテープをはがした。茜の目が泳ぎ始める。恐怖の表情がいっそう濃くなった。
茜の上半身を抱え込む少年。茜は、体を揺するが、強化防護服を着た少年には、ほとんど意味をなさない。
「キミは、暴れんぼさんだから。このままにしておくね……」
と、言って、気を付けの状態のまま、茜の上半身を、粘着テープでさらにぐるぐる巻きにした。
今の茜は服さえ着ているものの、その下半身は、膝下と腿を片方ずつ粘着テープで拘束された状態。上半身は、気を付けの状態で拘束された状態だ。そのあられもない姿は、幸い数馬からは見えない。茜は、数馬には見せたくなかった。
ようやく数馬の左腕が緩み始めた。実包の先でテープを切るのをやめ、左手を勢いよく前後左右に揺さぶる数馬。動かすたびに、ビッ、ビッと、切れ目が入るような音がする。
数馬は、ふと、奇妙な感覚に襲われた。それは、手が自由になった後、どうやってあの少年を止めるかということだ。映画や漫画、小説なら、ピンチに陥った人を助けるときの台詞や行動は想像がつく。だが、実際にはどうなのだろう。果たして、想像通りに行くものなのだろうか。
数馬は、警官でも、兵隊でも、教育指導の先生でもない。ただのサラリーマンだ。言い慣れている台詞といえば、『承知しました』『恐れ入ります』『お願いします』だ。行動だって、『頭を下げる』『鉛筆を走らせる』『計算機を叩く』だ。われわれの世界でいえば、『頭を下げる』『マウスを握る』『キーボードを叩く』になるだろう。どんな行動を取って、あの少年を止めたらいいのかと、つまらないことを頭に巡らせていた。
(何を考えているんだ、僕は……。思った通りのことをすればいいじゃないか……)
しかし、
(このまま人を撃つことになるのだろうか……)
と、逡巡する。
数馬は、法律のことは詳しくないが、銃を使用した傷害の刑罰は重いことは知っている。傷害致死ならなおさらだ。過剰防衛と見なされる確率は非常に高い。殺人扱いされるかもしれない。
そんなことを考えているうちに、数馬の肘が曲がるようになってきた。あとはテープをはがし、茜の銃を手に取り、弾を込めるだけだ。しかし、(間に合うだろうか……)と、少し不安になる。茜のうめき声が聞こえたからだ。
〈んーーーッ!〉
茜のパンツと下着を一気に下げる少年。しかも、茜には耐え難い〈気色悪い言葉〉が耳に入る。
「あなたの社員証見せてもらいました……。25歳まで貞操を守ってきたなんて、やっぱり僕と結ばれ、僕の子を宿す運命にあったんだね。気付かなくてごめんね。今日まで男性と縁のない人生を送ってきたのには理由があるんだよ。キミの子はきっと勇者になるだろうね……」
と、言いながら、パンツと下着の股部分にはさみを入れていった。
〈シャキッ……、シャッ……、シャッ……、シャキッ……〉
その音は、数馬にも届いていた。焦る数馬。思うように動けない自分にいよいよ泣き出したくなる。
暗くて少年にさえよく見えないが、今の茜の股の部分は、何も覆われていない。
他の女性たちが味わった恐怖と自分の今の気持ちとが重なった茜。自然と目が潤んできて、目をつむる。涙が鼻の付け根と頬を伝った。
少年が覆い被さってくるのを感じた茜。もう、何も考えないようにした。後は、数馬に全てを任せるしかない。信じるしかない。
「ん? 何か臭うな……」
と、茜の耳元でつぶやく少年。たぶん数馬の唾液が付着したのだろう。その気味の悪い言葉と、うなじに感じる吐息に、全身の皮膚の下が波打つような感覚が茜の全身を走った。
「じゃあ、清めようか……」
少年は、布バケツでタオルをすすぎ、緩く絞った。
(ああ、いよいよ……)
その時が来たと、茜は思った。動悸が激しくなり、息が荒くなる。射撃場の天井がゆがむような感覚にも襲われた。
茜は目を静かに閉じた。
さっき、少年に襲われた女性の〈悲鳴にならない悲鳴〉が頭をよぎる。そういえば、パンツと下着を脱がされたとき、思わず自分もそんな声を上げてしまった。これからどうなってしまうのだろうと、ぼんやりと考える。
ひんやりとしたものが首筋を伝う。
「んッ!」
声を上げ、肩をすくめる茜。少年のタオルだった。
(今、佐藤さんがテープを外した……。急いで足のテープを外して、この男の後ろから『そこまでだ!』って声を上げる……)
自分に都合のいい想像が、頭の中でつくられる。
(今来る! 今! 今! ほら、今!)
しかし、茜の想像上の数馬と現実は一致しない。
胸に人の手の感触を覚える。これが今の茜の現実だった。
(キャーーーーーーーーーーッ!)
という、悲鳴も、
〈んーーーーーーーーーーーッ!〉
という、鼻声にしかならない。
寝返りを打ち、腹ばいになる茜。腿と膝下が片方ずつ固定されているため、エビぞりのような姿勢になる。恐ろしくて目を開けることはできなかった。
〈んーッ! んーーーッ! んーーーーーッ! んーーーーーーーーーーーッ!〉
ひやりとしたタオルが、茜の内腿に触れる。必死に足を閉じようとする茜。しかし、強化防護服を着た少年の前では、ほとんど抵抗にはならない。そして……。虫酸が走る茜。胃が口から出てきそうだ。〈生殺し〉という言葉自体は頭に浮かばなかったが、そういう状態を全身で感じていた。
少年にがばりと仰向けにされる。目は開けない。少年の顔に浮かぶ気味の悪い表情は見たくない。ひたすら数馬の助けを念じる。
目をつぶる茜は、少年の気配が少しだけ遠のいたのを感じた。
〈スルッ、スルルルッ〉
繊維が触れ合う音が聞こえる。少年が強化防護服を脱ぐ音にちがいない。
次の瞬間、
〈チャッ〉
という、金属が当たる音と、
「うっ……!」
という、小さくうめく声が同時に聞こえてきた。
仰向けの状態で目を薄く開く茜。目の前には、少年ではなく長身の数馬が立っていた。茜の小銃の銃床を外側に向けて立っている。小さく肩で息をしていた。
数馬は、誰かに心臓をわしづかみにされたような思いで茜のうめき声を耐え、少年が強化防護服を脱ぐ瞬間を待っていた。強化防護服を着ている相手とまともに格闘しても、勝ち目がないと思ったからだ。やっと巡ってきた勝機こそ、失敗は許されない。
また、服が足首の近くに寄せられたところで、反撃に転じようとも考えていた。相手の両脚が不自由なら、状況はさらに有利になる可能性があるからだ。そこで、映画か漫画のように、相手の首の付け根を銃床で叩き、あわよくば気絶させようと考えたのだ。しかし、実際には、映画のようにうまく行かなかった。
うずくまる少年。その体を拘束しようと、床に転がっているテープを拾う数馬。しかし、数馬がテープを手にしているうちに、少年はひょこひょこと歩いてカウンターの方へ向かった。
「イタあ~、イッタあ~ッ……」
と、いいながら、カウンターにあった拳銃を手にする少年。鈴木がトイレで警官の死体から手に入れた小型の回転拳銃だ。
右の首の付け根を左手で痛そうにさすりながら、拳銃を数馬に向ける少年。数馬も、素早く小銃のレバーを引き、安全装置を外すと、少年に向ける。
(〈化け物〉じゃなく、人を撃つことになるのか……。しかも子どもを……)
と、ぼんやりと考える数馬。心がひるむ。これから何かあっても、このまま引き金を引く自信がない。
〈でも、中身は間違いなく化け物だ……。目の前で人の命を奪うくらいのことをしたヤツだぞ!〉
と、言い聞かせ、気後れする自分の心を奮い立たせる。
「フフッ……、その銃の弾は確実に抜いたはずだけど……? 僕にそんなハッタリは効かないよ」
と、少年が鼻で笑う。紅茶を飲んでいたときとは全く別の笑い顔が数馬の目の前にある。
少年の銃口はぴたりと数馬の顔を狙っている。数馬からその銃口の奥が見えるほどだ。迷いは一切感じられない。
逆に数馬の構える銃の照星は小さく震えていた。素っ裸にされたあの少女の背中のように。
(あの顔は本気だ……。ヤられる……)
と、思いながらも、決心が付かない数馬。
「イッタ~い! イッタ~いんだけどお!?」
と、声変わりが終わったばかりのピーキーな声で恫喝する少年。ろうそくの光も手伝って、数馬には、その表情がまさに狂人に映った。
「痛かったんだよおおおおお!」
切れ長の目をかっと見開く少年。と、同時に、銃口がわずかに右に動いた。引き金に力を入れた証拠だ。
〈パターーーーーンッ……〉
小さな射撃場に大きく響く銃声。引き金を絞ったのは数馬だった。
数馬の薬莢と少年の拳銃の床に落ちる音がほぼ同時に小さく響く。
とっさに首をすくめる茜。幸い、拳銃は暴発しなかった。
「い……、痛いよお……。痛いよお……」
左手で右肩を押さえる少年。左手が見る間に血に塗れてきた。少年の右胸を血が、だらだらと幾筋も伝う。ゆっくりとしゃがんで床に寝ころび、そして静かにうずくまった。カウンターに弾痕が見える。銃弾は少年を貫通したようだ。
「痛い……。痛いよお……」
少年の声が寂しく室内に響く。
銃を置き、少年の体を起こす数馬。そして、左手で右肩を押さえている少年を、テープを使ってそのままぐるぐる巻きにした。少年が抵抗する気配はない。戦意は喪失していた。数馬は、テープを足首にも巻いていく。
「痛い……。痛いよお……」
壊れた音楽プレーヤーのように、繰り返しうめき声を上げる少年。
少年を拘束すると、後ろ側から茜を抱き起こす数馬。まずは両手の自由を確保してあげようと、茜を懐深く抱えてテープの端を探す。
「ダメ……見ないで……」
小さな声でぼそりと言う茜。丸見えになっている自分の下半身のことを言ったのだった。
「いや……あ……ごめん……」
と、言いながら茜の拘束を解く数馬。とっさに謝ってしまったものの、その時までは、見てもいないし、見ようとも思っていなかった。茜の言葉を聞いた瞬間から、テープをはがしているうちに、思わず目がそこに行ってしまう。茜の|脚はぎゅっと閉じられていた。しかし、ろうそくの明かりで、太腿にわずかな隙間ができているのが分かる。膝頭の辺りには、少年のはさみで切られたパンツと下着がテープに残っていた。数馬は、背徳感を覚え、慌てて視線を戻す。
「ダメ……」
再び、か細い声で言う茜。
慌てる数馬。ついさっきまでの緊迫した状況の中で、そんなやましいことなど考えてもみなかった。しかし、相手は牽制したつもりなのだろうが、言われてしまうと、かえって意識してしまう。
「あ……す、すみません……」
おずおずと答えながら、茜の上半身の自由を奪っていた最後のひと巻きをはがした。
「ありがとう……」
と、言って、数馬の懐に体重を預け、深呼吸をする茜。それは一瞬のことだったが、数馬には長い時間に感じた。
「服……探してくるよ……。鍵は……どこだろう……」
と、静かに言って、腰を上げる数馬。
「ありがとう……。他の人は私が助ける……。電気は、まだ……つけないで……」
「うん……」
と、答えて、立ち上がる数馬。カウンターに目を移す途中で、ふと、少年に乱暴された女性に目をやる。女性は、表情を一切失っていた。うつろな目で、虚空をぼんやりと見つめている。焦点があっていない。ろうそくの明かりで室内は薄暗い。しかし、女性だけが本物の影に変わってしまっているかのように思えた数馬に、ぐっとこみ上げるものがあった。
倉庫の鍵はカウンターに置かれていた。
〈痛い……。痛いよお……〉
その下でうずくまる少年の弱々しい声が聞こえる。
鍵を手に取り、倉庫に向かう数馬。倉庫に入ると、彼女たちの服になりそうなものを、手当たり次第に探し始めた。この場所に入ったのは、この日店主と一緒に何度か出入りしたのが初めてだ。時間がかかる。
ようやくつなぎの作業服を見つけ、3着手に取ると、射撃場に戻る数馬。2枚目の扉を開けると、茜が少女の拘束を解いていた。
入ってきた数馬に気付き、目でうなずく茜。数馬も目で返事をする。野営マットの方に目を向けると、茜に助けられ、床にへたり込む女性が見える。隣の店に勤めていた女性、中村だ。幸いこの女性は、服をはがされずにすんだ。
カウンターのそばには、もう1人の女性がふらりと立っている。数本のろうそくが生み出す黄色と山吹色のグラデーションの中、女性らしさが際立つ、きゅっと引き締まった生身のシルエットが浮かび上がっていた。
慌てて目をそらす数馬。が、再び視線を戻す。彼女の右手に提げているものが気になったからだ。それは、少年が落とした小型の回転拳銃だった。
拳銃を持った手がすっと少しだけ上がったかと思うと、
〈パンッ……!〉
と、乾いた銃声が室内に響いた。同時に、うずくまっていた少年の頭がぐらっと動いた。
通用扉のそばにある室内照明のスイッチを入れる数馬。ぱっと白く明るくなった室内の奥に、銃口を自分のこめかみにあてる女性の姿があった。茜も立ち上がっていた。
女性の手が震えている。視線は定まっていない。
(落ち着いてください!)
と、心の中で叫ぶ数馬。しかし、声にならない。不気味で奇妙な空気。数馬は〈何かに呑まれている〉気がした。茜も同じ感覚を覚えているのかもしれない。立ち上がったまま、黙ってそれを見ている。
こめかみに銃口をつけたまま、女性は、射撃台の下に座らされている自分の友人に目をやった。目をぼんやりと開いたまま、首の辺りを血で汚したまま絶命している。
ずっと気になっていた男性との念願の初デートは、この日で最後のデートになった。そして、自分の人生も最後にしようとしていた。
「ァァァァァアアアアアアアア!」
悲鳴にも叫び声にも聞こえる奇声を上げたかと思うと、
〈パンッ……!〉
銃声が室内に響いた。血しぶきがもわっと舞うと同時に、どさりと倒れる女性の体。スパッタリング……、絵の具をつけたブラシを金網でこすったように、血が壁に付着した。その銃声は、数馬の耳にも、茜の耳にも、粘っこく長く残った。
うずくまった体勢で動かなくなった少年。頭の周りに血の水たまりができている。
野営マットのそばで横向きに倒れている女性も動かない。中村は、呆然とした表情で、その女性の全裸死体を見ている。
射撃台下の壁に頭部をテープで固定され、まるで人形のように座らされている5人の死体。目をかっと見開いた男性店主。目がわずかに開いている女性店主。目も口もぼんやりと開けている男のサイトウと鈴木。この4人は、皆、首をかき切られていた。そして、苦しそうな表情の三浦。上半身に2つの銃創がある。
室内は、殺伐とした空気に完全に呑み込まれていた。
「うっ……ううううう……うううううううう……」
茜が声を出して泣きだした。数馬は、不謹慎とは思いながらも、その横顔が美しいと思った。
茜に歩み寄る数馬。服を床に置くと、茜の肩にそっと手を置いた。
「ううう……ううう……ううううう……」
茜は、数馬の胸に顔を沈めて泣き続けた。
(了)
最後までお読みいただきまして、誠にありがとうございました。
今後、変身ものというか、ロボットものというか、そんな話を考えています。骨子が完成しましたら、この場を借りて投稿させていただこうと思っています。
よろしくお願い申し上げます。
→2015/03/13に
『地球外兵装アルダムラ』
http://ncode.syosetu.com/n5807co/
という小説の投稿を開始いたしました。
拙作で恐縮ですが、少しでもお楽しみいただけましたらうれしく思います。
※URLは『小説家になろう』内の投稿ページに移動します。




