※11
10章~12章の中では、性的にかなりきわどい描写をしています。15禁に配慮し、できるだけ抑えたつもりですが、猟奇的な雰囲気を残したいと思った結果、それでもそれでもかなりきわどい表現を使用していると思います。判断は運営者の方にお任せしたいと思いますが、18禁と判断された場合は、削除などの対応を行うかもしれません。ご了承ください。
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〈シャッ、シャッ、シャッ……〉
はさみの音が室内に満ちる。
少年にとって神聖な音も、他の者には狂気の音にしか聞こえない。
口をふさがれたテープを必死にはがしにかかる茜。少年が背を向けている今がチャンスだ。
〈シャッ、シャッ、シャッ……〉
はさみの音が時を刻む音のように聞こえる。自由を奪われた者にとっては、冷酷で、無情で、決してあらがえない音。
茜が何をしようとしているのか、いまだに理解できない数馬。茜の情緒が不安定になっているのかと思うくらいだ。全てが非現実的な気がして、今、何をすべきなのかを考える気さえ起きない。さっきまでいい雰囲気で過ごしていたことが、全て遠い過去に思える。ただ、冷静になれと呼びかけるもう1人の自分の声もかすかに聞こえる。
はさみの音が聞こえなくなった。
少年が陰になって数馬から見えないが、切った衣服を脱がしているのだろう。数馬にも茜にもひどく気持ち悪く、薄気味悪く聞こえる少年の言葉が聞こえてきたからだ。
〈うん……。キミは、美しい顔立ちをしているね。救世主を生むのにふさわしいよ。生まれる子どもの顔が楽しみだ。キミの子が人類を率いる子になるといいね……〉
タオルを手に取り、布バケツでゆすぎ、絞る少年。
〈ん~! ん~!〉
女性の声にならない声が聞こえる。体をタオルで拭かれているのだ。
〈そんなにおびえなくても、いいのに……。優しくするから、ね……〉
耳に入ってくる少年の言葉に、虫酸を走らせる茜。気味の悪さや怒りを通り越して気分が悪い。
一方、数馬は、正面から顔を背け、茜の方を向いた。茜は、黙もくと頬を肩にこすりつけている。
茜の口をふさいでいたテープが、半分くらいはがれていた。顔全体の筋肉を使って、口をもぞもぞと動かす茜。数馬は、茜が意図していたことをようやく理解した。
少年のつぶやく声が聞こえてくる。
〈女の人の体って、柔らかいんだね……。ボクは、美人と結ばれることができて幸せだ〉
女性は必死に目をつむっていた。できることなら耳もふさぎたい。いや、魂が今のこの体を捨てて、誰かの体に乗り移りたいくらいだろう。
茜の様子をぼんやりと見ている数馬。今、正面で何が行われているか、想像したくなかった。茜は、右肩から左肩に変えてテープをはがしにかかった。テープのはがれた部分がひらひらと動く。
目が合った瞬間、数馬の頬に口を近づける茜。驚いて顔を引く数馬。茜は、顔をしかめて小さく首を振る。
好意を持っている女性に対して失礼なことをしてしまったのではないかと、ひどく後悔する数馬。しかし、あまりにも照れくさかった。顔が紅潮する。
室内は薄暗い。茜は、数馬の赤い顔に気付くはずもない。ただ、この切迫した状況下で、のんきな男だと、いらだった。
改めて数馬の口元に耳を寄せ、ささやく茜。
「誤解しないで! 今、佐藤さんのテープをはがすから、動かないで!」
茜に言われた通り、じっとする数馬。胸の鼓動が高鳴る。
数馬の口をふさいでいる粘着テープ。茜は、歯を立てて、それをはがしにかかった。
茜の柔らかい唇を頬に感じる数馬。照れくさく、くすぐったい。
伸びかけた数馬の頬ひげが唇に当たる茜。どちらかといえば潔癖性の茜だが、特に不快には感じなかった。というよりも、このような非常事態でも雑念の多い数馬と違って、目的に向かって集中できる性格の茜は、そんなことをいちいち考えてはいなかった。そのため、今の数馬の態度は、茜をひどくいらだたせた。
「もっと顔を寄せて! 動かさないで!」
強い口調でささやく茜。
〈そうだ。水を……。飲み物……〉
少年の声が聞こえた。
「顔を伏せて!」
茜は数馬にささやいて、顔を放す。
顔をできるだけ伏せて、少年をやり過ごす茜。〈のんき〉な性格の数馬が〈ぼろ〉を出さないかと心配だった。
扉が開閉する気配がする。
〈んっ、んっ……んんん~、んんん~〉
女性の声にならない泣き声が聞こえてきた。つかの間の恐怖から解放されて、現実感が湧いてきたのだろうか。
茜は、少年に対して殺意さえ覚えていた。
再び、扉が開閉する気配がした。
「おふたりさん。ちゃんと見ててくださいね」
茜と数馬の頭上から、少年の声が聞こえる。
顔を伏せたまま大きくうなずく茜。少年が遠のく気配がする。
〈コトッ〉
コップが床に置かれる音が聞こえ、少年が遠のいたことを確信し、おもむろに顔を上げる茜。少年は、マットに立ち、強化装甲服をするりと脱いでいた。華奢な背中がろうそくの光に浮かび上がる。背をかがめて片足を上げる少年の後ろ姿。下着を脱いでいるようだ。
焦る茜。急がなければならない。
再び、口を数馬に近づける茜。数馬も今度は積極的に応じた。茜の前歯や唇が当たって頬がこそばゆい。
茜の歯がテープの端を捉えた気配を覚えた数馬。茜の顔とは逆方向に首を動かすと、口の周りから、めりめりとテープがはがれていくのを感じた。ぱりぱりと、皮膚の突っ張りが戻っていく。
「絶対に声を立てないで……。私の首にお守りがさがってるから、それを外して? 口を使って取るの……。いい?」
と、子どもに用を言いつけるようないい方でささやく茜。数馬の〈鈍さ〉に腹を立てていた。
しかし、数馬は、上気したようにぼんやりと茜を見ている。
(しっかりしろ!)という気持ちを込めて、頭で数馬の顔を軽く小突く茜。本音としては、思いっきり頭突きをしたかったが、声を出されても困る。
「私の首にかけてる革のひも、口で噛み切るの……いい?」
と、表現を変えて、自分のうなじを数馬に向けた。
幸い、茜のささやきは、少年の耳に入っていなかった。〈儀式〉に夢中だったためだ。
少年は、自分の体を丁寧に拭き始めた。
(時間がない……)
茜は思った。これから、おぞましいことが始まるにちがいない。なんとしても止めたかった。
背中に虫が|這〈は〉ったような感覚に襲われる茜。数馬が、茜のうなじにある革ひもをくわえようとしたからだ。茜が肩をすくめる。
歯を立てても、なかなか革ひもをくわえられない数馬。唇がむなしく肌に触れるだけだった。切迫した状況なのに、どこかで気持ちが遠慮しているのか、うまくいかない。
(中途半端じゃ、また田中さんに怒られる)
気持ちを固めて、舌を使うことにした数馬。次の瞬間、茜から頭突きを食らった。
「うっ……」
思わず声を漏らして、少年の方を向く。少年は、自分の体を〈清める〉ことに集中しているようだ。
振り向いて数馬をにらむ茜。今度は、背中をしっかりと数馬に押しつける。数馬は、革ひもをようやくくわえることができた。
くちゃくちゃと革ひもを噛みはじめる数馬。かといって、そう簡単に噛み切れるものでもない。
一方、少年は自分の体を拭き終えると、カップから肉片を取り出した。ヌエのものだ。スポンジのようにふかふかした質感がある。
それをぎゅっと握る少年。
「あれ……。意外と血が出てこないな……」
血は、少年の手を汚すだけで、したたってこない。血を使うことを諦めた少年は、そっぽを向いている女性の顔をくいと正面に向けた。女性の目は恐怖に満ちていた。目になみなみと涙をため、体が小さく震えている。
肉片を目の前の女性のおでこに押しつける少年。女性はぎゅっと目を閉じる。女性の額に血が付着した。少年は、自分の額にもその肉片を押し当てた。
「さあ、準備は整った。はじめようか……」
少年の声を聞いて、焦燥感に駆られる茜。しかし、数馬と違って、そういう状況を切り抜けようと、冷静に考えられるのが茜だった。もちろん、茜自身が自覚していたわけではない。このような状況に陥るなど、普通ならあり得ない。
驚かせないようにゆっくりと、数馬の方に顔を向ける茜。
「佐藤さん、そのまましっかりとくわえてて……」
と、つぶやくと、自分の体を数馬に押しつけ、全身の体重を預けた。バランスを崩して倒れる数馬。茜の柔らかい体が密着する。
〈んーーーーーッ! んーーーーーッ! んんんーーーーーッ!〉
ほの暗い向こうから、女性の〈悲鳴にならない悲鳴〉が聞こえる。向こうで何が始まったか、茜も数馬も想像したくない。悲痛な声に耳をふさぎたいくらいだ。
「佐藤さん! ひもをそのまま引っ張って!」
と、言って、茜は首をすくめて、首に掛かったひもを抜きにかかる。茜の声は、女性の悲鳴にかき消されて、少年には届いていない。
女性の声にならない悲痛な叫びがやんだとき、ひもが茜の首から外れた。ひもが引っかかった耳たぶが、じんと痛む。
〈ふうっ……ごめん……。ボク、初めてだから……。うまく行かなかったかも……。もう一度試してみるね……〉
〈んーーーーーッ! んーーーーーッ!〉
やりとりを聞いた茜の表情が険しくなる。ろうそくの薄暗いあかりの中、恐怖におののいた表情で、必死に首を横に振る女性の表情が脳裏に浮かぶようだ。
「お守りもらうわよ」
と、ささやき、数馬がくわえていた革ひもを、茜もくわえる。数馬がひもを放すと、茜は、反動をつけて元の姿勢に戻した。その時、頭がロッカーにぶつけ、音を立ててしまったが、少年は動じない。
〈じゃ……、もう一度いくよ……。安心して……、優しくするから……〉
〈んーーーーーッ! んーーーーーッ!〉
自分があの女性の立場だったらと、殺意を募らせる茜。くわえたお守りを、ぽとりと右手側に落とすと、手首と指先だけを使って、中身を抜き出しにかかった。
やがて、数馬も静かに体を起こした。
〈んーーーーーッ! んーーーーーッ! んーーーーーッ!……〉
揺らめくろうそくのあかりの中、室内に再び、女性の悲痛な声が響き渡る。
弾丸の先端がお守り袋からのぞいてきた。それを慎重につまみ、袋を振り落とす茜。長さ7センチほどの実包が姿を現した。数馬から預かった弾だった。
数馬の方に身を寄せる茜。
「動かないで……。テープを切るから……」
と、ささやいて、数馬の左腕と胴体の間を固定するテープに、尖った弾丸を突き立てる。われわれの世界でいう養生テープに近いつくりの樹脂製テープは、意外と簡単に穴が開いた。栓抜き付きの缶切りで缶を開けるように、ぷすり、ぷすり、とテープに穴を開けていく。
「どう? 外れそう?」
と、ささやく茜。首を横に振る数馬。気を付けの姿勢では、横向きに力を入れようにも、なかなか力が入らない。茜は、穴開けを続けた。
〈ふうっ……。今度はうまくいったみたいだね……〉
少年の声が聞こえる。
茜は間に合わなかったことを悔しく思った。
「前後に腕を振ってみて」
と、数馬にささやく茜。数馬はその言葉に従った。少しだけ、動くようだ。ピリピリとテープがわずかに裂ける音もする。
一方、少年は、数馬が助けた少女に覆い被さった。ヌエに襲われた兄の下でうずくまるように必死に目を閉じ、嵐が通り過ぎるのを待つようにうずくまる少女。ろうそくにてらされていたその横顔が、少年の影に覆われる。
「よし……。次は……。キミだ……」
と、言って、はさみを取り出し、服を切り始める少年。
〈シャッ、シャッ、シャッ……〉
少女が身に着けていたのは、軍用のつなぎの服。その裾は、すでに太ももまで巻き上げられていた。
「急いで!」
数馬をせかす茜。しかし、数馬が腕を動かしても、テープが外れるまでには至らない。また、手首と指先しか自由が効かない状態では、弾丸の先端が高い所まで届かない。茜の右腕はつりそうだった。
「交代して……」
と、言って、弾丸を数馬の左手に手渡す茜。数馬は、茜の手の柔らかなぬくもりを感じた。
〈シャッ、シャッ、シャッ……〉
はさみの音が聞こえてくる。タイムリミットまでのカウントダウンが始まったと、茜は思った。しかも、はさみの音に混じって、茜の体中に虫がはいずるような気持ち悪い台詞も聞こえる。
〈うん……。キミも何か特別な感じがするよ……。すてきだ。すてきだよ。うん、何かが違う……〉
「佐藤さん! 急いで……!」
数馬を急かす茜。数馬も十分急いでいる。自分が命がけで助けた上司の鈴木は殺された。今度は、自分が助けた幼気な少女が汚されてなるものかと思う。必ず心に大きな傷を負うはずだ。決して消えることのない傷……。数馬の目がいつの間にか潤んできた。
全身がぞわっとして、体を縮ませる少女。冷たいタオルが胸や腹、背中を伝っていく。タオルが移動するたびにこれから起こることが頭をよぎり、恐怖で思考が停止する。
〈んーーーッ!〉
タオルが股間を這うのを感じ、目を見開いて思わず叫び声を上げる少女。恐怖は頂点に達していた。毛虫が体中を這いずる感覚。このまま消えてしまいたいと、何度も祈る。
「早く!」
急かす茜。数馬や茜からは少年が陰になって、向こうで何が行われているのかは分からない。しかし、急がなければならないのは確かだ。
しかし、数馬が握る弾頭は、茜のテープをなかなか貫けない。若干緩んでいるようだ。
「田中さん! もう少しピンと張ってください! 穴が開きません!」
遠慮気味だった数馬がささやいた。はやる気持ちは数馬も同じだ。
〈ん? 何だこれは……?〉
少年の声が聞こえる。タオルに赤黒い液体と小さな固まりが付着していた。
「血?……にしてはどす黒いな。これが生理……?」
恐怖から逃れたい一心で、少年の言葉にうなずく少女。終わりかけではいたが、生理中だった。
布バケツの水でタオルを洗う少年。赤黒い下り物がぱっとバケツの水に散った。
「そうか……! なるほど、そういうことだったのか! 運命の人はキミではなく彼女だったのか!?」
得心がいったという表情で、振り返って茜を見る少年。全身の毛が逆立つような感覚が茜の全身に走った。




