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10/12

※10

10章~12章の中では、性的にかなりきわどい描写をしています。15禁に配慮し、できるだけ抑えたつもりですが、猟奇的な雰囲気を残したいと思った結果、それでもそれでもかなりきわどい表現を使用していると思います。判断は運営者の方にお任せしたいと思いますが、18禁と判断された場合は、削除などの対応を行うかもしれません。ご了承ください。

※10



〈パターーーーーンッ!〉

 小さな部屋に大きく響く銃声。体をびくりとさせる数馬。意識がもうろうとしている。夢の中にいるようだ。

〈パターーーーーンッ!〉

 再び大きな銃声が聞こえた。重いまぶたを何とか開く数馬。まぶたのわずかな隙間から見えたのは、強化防護服を着て小銃を携えた人物が射撃台に立っている姿だった。

 その人物は、銃を肩に提げると、数馬の前を横切っていった。扉がすっと静かに閉まるのが分かる。その人物が部屋を出ていったのだろう。室内はそれほど静かだった。

 再び目を閉じる数馬。開いたまぶたを支えていられない。

 誰かが数馬のつま先をこづく。一度ではない。何度もこづかれているようだ。左の二の腕に人の重みとぬくもりを感じる。シャンプーか香水か分からないが、とにかく女性らしい匂いがする。

 頬にさわさわと何かが当たる。くすぐったい。左の二の腕に何度も柔らかな衝撃が来る。

 薄目を開けて、左側を見る数馬。その目の前には、茜の顔があった。

 目を大きく見開いている茜。ガムテープのようなもので口をふさがれ、〈ん、ん、ん……〉っと鼻を鳴らしている。

 体を動かそうにも動かない。口を開こうにも開かない。顔も体も全身が突っ張った感覚しかない。

 自分が今、どういう状態なのか、隣にいた茜の姿を見て分かった。

 まず、口がふさがれている。両腕が〈気を付け〉の形で胴体に固定されている。両足首もきちっとそろえた状態で拘束されている。すべてガムテープのようなものでぐるぐる巻きにされ、ロッカーを背にして座らされていた。動くのは膝だけだ。

 数馬の意識が戻ったのを知って、首を振り〈正面を向け〉という合図を送る茜。それにならった数馬の視界には、愕然とする光景が広がっていた。

 右側に見える射撃台の下に、数馬や茜のようにガムテープのようなものでぐるぐる巻きにされた人たちが並んで床に座っている。誰もぴくりとも動かない。数馬は、皆死んでいると直感した。どの人も、襟から胸の辺りまで、服が真っ赤に汚れていたからだ。

 奥から手前に男性店主、女性店主、鈴木、男性の方のサイトウが、壁に寄りかからせた人形のように座っている。頭部も、ガムテープのようなもので射撃台の下の壁に固定されていた。

 正面には、ほぼ正方形に野営用マットが敷かれている。売り場か倉庫から運び込まれたものだろう。その上に女性が仰向けに置かれている。寝かされているというよりは、〈置かれている〉という表現に近い。ガムテープのようなもので拘束されていたからだ。

(なんだ、あの破廉恥(はれんち)な縛り方は……)

 眉をひそめる数馬。数馬や茜がされている拘束方法とは違う。膝下、(もも)、前腕部が片方ずつ、ひとつにまとめてガムテープのようなもので拘束されている。衣服は着ているが、おむつを交換される赤ん坊のような格好で、数馬からはスカートの中身が丸見えの状態だ。声がしないところを見ると、まだ意識を失っているのか、口をふさがれているのか、最悪殺されているのか。

 男女2人組で来店していた女性、サイトウのようだ。というのも、女性の両側にも女性が〈置〉かれていて、右側の華奢(きゃしゃ)な体つきの女性は数馬が助けた少女、左側の少し肉付きのいい女性は隣の店で働いていた女性だということが、その体つきと服装で分かるからだ。

 この2人は猫のようにうずくまっている。

 3人の女性が置かれたマットの奥には、テーブル代わりに使っていた商品陳列用の什器がある。その上には、もうカップも菓子もない。野営用のろうそくがいくつか置かれているだけだ。

 ろうそくは、マットの周りにも規則正しく置かれている。これも、売り場か倉庫から持ち出したものだろう。

 〈く〉の字に置かれていたはずの2脚の長椅子は、壁際に寄せられていた。

 カウンターのテレビは消えていた。隣のモニターが何の変哲もない店内を映し出している。

 自分の左側にいる茜に視線を戻す数馬。茜は、自分の頬を必死に右肩にこすりつけている。

 数馬と視線が合った茜は、数馬をこづくように体を動かして、頬を肩にこすりつける動きをやってみせる。

 ぼんやり見ている数馬。茜は、もどかしそうに眉間に(しわ)を寄せる。

 茜は、口をふさぐテープをはがそうと試みているのだが、数馬には〈奇妙な動き〉としか映っていなかった。

 数馬が思った〈ガムテープのようなもの〉は、実際にはプラスチック素材でできていて、われわれの世界で言う養生テープに近いものだ。

 素材が若干硬いため、茜は、口の筋肉を動かしながら何度も服にこすりつければ、はがれるのではないかと考えたのだった。実際、緩んできているようにも感じる。

 一方、数馬は、少年と三浦の姿がないことを思い出し、もう一度辺りを見回した。

 正面に目を向けると、中央の女性が体を揺り動かしていた。自分の不自然な格好に違和感を覚え、意識を取り戻したらしい。

 その女性は、射撃台の方に顔を向ける姿勢になった。その直後、〈声にならない悲鳴〉が射撃場に響きわたる。

〈ん~! ん~! ん~~~~~~!〉

 鼻から悲鳴を上げている。

 女性は、自分の友人の無惨な姿を目にしたのだった。

〈んっんんっ~んっ~んっ……〉

 口をふさがれている状態でも、女性が嗚咽しているのが数馬にも茜にも伝わった。

 茜は、数馬が思った〈奇妙な動き〉をやめ、しばらくの間、うつむいて目を伏せた。それでも、〈嗚咽にならない嗚咽〉が耳に入ってくる。

 すっと扉が動く気配がして、顔を向ける数馬と茜。強化防護服とヘルメットを身に着けた人物が戻ってきた。

(三浦さんか、あの少年、じゃなければ別の誰か……?)

 数馬は思った。

 防護服の人物は、小銃を肩に提げ、片手にカップを持っている。その人物は、そのまま商品陳列用の什器の方へ行き、カップを置くと、ヘルメットをおもむろに外した。数馬と茜には背を向けた状態で、顔は分からない。しかし、それもわずかな時間だった。

 その人物が振り向く。2人の目に映ったのは、紅茶を振る舞ってくれたあの少年だった。

 2人に近づいてくる少年。微笑(ほほえ)みを浮かべている。

「お目覚めのようですね……」

 と、2人の目の前に立ち、肩に提げていた銃を降ろす。

「すいません。銃を勝手に使ってしまいました。これは東和7000系ですね。生まれて初めて撃ってみましたけど使いやすいですね。〈木でできた方〉も持ってみましたけど、重くて使いづらそうだったので、こちらをお借りしました……」

 と、話しながら、銃からマガジンを抜き、レバーを引いて薬室に残った弾丸を抜いた。それは茜の銃だった。〈木でできた方〉というのは、おそらく数馬の銃のことだろう。

「ええと……。まず何から説明しようかな……」

 少年は、転がった弾を拾いながら、そう言った。

「おふたりはボクにとって大切な人だから、いろいろと知っておいてもらいたいと思って……」

 少年は、壁時計をちらりと見て、話を続けた。

「うん、まだ時間はあるな……。まず、あと1時間ちょっとで火星が地球に最接近するのは知っていますよね?」

 少年の言葉に数馬も茜も反応しない。

「ん~……。知らないようですね……。こんなに重要な日なのに……。ええと、前回火星が地球に最接近したのが5万7000年前なんですけど、その時の接近がきっかけで人類が大きく進化したんです。それは……、その日に、1人の男の人が3人の女の人と結ばれて、その時にできた子どもが……、人類の救世主になって、その子孫が厳しい氷河期を乗り切ったんです。クロマニヨン人の誕生ですね。今のボクたちがいるのは、彼らがいたからなんです。そして今日、8月27日は5万年ぶりの最接近の日。しかも怪物が出てきた……。ついに、第2の人類の危機が来たんです……」

 と、語りながら、少年は、茜の銃のマガジンに残った弾を取り出していった。

「実は、この店に来たのも、今日はきっと何か起こるはずだと思って……、それに備えなきゃと思って……、病院から直接ここに来たんです……。まさか、自分が〈選ばれし者〉だとは思いませんでしたから……。お店の人は銃を売ってくれませんでした。でも、それでもよかったんです……。結局ボクは、〈選ばれし者〉だったんですから……。さっき、ひとりで怪物の血を採りに行ったときに確信しました。化け物は1匹も出て来ることなく、無事にヤツの肉を採取することができたんですよ……。あなたが倒してくれたヤツです……」

 取り出した弾を腰のポーチに入れると、マガジンをその場に置く少年。ひとり語りは、まだ続く。

「そして、ボクが出会った3人の、汚れのない女の人たち……。あっ、4人でしたね。ボクは、男の人を知らない女の人の匂いが、分かるんです。なぜだか分かりませんけど……」

 と、言って、茜の首筋に顔を近づける少年。そのとき、床に置いた茜の小銃が拘束されている2人の方にすっと寄せられた。茜の表情は、一瞬にして険しくなり、その顔に頭突きを食らわせようと、頭を振る。少年はすっとよけた。

「あっ、すいません……。やっぱり男の人を知らないようですね……。隣の店の人が来る前までは、あなたが〈宿す〉人のひとりになるのだと思いました。でも……、お気を悪くしてほしくないのですが……、丈夫な赤ちゃんを生むなら、健康的で若い女の子の方がいいと思って……」

 少年の話から、これから何が行われようとしているのか、2人には想像がついた。

 得体の知れないものを見たように表情を硬直させる数馬。恐ろしいほど憎悪に満ちた表情を浮かべる茜。

 しかし、少年はそう受け取らなかったようだ。

「あなたが選ばれなかったことに腹を立てるのも分かります。救世主の母親になれるという、名誉なことですからね……。しかし、これも運命なのです。あなたには、後生に語り継がれる役目ではなく、語り継ぐ役目をお願いしたいのです。あと、それだけじゃなくて、おふたりには、生まれてくる子どもたちを育てるという、大切な使命もあります。子どもたちの中から、救世主とそれを手助けする者が現れるはずです。それは、育てているうちに自然と分かるはずです。次の最接近は、およそ300年後です。その時には、この子どもたちの子孫が、新たな伝説をつくるでしょう。人類の存亡は、おふたりにかかっています……」

 とまで言って正座をする少年。

「よろしくお願いします」

 と、深々と頭を下げた。そして、再び頭を起こし、ひとり語りを続ける。

「儀式を終えたら、ボクは、次のステージに移動します。重荷を背負わせておいて、後は放りっぱなしにするようで、すみません……。実は、あなたの仕事仲間の、あの2人と、どちらにお願いするか、少し迷いました。でも、答えはすぐ出たんです。みなさんが寝ているときにちょっと調べさせてもらいました。そしたら、あのおふたりは恋人でも夫婦でもなくて密通の仲だったんですね……。女性の方はふたりで仲良く並んだ写真があるのに、男性の方は別の女性と子どもの写真がありました。未来の救世主を育てるのにはあまりふさわしくないと思いまして……。そのおふたりは、立会人(たちあいにん)の方にまわってもらいました。あっ、そうだ……。ボク、あの人好きじゃないけど、一応、立ち会ってもらうか……」

 立ち上がり、射撃レーンの方へと歩いていく少年。

 少年を見上げ、その背中を目で追う数馬と茜。凍り付いたように無表情の数馬と、海底の激しい潮流のように静かで深い怒りを顔に浮かべている茜が対照的だった。

 動かなくなった人を少年が担いできた。三浦だった。三浦も数馬や茜たちのように、〈気を付け〉の格好で、両手と胴体、さらに足首を粘着テープでぐるぐる巻にされ、背中の2カ所が血で汚れている。

 それを他の死体と同じように、射撃台の下に並べる少年。数馬も茜も、少年が言った〈立会人〉の意味が分かった。

 三浦の胸は、2カ所血で汚れていた。

(さっきの2発の銃声は……)

 少年が三浦を撃った音だと、数馬は直感した。

(私の銃を(けが)しやがって……)

 茜も同感だった。

 ぐらりと垂れた三浦の頭部を、粘着テープで射撃台の下の壁に固定する少年。

「これで、準備ができました。今日を境に、人類は絶滅の危機に陥るでしょう。その時、彼女たちに宿る新たな命が、再び人類を復活させるのです!」

 少年は、そう言って、数馬と茜の目の前を通り過ぎ、再び通用扉の向こうに消えていった。

〈ん~……、んんんっ……〉

 小さなうめき声が、再び2人の耳に入ってきた。女性のサイトウの声だ。

 再び頬の辺りを肩にこすりつけ始める茜。数馬は、ぼんやりと室内を見ている。

 やがて、少年が現れた。モップと、絞り器付きのバケツを持っている。

 茜は、少年に気付かれないよう、頬を肩にこすりつける動きをやめた。

 モップで床を拭き始める少年。射撃台そばの床に付着した血痕が薄まっていく。

 少年が背を向けるたびに、茜は再び口のテープをはがしにかかる。茜の目は油断なく少年の動きを追っている。

 ひととおり床を拭くと、少年は再び扉の向こうに消えていった。

 少年が再び現れたとき、その手には、水の入った布バケツと、何枚かのタオルを持っていた。

 数馬と茜の正面に見える野営マットの方へ向かう少年。布バケツとタオルをマットのそばに静かに置き、腰のポーチから軍用オイルライターを取り出すと、マットの周りと陳列什器の上においていた野営用のろうそくに火をつけた。

 ろうそくを全てつけたところで、照明スイッチのある壁のそばに立つ少年。

「それでは、儀式を始めます。おふたりさん、しっかりと見ていてください。お願いします」

 と、言って、頭を下げると、照明を消した。

 室内の雰囲気が、がらりと変わった。くっきりと見えていたもの全てが、ぼんやりと浮かび上がって見える。

 マットの上の女性たちのそばへ行き、しゃがむ少年。強化防護服のポーチから、先の丸い事務用はさみを取り出した。

「さあ、体を清めよう……」

 と、少年は、中央の女性を仰向けにした。

 恐怖におびえる女性の目がろうそくの明かりに浮かび上がる。声も出ないようだ。

「動くと危ないよ……。静かにしてね……」

 スカートにはさみを入れていく少年。恐怖に満ちた目を見開く女性。黒目が細かく動いている。

〈シャッ、シャッ、シャッ……〉

 布の切れていく音が、薄暗く、静まりかえった室内に満ち、数馬や茜の耳にも入ってきた。

 女性は、目をぎゅっとつむり、少年から顔を背けた。

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