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あっち側

 飲食店が並ぶ賑やかな通りのその裏側。

 細い路地を妨げるポリバケツやガスボンベの間でこそこそと動く影が二つ。

「はあ……」

 さながらコソ泥のようだと、情けない気持ちを抱えながらタクミは先へ進む。

「こぉら。ため息つかない」

 先行するエイスが顔だけ向けてたしなめてくる。

「……うっせぇ」

 じと目でにらみ返す。

 誰のせいでこうなっているのか、全部おまえのせいだろ――喉元まで出かかって飲み込む。ぶつけてもきっとすっきりするのはその場だけなのだ。

 なにもかも解決したら、その時は「おまえのせいで大変な目に遭った」と文句を言ってやる。

 そう考えたらまた、ため息が出た。

 その時、とはいつだ。

 解決とは具体的にどういうことだ。

(俺がバグじゃなくなって、化け物に見えなくなって、それで……)

 そこで疑問が湧く。

 自分たちとは違い、バグじゃない方の人たちはこの現象をどう認識しているんだろうか。魔法が使えることをどう思っているのだろう。この事態に大層な名前がついているんだろうか。

(魔法なんて使えるようになったら普通、大騒ぎだよな)

 情報の入手先が現状エイスに限定されているうえ、タクミの想像には限界がある。軍師のように現状から相手の出先を占うとか、そういう芸当は無理だ。

 エイスがくれる情報は学級新聞のトピックス並みの精度というべきか、情報を一度咀嚼してから寄越してくれている節があり、その際に元の話からだいぶまとめられている気がする。

(それに、こいつの話し方にも問題があるよな)

 けれど本人がそういう仕様だから諦めろ、と言うのだからお手上げである。

「……っお、わっ!?」

 考えながら移動していたから前方不注意、タクミはポリバケツに右膝をぶつけてしまう。不快感に顔をしかめるよりも、反射的に、びくともしない不動のバケツを両手で押さえ虚しくなる。

「そこだ!」

 無様にあげた悲鳴に振り返ったエイスが満面の笑みでタクミを指差した。

「は……?」

 眉を顰めたタクミに「君じゃなくて」とエイスは指を上下に振るのだが、ちっとも意味が分からずタクミは困惑を深めた。

(俺……じゃ、ない?)

 考えて、目線をエイスからポリバケツに下げる。

「あ……?」

 こちらを見上げる目とかち合った。

「「……」」

 時間を忘れてタクミは瞬きを繰り返す。

 バケツの裏側、男の子が膝を抱えて蹲っていた。こちらを見て同じように瞬きを繰り返している。

(……逃げないな)

 叫んだりもしない。

 腰が抜けているとか足が竦んだとか、そういうわけじゃないのは相手の顔を見れば明らかで。

 じわじわと理解が脳に染みこむようだ。

「おまえも、なのか?」

 そろりと問いかけてみる。

 少年は焦ったように口を開いたものの、見る間にその瞳が潤み、滴が零れると堰を切ったように声をあげた。 

 まさか泣かれると思わず、タクミは狼狽えつつもバケツを回りこみ、少年の傍らに方膝をついた。

 見たところ、彼は小学校の高学年ぐらいだろうか。

「おまえ、一人か?」

「う、ううん」

 少年はしゃくりあげながら、

「おね、おねえちゃんが……」

「姉ちゃんがいるのか」

 しかし少年は頭を振り、

「お、ねえちゃん、さっき、ここ、で……っ、まっててってぼくに……っく、」

「…………あー……今はここにいないってことか?」

「もどって……くるって、いった、けど……」

 タクミは一緒になって座り込むエイスを見やった。エイスはぴんと立てた人差し指をくるりと回し、

「えーと、つまり。おねえちゃんは君のホントのお姉ちゃんじゃないけどさっきまで一緒にいてくれてて、今はちょっと離れてるってわけだね。で、戻ってくるのを君はここでひとり待ってた、と。

 えらいね、君」

 少年は初めてその存在に気付いたのか、エイスを見、目を点にした。手のひらで涙を何度も拭う。

 確かにこの整った容貌は人を関心をひくには充分で、泣き止ませるくらいはできるかもしれない。が、忠告は必要だろう。タクミは少年の顔の前で手を振った。

「ちょい待て。こいつ、人間じゃないぞ」

「…………え?」

 少年はぱちぱちと濡れそぼった睫を瞬く。その反応にタクミは苦笑して、

「こいつはエイスっていって、この世界を牛耳りたい奴の分身らしい」

「牛耳るってちょっと、ひどくない?」

「間違ってるか」

「……ないね」

 からからと笑うエイスに嘆息して、少年に視線を戻せば何故か、彼は驚愕の表情でエイスを見つめている。

「このひとも……エイスなの?」

「も?」

 今度はタクミが驚く番だった。

「あらら、君のとこにもいたの。ひょっとしてその、おねえちゃん?」

 エイスの問いに、少年は頭を振る。

「エイスは。エイスはさっきまでいっしょだった。けど……ぼくをかばったから」

 語尾が震え、言葉はそこで途切れた。それだけでそのエイスがどうなったのかタクミにも容易に想像できた。

 消されたのだ。

「そっか」

 エイスの表情や言葉。そのどこにも、悲しみ悼む色はありはしない。顔にあるのはいつもの笑み。仕様だと聞かされていてもやはり、受け入れがたいものがある。タクミがそうなのだから、この少年にはきっと奇異な光景として映っているに違いない。

「……なあ、分身ってのはみんな、エイスって名前なのか」

「そだよ。エイスの分身だからエイス。しんぷるいずざべすと、じゃない?」

「要は個別に考えるのが怠かっただけなんだろ」

「違いますー、管理しやすくするためですー」

「その表情と言い方だとすげー子供っぽいぞ」

「君が言わせてるんだろ」

 などとどうでもいい言い合いをしていると、誰かがこの路地へ駆け込んできた。

 タクミはびくりと肩を震わせ、後ろを振り返る。

「ごめん、おまた――」

 陽気な声を詰まらせ、それは急停止した。

 冬休みだというのに制服を着た女子高生は顔をやや強張らせ、

「ユウくん、だ、よね……?」

「そうだよお姉ちゃん」

 女子高生は返事を訊いた途端、ほっとしたように詰めていた息を吐き出した。

「じゃあ、隣にいるのは……おともだち?」

「……ううん、いまあったばかりのひと」

「そうなんだ……」

 納得したようには見えないが、おっかなびっくりといった足取りで女子高生はこちらへと向かってくる。

「遅くなってごめんね」

「ううん」

「角曲がった途端に、あっち側に戻っちゃったみたいで――」

 いいながら躊躇もなく彼女はポリバケツに浅く腰掛ける。

 その制服にタクミは見覚えがあった。中高一貫の女子校で、制服のかわいさには老若男女問わず定評がある。タクミがよく知る人物で、リサがここの中等部に通っていた。中等部と高等部の見分け方は胸元がリボンかネクタイか、だ。

(これだよこれ)

 彼女を見ていたら、エイスの外見がいかに異質なのか再確認できた。あまりにも整いすぎたエイスの容貌からすれば、彼女の方がいかに自然か。見ていて安心するものがある。とはいえ、化粧でばっちり武装した様は男のタクミからすれば気後れするものがあったが。

「……これがその、おねえちゃんか?」

 小声で確認すれば「うん」と返ってくる。

「エイスが消えてパニクってたぼくをここまで引っ張ってきてくれたんだ」

「……ねえユウくん、そっちの喋らない人は。だれ? 男の人? 女の人?」

「あ、ボクはエイスだよ」

 エイスが手を挙げて存在を主張する。

「きみさ、どうしてボクらが分かるの? だって違う、よね?」

「……そんなの、あたしが知りたいですよ。でもなんでだか、あなたたちがなに言ってるのか分かるんだもの」

「君さ、さっき、あっち側……とか何とか言ってなかったか?」

 女子高生はユウの方をちらっと見て、

「あたしは……ユーくんみたいにはならないけど、みんなの前から消えちゃう時がある、そうで」

「消える?」

「おととい、友達が、あたしが消えたとか言いだして。

 ちょっと待ってよあたしここにいるよなに言ってるのって、言っても全然届かなくて。しばらく経ってあたしに、どこ行ってたのって驚いた顔で言うんです。びっくりして、あたしずっとここにいたじゃないって言ってみても全然、冗談言ってる顔じゃないし、もうどうしたもんかって……。

 本当にもう、泣きそうでしたよ」

 くるくる指に髪の毛先を巻き付けながら、彼女は力なく笑う。

 タクミの視線に、エイスは「稀なケースみたいだ」と言い置いて、女子高生へと近づいた。

「なんです?」

 接近に彼女が顔をあげる。それからあっと息を飲んだ。

「うわ……びじん……」

 吐息混じり零れ落ちた感想に、エイスは自分の顔を指して「見えてるの?」

「あ、はい。今そっち側みたいです」

「そっか……ごめんね」

「……あの、いきなり謝られても意味分かんないですけど……?」

「うん、でも。ボクのせいだからね」

「?」

 眉を顰める彼女に、エイスは説明を始めた。彼女に起こっていること、世界がどうなっているか、ひいては自ら(もとい本体)が引き起こした顛末を。

 タクミは黙ってやりとりを眺めていた。自分の時と同じように、エイスは笑顔で話している。それをただ眺めているのは辛かったが、何とか堪えた。分かっていても大事な話を笑顔でされるのは腹が立つ。

 その不満を真っ先に噴出させたのは少年の方だった。

「……なんで笑ってるの?」

「あ、この顔? ごめんね」

「だから! ごめんっていうのになんで笑うのさっ」

「そう言われてもボクはこれが仕様だからなあ」

 困ったように笑うエイス。しかしそれで少年が納得するはずもなく。

「エイスはちゃんとごめんって、言ってくれたのに……なんで、なんで「エイス」なの?」

 真っ向から存在を否定する投げかけに、エイスはやはり困ったように笑むばかりで。

「なんで、か。そうだね、証明する手段は……この世界にいるほかの「エイス」に会う必要があるけど、それはちょーっとむずかしいし……なにより必要性をあまり感じないし。うん。

 パスさせて、えっと、巽悠真くん?」

 エイスは茶目っ気たっぷり手を合わせた。

「ぼくの名前……」

 少年は恐ろしいものを目の当たりにしたごとく後退った。

「あれ、違う? ……照合やり直しかな」

 何やらひとりごちるエイス。

 その呟きでタクミはようやく、どうしてエイスが自分の名を知っていたかそのからくりに勘づいた。おそらくエイスの本体の元にはタクミたちの名が記された帳簿のようなものがあるのだろう。

「ひょっとしてあたしのも……です?」

「吉川寧々、だよね?」

 青ざめた少女の顔を見ればわざわざ訊かなくてもそれで正解なのは一目瞭然だった。



 


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