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憶えてて欲しいな



 タクミは当惑を隠せない。

 目に見えているものもそうだが、何より繰り広げられている会話の内容だ。

(ほんとに、ほんとだったんだな……)

 今タクミの身体を使い喋っているのがエイス「本体」で、ユヅルの姿をしているものがこの世界の作者なのだろう。

 今までは、エイスの説明口調が軽かったから、遠い国のおとぎ話を聞かされているような具合に、いまいち現実味に欠けていたのだ。

 とはいえ、会話の全てが理解できるほどタクミの頭は出来ていない。ただ感覚としてそうだろうなとあたりをつけているに過ぎない。

 勝手に動く自分の身体を自分の中から見るというのは何とも奇妙な光景だった。しかも、視野は前方、ユヅルを見る形で固定されてしまっている。

 エイスはどうなったのだろう。ここに「本体」がいるのだから、消えたとみるのが正解だろう。

 ごめんね――そよ風にも負けそうな囁き声がした。

(エイスか?)

 まさかと思い訊ねれば、そうだよ、と返事がくる。

 姿なき声が語りかけてくる。

(ごめんね。だけどやっと元に戻して上げられる……約束、したものね)

(……)

 そんなかたい物だっただろうか。たしかにタクミは希ったけれど、心の片隅でエイス信じていなかったのも確かで。

(みんな元通りになるのか)

(もちろん)

(……おまえのそういうの、軽いからどうも信用できないんだけど)

(ひどいなあ。ボク嘘だけは言わないんだから)

(……)

(ほんとだよ? あ、そろそろ時間切れだ)

 いつの間にか、エイス「本体」たちの会話が終わっていた。

(じゃあね。できたらボクのこと憶えてて欲しいな、なーんて……)

 声は弱く細く、掠れ、そして気配が消えた。

(憶えててって、忘れるわけないじゃないか)

 こんな茶番じみた騒動に巻き込まれて、忘れる方がどうかしている。エイス(本体)がしくじりさえしなければこんな事にはならなかった。

 暴力に頼る性質ではないが一発殴ってやりたいような気持ちだ。

(……っても、これじゃあな)

 糸を引くように格子状が消えていき、物の輪郭だけが残される。それもまた、抜糸のように消えていく。

 タクミは自分の身体が消えていくのをどうしようもなく眺めた。恐ろしくても自分を抱きしめることもできやしない。

 エイスは元に戻れると言った。だけど現状は、タクミの想像からは乖離している。

 タクミはただ元の生活にもどることばかり考えていた。夢から醒めるように元の、バグだからと魔法に怯え逃げ回らなくていい生活が返ってくるのだと思っていた。

 しかし今、タクミの身体はその形を無くそうとしている。魔法で消されるのと何が違うというのか。

(ほんとに、元に戻るんだろうな?)

 分かっていたが返事はなく、タクミは天を仰いだ。そこには何もない。何もかもが消えゆくのに応じてタクミの胸に虚無の華が咲きほこっていく。


 もうどうとでもなれ。知るもんか。


 全ての輪郭が消え、タクミにはもう何も見えなくて。自分がどこにいるのかも曖昧で。

 スイッチが切れるように意識が途絶えた。




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