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おめでとう


 *



 エイスは息を吐いた。

 静かな空間に息づくものは二人だけ。

 ようやく捜していたものに出会えた。

「……やっぱりここだった」

 聞くなり彼は笑った。

「やるなら君だろうって思ってたよ」

 それはモモチユヅルの姿を取りながら、モモチユヅルではなかった。穏やかに微笑を湛える姿は、演じているのではない、皮を被った別人だ。

「……はっ。ボクがここに来るのも予想済みですか?」

「いやあ、まさか」

 どうだか、とエイスは思う。

「ただ、やるなら君だと思っただけさ。ほかのやつが創ったものに手を出そうって考える奴はまずいないからね」

「でしょうね、ボクは変わり者だ」

「さあね。ほんとうの変わり者は自分でも気付いていないそうだけど?」

 まだそんな域ではないと暗に否定されてしまう。大丈夫だと励まされているのか、安易に口にするなと注意されただけなのか。

「……そりゃどうも」

 真意を図りかねてエイスは目を逸らした。彼と会話するといつもこうだ。何もかも見透かされている気がして、落ちつかない。

 ただエイスにも分かっていることは、彼がどう思っていようと、真の変わり者は眼前の彼だということだ。

 でなければ、誰にも告げず、己が創った箱庭の中に入ったりしないだろう。

「どうして消えたんですか」

 言いたいことはあったが、エイスはその一言に絞った。

 彼はすぐ答えてくれた。

「ふとね、自分の創った箱庭の居心地がどんなものなんだろうと思ったんだよ」

 口調こそさらりとしているが、冗談でないことはエイスには分かった。

 なにしろ今や彼はここにしか存在しないのだ。

「ぼくらは思いつくまま箱庭を創る。たまに世話をし、それなりに管理する。古いものほど忘れてほったらかしだ。その中で息づくもののことなんて考えたりしない。そしてまた新しい箱庭を創る。その繰り返しだ。何故創るのか、その意味を考えたことある? ぼくはないね。創るのはぼくらに備わった本能だ。考えるだけ無意味だ。

 それなのにぼくは、飽きてきてしまってね。ふと自分が創った箱庭の中が気になったんだ。で、一番新しいやつだけ残してあとは破棄して、その中に自分を落とし込んでみることにしたんだけどさすがにまるごとは無理だからね。要素だけ抜き取って、組み込んだんだ。もっともそれも随分劣化して細切れだよ」

「そのわりに随分喋りますね」

「時間がないからね」

「……そうですね、ボクのせいだ」

「そうさ、時間がない。だからぼくは喋らなくちゃいけない――というのは冗談で」

「はい?」

「いや冗談ってのは嘘だけど」

「……どっちです」

「怒らないでよ。

 ええとね、今話してるぼくは、ぼくがあらかじめ用意して組み込んでいたものなんだ。だからその役割を果たそうとしているに過ぎない、それだけの存在さ」

「役割?」

 彼は頷いて、

「将来この箱庭を引き継ぐものがいたとしたら、そのものに祝福を贈ること。それがぼくのすべき事」

 そのためだけに彼は目覚めたというのか。

「……それがボクじゃなくても?」

 エイスは訊かずにはいられなかった。

「言ったじゃないか、きっときみだろうなって思ってたって」

「聞きましたけど。だけど、なんなんですか……根拠もなく」

「いいじゃないか。とにもかくにも。――おめでとう」

 微笑むモモチユヅルの身体から色が抜けていく。

 エイスの――タクミの身体からも色が抜けていく。

「ありがとう、の間違いじゃありません?」

「いいや。……ああそれとも、「よくできました」の方が良かったかい?」

 

「結構です」

 エイスはきっぱりと、笑顔で返した。






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